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調理と貯蔵で決まるジャガイモの発がん性
皆さんは、次のジャガイモ料理のうち、どれが一番好きですか? 肉じゃが、フライドポテト、ポテトチップス、マッシュポテト、じゃがバター、皮付きこふきいも。実はこれらの中に、健康にいいオススメな食べ方と、調理過程で発がん性の疑いのある物質を生じてしまうものとがあります。ジャガイモに関する様々な分野での研究をカナダの研究者らが一つにまとめた論文から探ってみましょう。
大西睦子の健康論文ピックアップ101
大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
揚げると生じるアクリルアミド
ジャガイモは味を良くするために油と塩を加えて調理されることが多く、肥満や生活習慣病など深刻な健康問題の原因となるほか、高温で加熱することで大量のアクリルアミドを生成することが分かっています。アクリルアミドは国際がん研究機関(IARC:INTERNATIONAL AGENCY FOR RESEARCH ON CANCER)によって、「人に対しおそらく発がん性がある」物質(2A)に分類されています。2002年にスウェーデン政府が、炭水化物を多く含むイモなどを焼くまたは揚げることによりアクリルアミドが生成されると発表したのを皮切りに、世界各国で研究が進みました。今回の論文はその様々な成果を総括したものです。
中でも重要な知見は、生成の詳しい仕組みです。ジャガイモは、アミノ酸の一種であるアスパラギンと、ブドウ糖や果糖などの還元糖を含みます。それぞれを加熱しても問題は起きませんが、ジャガイモの中で一緒に高温(120℃以上)で長時間加熱されることで両者が「メイラード反応」と呼ばれる化学反応を起こし、アクリルアミドを生じます。メイラード反応が起きるのは、揚げる、焼く、炙るといった加熱方法で、その結果、独特の良い香りと味が生まれます。美味しいフライドポテトやポテトチップスは世界中に普及してきましたが、それと引き換えに世界中の人がアクリルアミドにさらされることとなったのです。
冷蔵庫を避け、蒸す、煮る、茹でる
加熱調理で生じるアクリルアミドを減らすポイントは、2つあります。論文では、ジャガイモの貯蔵・保管方法について言及しています。ジャガイモを低温で保管すると、でんぷんが還元糖に変化します。上述のとおり還元糖を高温で加熱することでアクリルアミドが生成されますので、常温に置いておいたジャガイモより低温で貯蔵したもののほうが、アクリルアミドが多く生成されることになります。どんな調理法を選ぶにしても、冷蔵庫など8℃以下でのジャガイモの貯蔵・保管は避けましょう。
もう一つは、蒸す、煮る、茹でる、といった調理法を選ぶことです。厚労省や農水省も、これらの調理法ならアクリルアミドは生じないか、含まれても極微量とサイト上で明言していますし、問題となる加熱方法としては、焼く、揚げる、煎る、焙る、炒める、などを挙げています。100℃を沸点とする水を介した調理であれば、メイラード反応の条件である120℃以上の長時間加熱が避けられるのです。
となると気になるのは外食や加工食品です。論文によれば、ジャガイモは、北米や他の先進国ではほとんどがフライドポテトやポテトチップスなど、付け合わせやスナックとして消費されています。実際、カナダでは、体内に取り込まれるアクリルアミドの70%近くがフライドポテトとポテトチップス由来と見積もる報告もあります。原料となるジャガイモの貯蔵方法が問題になりますが、日本の場合、農林水産省が食品関連事業者向けに「食品中のアクリルアミドを低減するための指針」をまとめ、2013年11月に公表しています。ただし推奨レベルであって拘束力はありませんし、当然ながら輸入加工食品にまでは及びようがありません。
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/acryl_amide/a_gl/pdf/131127_acrylamide_full.pdf
ジャガイモに含まれる還元糖とアスパラギンを完全に除去することは、研究者らが調べた限りでは実現可能性は低いと考えられています。どちらの成分も植物の成長と成熟に不可欠なためです。ただ最近、アスパラギナーゼという天然の酵素で処理することにより、アスパラギンを効果的に減らせるようになりました。食品にアスパラギナーゼを使用することは、国際連合食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同食品添加物専門家会議(JECFA)の支援を受けて、米国やオーストラリア、ニュージーランド、デンマークで承認されています。今後、この技術の発展が期待されます。
カロリーと栄養に富む世界第4の主食
突然ですが皆さんは、2008年が「国際イモ年(International Year of the Potato)」だったことをご存知ですか? 発展途上国における食糧としてのジャガイモの重要性から、国連が宣言したものです。今回の論文では、ジャガイモの調理過程で生じるアクリルアミドについてまとめるだけでなく、その生産から用途、栄養素まで広く解説しています。
高エネルギー源であるジャガイモは、世界を見渡せば、小麦、米、トウモロコシに次いで4番目に重要な主食作物です。手頃な値段で簡単に手に入り、しかも脂肪とタンパク質は非常に少なく、皮ごと焼いたジャガイモ100gからは主に炭水化物由来で93kcalのエネルギーを摂取できます。特に発展途上国での生産量・消費量の伸びが目覚ましく、2010年には世界の総生産量(3.24億t)の55%を占めるまでになりました。生産時の燃料コストが小麦の半分で済むため、低所得国の貧困層を救う存在として期待を集めています。
加えて、日本に住む私たちとしては、ジャガイモに含まれるその他の栄養素にも注目したいところです。論文でも、ビタミンCなどのビタミン類や、カリウム、マグネシウム、鉄を始めとするミネラルに加え、皮に多く含まれる食物繊維、紫や橙色など色の鮮やかなジャガイモに特に多いフィトケミカルについて評価しています。フィトケミカルの代表例は、抗酸化・免疫向上作用で知られるポリフェノールやカロテノイド、フラボノイドなどで、高血圧や心疾患、がん、神経変性疾患など、病気の予防に広く役立ちます。
よく知りよく摂ろう
というわけで、もうお分かりですね。冒頭で挙げたジャガイモ料理だったら、肉じゃが、マッシュポテト、じゃがバターと皮付きこふきいもがお薦めです。特に皮付きのこふきいもは、食物繊維もたっぷりです。一方で、フライドポテトやポテトチップスは控えめにするべきと考えられます。ジャガイモを扱う食品業界は、風味や色、サクサク感といった仕上がりの品質を維持しながらアクリルアミド含有量を減らすことを、大きな課題としています。そこをクリアする加工技術が待たれます。
実のところ、高温加熱によりアクリルアミドを生じるのは、ジャガイモだけではありません。厚労省と農水省によれば、穀類を原材料とする焼き菓子や、製造工程に焙煎を含むコーヒー(特にインスタント)やほうじ茶、麦茶などの飲料にも含まれることが分かっています。自宅調理の場合も、野菜の素揚げや炒めもの、手作りの焼き菓子、トーストしたパンなど、条件さえ揃ってしまえばアクリルアミドは生じます。
日本人が長らく口にしてきた身近な食べ物や料理にも含まれるならば、神経質になりすぎることはない、という見方もあります。が、アクリルアミドがどんなもので、どんなふうに生じ、何に多く含まれているのか、知らなければ避けることもできません。ジャガイモにはもともと素晴らしい栄養素が豊富に含まれているのですから、その恵みを上手にいただくことができるような、舌にも体にも美味しい食べ方をしたいですね。