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ビール漬けで発がん物質が減る!?
今回はちょっと面白い研究です。ビールを肉の下ごしらえに使うと、調理で発生する可能性のある発がん物質を減らせるかもしれない、という話です。ドイツ料理などでは肉のビール煮込みなどもありますが、肉がやわらかくなったりおいしくなったりするほかに、ビールを料理に使うことでうれしい健康効果があるようです。
大西睦子の健康論文ピックアップ84
大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。
大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
薫製した肉や炙り焼きの肉を頻繁に摂取すると大腸がんの発生率が高くなることが、下記の疫学的研究で報告されています。
理由のひとつとして、多環芳香族炭化水素(PAH)※1という化学物質が考えられています。PAHは、私達が普段食べているような食品の多くに含まれていますが、特に、脂肪の多い肉を燻製や炙り焼きなど長時間高熱調理したものに多く含まれています。つまり私達のPAHの一日摂取量は、肉の燻製や炙り焼きの摂取大きな影響を受けています。
ポルトガルのポルト大学のフェレイラ博士らが、その問題を回避する方法を『Journal of Agricultural and Food Chemistr』に報告しましたので、是非、皆さんと共有させて下さい。
結論から言ってしまえば、その方法とは、肉を焼く前の下準備で、何とビールに漬けてマリネ※2にするのです。
そもそも、どうしてPAHが炙り焼きの肉に蓄積してしまうのでしょうか? 理由として3つ考えられています。
1)不完全燃焼によって発生する煙による、食品表面の汚染、
2)食品の表面での、脂肪やタンパク質、炭水化物など有機物の直接的な熱分解、
3)熱い火で加熱されてしたたり落ちた脂肪と残り火の接触
です。言い換えれば、炙り焼き肉のPAH濃度に影響を与える主な要因は実質的に、熱源との近さ、食品中の脂肪の量、調理時間となります。
なおEU食品科学委員会によると、食品中のPAH発生およびPAHの発がん作用に最も適した指標は、8種類のPAH(PAH8)の合計です。
ところで肉のマリネは、肉に風味をつけたり柔らかくしたりする、世界中で人気の調理法です。のみならず、有害となりうる化合物の形成を減らします。これまでに、ビール、赤ワイン、白ワイン、紅茶で調理された肉が、加熱調理で生じる発がん性のある複素環式芳香族アミン(ヘテロサイクリックアミン;HCA)※3のレベルを下げることは報告されていますが、PAHに与える影響は調査されていませんでした。
そこで研究者らは、1)ピルスナービール、2)ノンアルコールピルスナービール、3)黒ビールに漬けて下ごしらえした炙り焼きの豚肉と、比較対照のためビール不使用でただ炙り焼きした肉について、8種類のPAHの形成を調べました。また、マリネする前と後で、ビールによる抗酸化能の影響も評価しました。
●使用したビール
1)ピルスナービール:
水、大麦麦芽※4、麦芽以外の穀物(トウモロコシや大麦)、ホップ※5を原料とし、5.2%のアルコールを含有。日本で一般的な淡黄金色のビール。
2)ノンアルコールピルスナービール:
水、大麦麦芽、麦芽以外の穀類(トウモロコシ)、ブドウ糖果糖シロップ、香料、およびホップがを原料とし、0.5%のアルコールを含有。
3)黒ビール:
水、大麦麦芽、砂糖、カラメル色素※6(E150C、アンモニアカラメル)、ホップを原料とし、5.0%のアルコールを含有。
●肉のサンプルとマリネ
研究者らは、豚肉のロイン(腰部分)ステーキを、地元のスーパーマーケットで入手しました。ステーキは厚さ0.75cmで重量100g、合計32枚をPAH測定のために使用しました。マリネの時間は、5℃で4時間、肉とマリネの量の割合は1:1(g/ml)です。ビール以外の材料は、追加されていません。炙り焼き調理する前に、豚肉はマリネから取り出し、やや乾燥させました。4時間というマリネの時間は、以下の研究報告(HCAを減らすためにビールに漬けて下準備した牛焼肉に関する研究)2例が参考にされました。
●調理条件
木炭を用意し、庭用グリル(幅34cm、長さ52cm、高さ15cm)に点火し、すべての炎が収まったときに、豚肉サンプルを熱源から15cmの距離で炭火焼しました。グリル温度は200〜230℃、内部温度は最低限75°Cです。豚肉は、グリル中に一度裏返し、加熱時間は合計10分です。木炭は、肉の種類ごとに交換しました。調理後、豚肉サンプルは暗号化され、凍結乾燥させました。そして、DPPHラジカル消去活性試験※7を行ってサンプルの抗酸化能※8を測定、PAHの分析が行われました。
●結果
抗酸化能分析の結果、黒ビールが68.0%と最も強く、続いてノンアルコールピルスナービール36.5%、ピルスナービール29.5%(ピルスナービールとノンアルコールピルスナービールには有意差なし)でした。研究者らは過去の報告を踏まえて、発酵の種類、食用色素、甘味料、香味料や他の添加剤が、これらのビールの抗酸化作用の違いに関与している可能性を示唆していますが、今回の論文ではそのメカニズムまでは調べられていません。
●ビールマリネとPAHの形成
比較対照群とビールに漬けた肉には、8種類のPAH(PAH8)が含まれていました。分析の結果、黒ビールが53%と最も高いPAH阻害効果を示し、続いてノンアルコールピルスナービール25%、ピルスナービール13%でした。統計的に有意ではないものの、PAH8上のビールでマリネすることによるPAH阻害効果は、DPPHラジカル消去活性に伴って増加しました。黒ビールの抗酸化化合物が、肉の表面に生じる酸化物質に対し相互作用を及ぼし、PAHの形成を抑制する可能性があります。
また先には、タマネギを加えた豚肉の炒め物(肉100gに対してタマネギ30g)、ニンニクを加えた豚肉の炒め物(肉100gに対してニンニク15g)で、PAH含有量の合計(PAH8のうち6)が、タマネギのほうは平均60%、ニンニクのほうは平均54%、減少したことも報告されています。
マリネは、風味がよくなるだけではなく、有害物質も減らすことができます。これからバーベーキューなど企画されている方は是非、火を通す前に黒ビールを使って、肉をマリネしてみてください!またその際にはタマネギやニンニクを一緒に漬け込んだり調理してみてくださいね。
また、黒ビールの抗酸化作用のメカニズムに関しては、今後さらに研究が進められると思いますが、ビールを選ぶときには、なるべく添加物の少ない、シンプルな材料のものを選んで下さいね!