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肥満も栄養失調も、原因は腸内細菌?
今回は飽食日本では聞きなれない病名が登場します。しかしながら、栄養摂取はそもそも人類普遍のテーマですよね(不足はもちろん、過剰も問題です!)。しかも、それが腸内細菌にかなり依存しているという、目からウロコの話です。
大西睦子の健康論文ピックアップ30
大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。
ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
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低栄養とは、健康に生きるために必要な栄養素が摂れていない状態のことで、特に、タンパク質とエネルギーが充分に摂れていない低栄養状態を総称して、「PEM」(Protein Energy Malnutrition、タンパク質エネルギー栄養障害)と呼びます。発展途上国において、小児の死亡原因の50%以上がPEMに関連していると言われています。PEMの種類としては、タンパク質不足によるクワシオルコル(kwashiorkor)、エネルギー不足によるマラスムス(marasmus)、両方が混合したマラスミック・クワシオルコルがあります。
クワシオルコルは、アフリカや東南アジアの発展途上国の乳幼児に見られます。語源はガーナの言葉で、「弟や妹が生まれたために母親から離れさせられた子供に起こる病気」を意味します。タンパク質やカロリー不足が原因と考えられていますが、まだはっきりとはしていません。 クワシオルコルは、足のむくみと膨れたお腹が特徴で、顔・手腕のむくみ,筋力低下,肝臓の腫れ,細い毛髪、皮膚炎、無気力、低身長などの症状も見られます。体重減少は、マラスムスほど激しくありません。
一方、摂取エネルギー不足で起こるマラスムスは、多くは発展途上国において、特に離乳後に十分なエネルギーを摂取できない子供に発症します。皮下脂肪の消失や筋萎縮を認めます。一般にむくみは認められませんが、重症になると、高度の発育障害、全身の衰弱と著明な体重減少をもたらします。予後※1はクワシオルコルより良好です。また途上国のみならず先進国においても、拒食症※2などの若い女性に見られる栄養障害でもあります。
マラウイは、世界で最も子供の死亡率が高い国のひとつで、死亡の半数は栄養失調が原因です。今回、それに関する大変興味深い研究が雑誌『Science』に報告されましたので、ご紹介させて頂きます。
まず、この論文のもととなる調査の経緯からご紹介します。
著者の1人、ワシントン大学の小児科医インディ•トレハン博士は2007年、子供たちを助けるためにマラウイに滞在中で、そこで重度の栄養失調の一卵性双生児を持つ女性に出会いました。博士が非常に驚いたことは、この双生児の一人はマラスムス、もう一人はクワシオルコルによる栄養失調だったのです。一卵性双生児は遺伝的に同一であり、しかも等しく貧しい食生活、同じ環境で育っています。ところが彼らは、信じられないほどに内容の違う栄養失調になっていたのです。
トレハン博士は困惑し、マラウイに来ていた彼の同僚マーク•マナリ博士にメールしました。マナリ博士も同じパターンに気づいていて、その原因について直感があったため、同大学のジェフ•ゴードン博士に相談をしました。ゴードン博士は小児科ではなく、Microbiota(腸内細菌叢、私たちの食べ物の栄養の消化を助けるために体内に住んでいる何兆もの微生物)の専門家で、2006年に腸内細菌叢が肥満のリスクに影響することを報告しています。
「腸内細菌が肥満に影響を与えるということは、その対極の栄養失調にも関与しているかもしれない・・・?」
この疑問に対しトレハン博士は当初、その可能性は低いと考えました。腸内細菌叢を専門とする科学者も、ゴードン博士を除いて懐疑的でした。ところが、その可能性を調べる価値はあると、ゴードン博士と数々の共同研究をしてきたロブ•ナイト博士がこれを支持しました。そして、ゴードン博士、ナイト博士、マナリ博士そしてトレハン博士のチームが協同した結果、マラウイの双生児の腸内細菌叢がクワシオルコルに関与する明確な証拠を発見したのです。たとえ一卵性双生児でも二人の腸内細菌叢は全く違ったのです。
さて、ここから今回の論文の本題に入ります。
研究者らはそこで、マラウイの317組の双生児を、彼らが3歳になるまで調査しました。双生児ペアの半分は栄養状態が良好でしたが、43%で双生児のうち片方にクワシオルコルを、7%は二人ともクワシオルコルを発症しました。
研究者らは、片方のみクワシオルコルを発症した双生児ペアについて、発症した子供と、栄養状態の良い方の子供の両方に、栄養失調の標準治療で用いられる、ピーナツ、砂糖、植物などをペースト状にしてそのまま食べられるようにした栄養補助食品(ready-to-use therapeutic food、RUTF)を供給しました。この研究において、双生児の片方にクワシオルコルを認める場合、もう片方のクワシオルコルを認めない栄養状態の良いほうの子供が、比較対象群になると考えました。そして、RUTF治療前(通常のマラウイの食事)、RUTF治療中、RUTF治療後(通常のマラウイの食事)と、経時的に腸内微生物叢を調査しました。また、栄養状態の良い双生児の組もRUTFを与えずに比較対象群とし、腸内微生物叢を調査しました。なお、通常のマラウイの食事は、トウモロコシ粉の主食と野菜といった、タンパク質の少ない栄養に乏しい内容です。
クワシオルコルの子供は、栄養状態良好な子供と比較して、腸内細菌プロファイル※3が異なりました。クワシオルコルの子供は、RUTFで治療をすると一時的に栄養状態良好な子供と同じプロファイルになりますが、治療終了後、また元に戻ってしまうのです。
次に研究者らは、クワシオルコルを発症した子供と、その双生児の栄養状態の良いほうの子供、両方の糞便の細菌叢を無菌マウスに移植しました。マウスには移植1週間前から、マラウイ食(トウモロコシ粉と野菜)をベースにした餌が与えられていました。結果、クワシオルコルの子供から微生物叢を移植したマウスは、栄養良好なほうの子供と比べて、体重が減り、栄養失調になったのです。そこでまた体重が減ったマウスの餌をマラウイ食からRUTFに変えると、体重は増加しました。ただし、マウスが終始標準的な餌を食べていた場合、どんな腸内細菌叢を持っていても、体重が減ることはありませんでした。以上からマウスの体重減少は、マラウイ食を摂取したことと、クワシオルコルの子供の細菌叢を移植したこと、両方が原因と考えられました。
研究者らはさらに、これらの微生物の種などを解析しました。すると、1週間前からマラウイ食の餌が与えられているマウスについて、クワシオルコルを発症した子供の細菌叢を移植した群と、その双生児の栄養良好なほうの子供の糞便の細菌叢を移植した群では、37種類の細菌の違いが認められたのです。
今回の研究から、クワシオルコルの原因が、タンパク質の少ないマラウイの食事と腸内細菌叢の両方によることがわかりました。
2012年 の国連飢餓報告では、世界の約8.7億人、8人に1人が、慢性的な栄養不足に苦しんでいます。5秒に1人の割合で飢餓で亡くなっています。一方、世界では、肥満や過体重の人が増えてきて、すでに飢餓の人々の数を超えました。肥満も飢餓も、深刻な問題なのです。今回の研究から、クワシオルコルの原因が、タンパク質の少ないマラウイの食事と腸内細菌叢の両方によることがわかりました。腸内細菌叢は以前、肥満の原因に関与していることも報告されていて、今後の科学の進歩が期待されますね。
マラウイ人の平均寿命47歳で、世界で最も短いといわれています。深刻なHIV問題も原因です。私たち生物は、地球上に生まれてきて、みんな死ぬ運命です。でも、誰もが人生において幸せを感じる権利があると思います。家族や恋人、友達と楽しく食事ができること――当たり前に思えるかもしれませんが、これが難しくなっているのが、飢餓や肥満の原因かもしれません。
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※1・・・手術や病気、傷の回復時期やその見込みを意味する医学用語。「予後が良い」「予後良好」とは見通しがよいこと、「予後が悪い」「予後不良」は見通しが悪いこと。
※2・・・神経性食思不振症。思春期の女子に好発する、ボディ・イメージの障害(「自分は太っている」と考えること)、食物摂取の不良または拒否、体重減少を特徴とする病気。太ることへの恐怖や体重を落とす快感から無食欲状態に陥り、食事をほぼ摂らず、食べても嘔吐してしまう。あるいは飢餓状態から突如過食となり、自己誘発嘔吐などの代償行為を行う。女子では無月経が典型的に見られる。近年は世界的に増加傾向があるとされ、また男性や成人にも増えている。極度の低栄養による感染症や不整脈により死亡することもある。また、抑うつを伴い自殺を図る例もある。精神疾患のうち摂食障害(中枢性摂食異常症)の一種で、神経性過食症(過食症)とあわせて厚生労働省の特定疾患に該当し、重点的に研究が進められている。
※3・・・腸内細菌全体の、種類とその量の構成パターン