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心の病は食事で癒せる!?
食生活が、心臓病や肥満、糖尿病など、身体の様々な病気に関与していることは皆さんもご存じの通りですが、近年、心の健康にも影響することが分かってきました。国際栄養精神医学研究学会(International Society for Nutritional Psychiatry Research)のグループは、今後は食事や栄養が、私たちの体と心の健康を決定する中心的な役割を担うと主張しています。
大西睦子の健康論文ピックアップ111
大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
栄養が精神疾患に深く関与
オーストラリア・メルボルン大学の精神科医であるジェローム博士をはじめとする国際栄養精神医学研究学会(International Society for Nutritional Psychiatry Research)のメンバーは、2015年3月、うつ病など精神医学における食事や栄養の影響について、世界中の先行研究の成果をまとめ、「Lancet Psychiatry」誌上で発表しました。
今回は、この報告で引用されている論文(一部)を確認しながら、栄養や食事と精神疾患の関係を見ていきたいと思います。
これまで精神障害の治療は薬物療法に重点が置かれ、精神障害に苦しむ人々の数は世界中でそれなりに減少しました。しかしながら特に大きな割合を占めるうつ病と不安障害の人口は、今後数十年のうちに世界全体でさらに増加することが示唆されています。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0065514
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25060574
うつ病やその他の精神障害の発症リスクとして、急速に進む都市化を背景に、食事や身体活動などのライフスタイルの変化が挙げられます。加工食品に頼らない伝統的な食事は、野菜や果物、魚介類、全粒穀物、脂肪分の少ない肉、ナッツ、豆類などがふんだんに使われ、ビタミンB群や亜鉛、マグネシウムなど、脳が必要とし、心の病の予防に役立つ栄養素を多く含んでいます。ところが先進国と発展途上国のいずれにおいても、近年では、栄養と繊維に富む野菜や全粒穀物の摂取は推奨量をはるかに下回り、栄養素に乏しくカロリーが高い加工食品がよく利用されるようになっています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25060574?dopt=Abstract
(過去記事「世界中で『栄養不足なのに太ってる』」もご参照ください)
特定の栄養素が精神障害を緩和することを指摘する論文も多くあります。
例えば、魚の油に多く含まれるオメガ3不飽和脂肪酸の一種であるDHA(ドコサヘキサエン酸)は、女性のうつ病や不安障害を減少させることが示されています。ただし魚の摂取が週に1回未満で、特に喫煙者の場合には効果が見られませんでした。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23051591
また、葉酸や亜鉛、マグネシウムの摂取は女性の精神症状を和らげることが分かっています。野菜や果物の色素、香り成分、アクに含まれるフィトケミカルなどの抗酸化作用も、精神疾患に関与すると言われます。神経細胞の生存や発生、機能、修復などに不可欠とされる「脳由来神経栄養因子」と呼ばれる物質の血中レベルにも、食事が影響する可能性が示唆されています。
サプリの有用性と気がかり
こうした指摘を踏まえ、様々な栄養素を補うサプリメントの精神障害に対する有用性が数多く示されてきました。ジェローム博士たちは今回、以下のような報告や議論を取り上げています。
・オメガ3不飽和脂肪酸
魚の油に多く含まれる脂肪酸の一種で、DHAやEPA(エイコサペンタエン酸)がその代表例。ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの神経伝達物質の調節に関与し、抗炎症作用や抗細胞死作用なども示唆されている。双極性障害(いわゆる躁うつ病)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、および大うつ病を含む精神障害に対し有用性が報告されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23538073?dopt=Abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21903025?dopt=Abstract
・S-アデノシルメチオニン(SAMe)
必須アミノ酸であるメチオニンから体内で産生される物質で、ほぼ全ての体の組織や体液に存在して、免疫機能や細胞膜の維持、神経伝達物質の産生・分解に関与している。軽度から中等度のうつ病の治療に有用性が認められており、副作用なく抗うつ薬と同じ程度の効果があることが示されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23369637?dopt=Abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20595412?dopt=Abstract
ただし多くの報告は注射による投与の結果であり、経口サプリメントには全く効果がなかったという報告もあり、利用を希望する場合は医師に相談する必要がある。
http://umm.edu/health/medical/altmed/supplement/sadenosylmethionine
・N-アセチルシステイン(NAC)
アミノ酸の一種で、老化の原因とも言われる活性酸素を中和する抗酸化物質の材料となる他、抗炎症作用、神経保護作用、体内の重金属と結びついて排出する作用などを持つ。双極性障害や統合失調症、抜毛癖、強迫観念や嗜癖(のめり込み)行動に対する有効性が示唆されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23369637?dopt=Abstract
・亜鉛
免疫細胞から特定の細胞に情報伝達を行うタンパク質(サイトカイン)の調節や、記憶や学習をつかさどる脳の海馬での神経新生などに関与している微量元素。欠乏は、意欲低下や興味の喪失、不安症状、睡眠障害、食欲低下といった抑うつ状態につながる一方、抗うつ薬に加えて補助的に投与することで抑うつ症状が改善されることが示唆されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21798601?dopt=Abstract
・ビタミンB群
B1やB6、B12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸に代表されるビタミンB群は、様々な栄養素の代謝を担う酵素を助ける補酵素として重要な役割を持つ他、神経伝達や神経細胞の働きを正常に保つ上で脳に不可欠な栄養素。数種のB群が次々に助け合って効果を発揮するのが特徴。うつ状態の集団では葉酸(ビタミンB9)の欠乏が報告されている。葉酸の欠乏は抗うつ薬の反応の低下をもたらす一方、抗うつ薬と葉酸の併用による抗うつ効果の向上も示唆されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19909688?dopt=Abstract
・ビタミンD
脳組織にビタミンD受容体が発現していることから、脳神経系において重要な作用を担っているとされ、特に近年、脳の恒常性の維持を担うホルモン(ニューロステロイド)とも捉えられている。アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に対し、神経栄養因子の分泌を促進して症状を緩和するなど、神経保護作用の報告もある。不足とうつ病の増加との関連が示唆されており、また妊婦では血中濃度が低いと統合失調症のリスクが増加するとの報告もある。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22796576?dopt=Abstract
ただしジェローム博士たちは、「近年、精神障害の有無に関わらず、多くの人がサプリメントを利用しているが、今後、サプリメントの有効性に関して、誰が、いつ、どのような状況下で、どれだけの量必要なのか、厳密に研究をする必要がある。エビデンスに基づいた成果に基づいて、サプリメントを利用するべき」と慎重な姿勢も見せています。
栄養素以上に食事パターンが重要
さらにここへ来て、「個々の栄養素が精神・神経疾患に対し有効」という大前提を覆す意見や研究結果も出てきています。大事なのは、普段から口にしている食事のメニューや食材の傾向、例えば肉や魚、野菜のうち、何が中心で何が少ないか、摂っている油脂類や炭水化物の種類や状態など、つまりは日々の食事のパターンだと言います。
コロンビア大学の精神科医ドリュー•ラムジー教授は、「HuffingtonPost」上で「精神医学では、長年、個々のビタミンが精神の健康に大きな影響を持つことが知られてきた。ところがここ10年間の研究によって食事パターンの影響がより注目され始め、実際に明らかになってきている」との見解を示しています。
今回のジェローム博士たちの報告でも、食事パターンの影響に関する疫学調査の結果が多く紹介されています。
・野菜や果物、魚、全粒穀物の摂取がうつ病の減少に役立つ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24196402
・上記に加え、ナッツ類や豆類、オリーブ油を豊富に摂取する地中海ダイエットhttp://robust-health.jp/article/preventive01/food/000526.phpがうつ病や認知症の予防に有効
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23720230
・上記と併せてきのこや海藻等も多く摂る食事パターンが自殺リスクを低下させる
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24115342
こうした論文12報を精査した研究も、不健康な食事パターンと子供や青年の精神障害との関連性を認めています。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25208008
また、胎児期や授乳期の栄養状態の影響を調べた研究でも、母親の食事パターンと子供の精神的な健康状態とに関連が見られました。
・母親が妊娠中に肉(加工肉含む)やじゃがいも、マーガリン等の摂取が多かった群や、魚や野菜中心の地中海式ダイエットをほとんど実践しなかった群では、生まれてきた子供の注意欠如や攻撃性に問題が生じるリスクが高まった
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23541912
・胎児期や生まれて間もない間の栄養状態が、後々、子供の精神の健康を決定
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24074470
世界保健機関(WHO)http://www.who.int/whr/2001/media_centre/press_release/en/によると、精神疾患や神経疾患に苦しむ人は世界で4.5億人にも上り、生涯に4人に1人が経験しています。発症には遺伝や環境などの様々な要素が複雑に影響しあっていますが、精神障害の実体は「脳の障害」であり、「広い意味での神経疾患」とも言えます。今回の論文では、食事や栄養が脳の正常な機能を左右し、結果として心の健康を決定する中心的な役割を果たすものとして注目され、研究が進められていることが報告されました。特に、心の健康には個別の栄養素だけでなく食事パターンが大事という疫学調査の結果を踏まえると、安易にサプリメントに走る前にまず素材や献立などの重要性を理解し、日々の食事内容を見直すべきと言えそうです。この分野の今後の発展が期待されますね。