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消毒もガーゼも不要 傷口の湿潤療法
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大人が受けたい今どきの保健理科13
吉田のりまき
薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
切り傷や擦り傷ができた時、皆さんはどのような処置をされていますか。最近、消毒しない、傷口をガーゼで覆わないという湿潤療法が広まっています。
あなたの手当て法は?
ケガの手当ての仕方は、小学5・6年の保健で学習します。教科書には、擦り傷、切り傷について、汚れが残っていると細菌が入って悪化するので、きれいな水で洗うように、重い傷の場合にはよく消毒をしてガーゼを当てるようにと書かれています。
多くの方は傷の重い軽いに関係なく、消毒してガーゼを当てているのではないでしょうか。そもそも切り傷や擦り傷程度は、学校で学ぶよりも、大人が手当てしてくれる様子を見て覚えていくことの方が多く、知らないうちに身に着くものです。そしてそのまま大人になり、意識せず同じように処置をします。でも湿潤療法は、これと明らかに異なります。
実は教科書には注釈がついています。消毒するのは傷口についた細菌を殺すためで、消毒薬が傷を治すのではないこと、傷を治そうとする働き(自然治癒力)によって治ることを記しているのです。
傷が治る仕組み
湿潤療法は、この自然治癒力を邪魔しないようにするための処置法です。
傷の血が止まって新しい皮膚ができるまでには、以下4ステップがあります。
ステップ1は、止血です。皮膚が損傷し出血すると、まず血液の中の血小板が破れた血管のところに集まってきます。血小板は血管の中では丸い形ですが、集結する時には足のような物を出して金平糖のような形に変化し、血小板同士で絡み合ってくっつきやすくなります。集まってきた血小板は、仲間を呼ぶ物質を出すため、さらに血小板がやってきます。その後、血液中の特定な成分が形を変え繊維のような状態になり、集結した血小板に絡まります。まるで網のように血小板を保持し、赤血球も絡めながら塊になり、やがて完全に止血されます。
ステップ2は、掃除や片づけです。白血球(好中球やマクロファージ)が、傷ついて死んだ細胞や細菌を処理し除去します。
ステップ3は、傷口をくっつけます。繊維芽細胞の仕事です。何もない所に繊維芽細胞を呼んできて、それを増やさなければなりません。この時、細胞を成長させる物質(細胞成長因子)や細胞を増やす物質(細胞増殖因子)が出されます。傷口がジクジクしているのを見たことがあると思います。化膿しているかのように思われがちですが、液にはこれらの物質がたっぷり含まれており、大概は化膿ではありません(自分で見分けがつかない場合には医師に診てもらってください)。
ステップ4で、表皮に細胞が集まってきて、表面を覆います。
湿潤療法とは
傷の湿潤療法は、傷口を乾かさないことをめざして、水洗いだけで済む場合には消毒薬を使用しません。また、ガーゼを使いません。代わりに白色ワセリンを塗ったラップなどで覆います。
この方法をすると、かさぶたができず、早く治り、痛みも少ないと、最近になって広く行われるようになりました。湿潤療法用の絆創膏も市販されています。
なぜ、消毒やガーゼが不要なのでしょうか。
実は、先ほどの自然治癒する過程に消毒薬を使用すると、ステップ3で細胞にダメージを与えてしまうのです。もちろん細菌が入ったままだと化膿して大変なことになってしまうので、まずはしっかりと水で洗い流して取り除く必要があります。また、動物に噛まれた場合や傷が奥深くまで入っている場合などは、消毒をする必要があります。
しかし、細菌を殺さなくても洗い流せば済む場合には、あえて消毒薬を使用せず、細胞へのダメージを減らそうというのです。
またガーゼは、ジクジクした液を吸い取ってしまうので、ステップ3や4がスムーズにいかず、自然治癒力を邪魔していることになります。そこでこのジクジクを損なわないよう、傷口を乾かさず、細胞を湿潤した状態に保ちます。
この療法がまだあまり広まっていなかった頃、この新しい療法を実践されていた親御さんが、学校や親戚宅で、わが子に消毒薬やガーゼを使った古い治療をされた、しかも理解してくれないと苦情をおっしゃっていたことがありました。今では、検索すればウェブサイトにもたくさん紹介されていて、市販の絆創膏もあり、実践されている方も増えてきたので、知らなかった人も受け入れやすくなってきました。
古くから伝えられている処置にはもちろん良い療法がたくさんありますが、背後にあるメカニズムを知ることで、何が改善されているのかを知り、その時々で最適な対処方法を身に着けていくことが大切ですね。