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男性ホルモンが嘘を減らす

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 男性ホルモンの一種であるテストステロンは、体や心に男性らしさをもたらします。攻撃性や闘争心を高めることから、多く分泌されると反社会的な行動につながるのでは?というイメージがありましたが、どうやら正反対の作用があるようです・・・。

大西睦子の健康論文ピックアップ13

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

 最近あなたは、何か「嘘」をつきましたか?

 一般的に、嘘は悪いこととされていますが、コミュニケーションを潤滑にしたり、他人を守るための嘘は、『許される嘘』と解釈されることもあります。しかし嘘は混乱や誤解を招くことが多いもの。つい先日も、森口尚氏の『iPS細胞から作った心筋細胞を患者に移植した』という虚偽発表がありましたよね。森口氏は「うそと言えばうそ」と答え、「道義的責任を含め、申し訳ない」と謝罪されました。やはり真実を語る人が、成功や信頼を得ると思います。

 人はなぜ嘘をつくのか?という疑問に対して、これまで多くの議論がされてきましたが、生物学的根拠についてはほとんど知られていませんでした。今回ご紹介する論文は、ドイツのボン大学の研究者らの報告です。嘘をつく行為に対するテストステロン※1の影響を発表しました。

Wibral M, Dohmen T, Klingmüller D, Weber B, Falk A (2012)
Testosterone Administration Reduces Lying in Men.
PLOS ONE 7(10): e46774. doi:10.1371/journal.pone.0046774

 テストステロンは男性ホルモンの一種で、闘争意欲とたくましさをかきたて、男性の2次性徴や性欲、骨格・筋肉増強を促します。男性は睾丸から分泌され、女性も男性と比較するとはるかに低い量ですが、卵巣や副腎から分泌されます。

 このテストステロン、従来は、攻撃的で危険な行動を促進すると言われてきましたが、最近になって、向社会的行動※2を促進したり、利己的な行動を減らす作用も報告されています。これは、人間は高い社会的地位を得るために、状況に応じて攻撃的にも向社会的にもなることができ、ホルモンはそれを増進するから、と説明できます。しかし、これまでの多くの研究は、人々の行動とテストステロンの値の関係のみを示し、行動の原因を究明してきませんでした。テストステロンのみが行動に影響を与えるわけではなく、同様に、行動は、ホルモンレベルに影響を与えます。したがって、原因と結果の問題は未解決のままでした。

 そこで、著者らは、原因と結果を推測することができる実験的なアプローチを導入し、嘘の生物学的背景を調べることによって、テストステロンが社会的行動を促進することを実証しました。

 健康な男性91人(平均24歳)に、二重盲検プラセボ対照試験※3が行われました。被験者のうち46人にはゲル状のテストステロン(TESTOGEL®;50 mg)が、他の45名にはプラセボゲルが、それぞれ右上腕に塗られ、翌日、被験者の血中テストステロンレベルが測定されました。 被験者も研究者も、誰がテストステロンで誰がプラセボを塗布されたかは、わからないようになっています。

 その上で被験者たちは、不正行為ができる簡単なサイコロのゲームで実験を行いました。サイコロを転がして、自己申告によりコンピュータに数字を入力します。1~5の数字ならその数字の金額のユーロがもらえますが、6だともらえません。つまり実際の得点より高く申告することで、報酬としてたくさんのお金をもらえる仕組みです。被験者は、カーテンで仕切られた別々のブースでゲームを行うので、より多くのお金を得るために不正に入力しても、誰にもわかりません。匿名制なので、個々のレベルでは嘘を検出することはできませんが、最終的にテストステロンorプラセボのグループごとに結果を比較することで、グループレベルで嘘のつき具合の差を検出することができます。統計的には、サイコロのそれぞれの目の出る確率は全て同じです。より高い数値の異常値がある場合、被験者が不正行為をしたのは明らかというわけです。

 こうしてテストステロン群とプラセボ群の結果を比較したところ、血漿※4テストステロンレベルは、テストステロン群平均7.78ng /ml、プラセボ群平均6.79ng /mlで、テストステロン群とプラセボ群との間で有意に異なっていました。どちらの群も嘘は見られましたが、テストステロン群の被験者は、明らかにプラセボ群の被験者より嘘が少なかったのです。

 このことが、テストステロンによる向社会的行動への直接的な影響なのか、あるいは、テストステロンが社会的地位等への関心を高めさせた結果として向社会的行動が生じたのか、そこまでは現段階では結論付けられません。考えられる解釈としては、テストステロンの投与が自己イメージやプライドに影響する、つまり被験者に自尊心(プライド)を意識させ、そして「安っぽい」もしくは不名誉と考えられる行動を避けるよう導き、強める、ということです。その結果、テストステロン群の被験者たちは嘘が減るのかもしれません。

 実際、「自尊心は、社会的地位の追求を促す感情メカニズムを発達させるのではないか」という考えが近年の研究で示されています。自尊心は、高い地位やエゴを内向きの感情であるため、社会的地位の追求と間接的に結びついているのです。この解釈は、「テストステロンが英雄的な利他主義※5に積極的な役割を果す」というこれまでの事例的・相関的なエビデンスに合致するものです。自尊心の果す役割を明らかにするためにはさらなる実験が必要ですが、いずれにしても今回の結果について、「テストステロンが向社会的行動に直接的影響を与え、正直にした」ということを否定するものではありません。

 著者らは、テストステロン投与における神経メカニズムについて考察しています。最近の研究で、テストステロンが眼窩前頭皮質※6の活性低下を引き起こし、それによって行動に影響を与える可能性が報告されています。ニューロイメージング※7および病変研究から、前頭前皮質※8は嘘をつく行為に重要な役割を果たしていることが示唆されています。例えば、眼窩前頭皮質と前帯状皮質※9は、健康な若い男性が嘘をついているときに、強く活性化しました。

 さらに著者らは、プラセボ効果※10を否定するために、被験者に、テストステロンまたはプラセボのどちらの投与を受けたと思っていたのか、アンケート調査を行いました。もし被験者がテストステロンを投与されたと信じ、またその効果が強いと信じていた場合、たとえテストステロンの純然たる物質的作用がなくても結果に違いが生じてしまうのでは、と考えたからです。しかし結果としては、被験自身がテストステロン投与についてどのように信じていても、実際の投与の有無に基づいた行動が観察されました。従って、テストステロン投与についての認識が、嘘をつく行動に影響を与えていないことが判明しました。
 
 テストステロンは、肉体的な強さ、野望のある自信に満ちた男らしさを作ります。ただ、テストステロンが多く分泌されると、攻撃的で、反社会的な行動を起こしやすいと考えられてきました。ところが今回の報告で、テストステロンが、嘘をつがず正々堂々とプライドを持って行動するための鍵となるホルモンの一つだと実証されました。テストステロンの分泌を増やすためには、十分な睡眠、バランスのいい栄養摂取、適度な運動、大きな野望と自信を持つ、恋愛をするなどの方法があります。女性は、本能的に男らしい男性に惹かれますが、外見の強さだけではなく、内面の強さ、そして嘘のない真実の心に惹かれるのかもしれません。

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