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米国と同じ土俵に乗った多施設共同研究
(すずかんの医療改革の今を知る 特別編 難病に挑む医師たちに聴く①)
アルツハイマー病
岩坪威・東京大学大学院医学系研究科教授 その3
(その1『アルツハイマー病、治療対象はどんどん早期に』は、こちら)
(その2『認知症の経済損失は既に5兆円。さらに迫る高齢化』は、こちら)
鈴木 研究でアメリカが先行しているお話をうかがいました(その1)が、岩坪先生がリーダーシップを発揮していただいている日本の医療界医学会は、どんな取り組みをしているのか、お話しいただけるでしょうか。
岩坪 基礎研究は、アルツハイマー病という疾患そのものにも分からない所がまだまだありますので、我々は分子レベルでの病態を極めることを目標としています。そこから治療の標的を見出して、創薬に応用していただくわけです。一方で、アルツハイマーの薬ができてきたら、それを何とか日本でも評価し、臨床応用を促進する体制づくりをしなければいけないと考えました。そこで2007年頃から、臨床の先生方と連携してJ-ADNI研究というものを始めました。
MCIの方がアルツハイマー病になっていく過程で、どういうバイオマーカーや画像診断の変化が、アルツハイマー病(認知症)の発症を予測し、超早期からの脳の変化を現すかを解明するための臨床観察研究を、全日本で進めていただいたわけです。アメリカでAlzheimer's Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)という、画像研究を中心とした研究が2年ほど早く走っておりまして、これが2007年前後の最高の標準的な技術を集めた臨床研究で、恐らく今後アルツハイマー病の治療薬の治験は、そのスキームの上で動くだろうと確信されました。ところが日本にまだその準備がありませんでしたので、臨床研究者の先生方と、全国38の大学病院を中心とした先進的な医療施設で、550人前後の健常な高齢者、MCIの方あるいはもう少し進んで軽症のアルツハイマーになった方について、追跡研究を行いました。その成果として色々なことが出てきています。例えばアミロイドのPETが日本全国で標準的に施行できる研究体制ができました。アミロイドが陽性であれば、アルツハイマー病の変化が生じていること予測され、その後認知症への進行が予測できる、そのような結果が、今まさに取りまとめられつつあるところです。
この研究は、厚生労働省と経済産業省NEDOのバイオ医療部が中心にサポートしてくださり、全体の3分の2ぐらいは公的な研究資金で運営し、3分の1は製薬企業から公的な拠金を頂きました。このように非常にバランスのいい形で連携をできたと考えています。
先ほども申しましたように、アルツハイマー病のより早期の段階に目を向けなければならないということが明らかになり、J-ADNIの第二期が今年から動き出すところです。これは、経産省のIT融合という施策の中のヘルスケア分野で取り上げて頂きました。非常に精密な画像診断等の臨床情報を収集し、データベースとして積み上げ、これをITを駆使して解析する体制を作るところを基盤に置きます。厚生労働省も、認知症は特に症状発現以前がクリティカルな時期であるということを極めて重視され、その時期の方々を対象とするプレクリニカルAD研究を、次年度の研究の柱の一つとして検討下さっています。このような臨床研究の成果を、IT融合で作った先進的な臨床研究システムのベースの上で解析し、有機的な連携を進めていくという、よい体制ができつつあると思います。
鈴木 今や世界の中で、どこかに勝つとか負けるとかの話ではなくて、グローバルにコラボレーションしていくということですから。そういうプラットホームを日本が持っていないと、グローバルなコラボレーションの中に入っていけない。
岩坪 そうなんです、まさに。J-ADNI研究のアイデアはアメリカから入ってきましたけれども、その中身が非常に充実しており、これがスタンダードになるということが我々日本の医師や研究者もたちどころに分かりました。日本も、多少スタートは遅れましたけれども、同じスタンダードで施行できる力があるということを確信して、日米の基軸を作って、全く同じ研究を進めていくことにしました。その中で我々も、先生のおっしゃったような形の、共通のプラットホームを作れました。アメリカの臨床研究者も日本の研究活動と意欲を、その過程で非常によく理解してくれました。たとえば、レーガンの主治医だったロナルド・ピーターセン教授はADNI研究の臨床部門長ですけれども、我々が研究で遭遇した被験者の症状や、判定の迷いについてメールすると、彼は忙しい人ですけれども、それはアメリカではこう判断してこう考えるよということを、即座に返して下さいます。我々とアメリカのトップ研究者との間で、インターネットを介して随時意見交換できる体制ができたわけですが、これは我々がちゃんと同じ土俵に乗ったから可能となったことです。同じ目標を持って世界共通の研究をしているということで、それだけの関係が築けたということがあります。
ただしADNIは、早期の方をあくまで徹底的に観察する研究で、薬を試す訳ではありません。アカデミックの医師・研究者が、企業利益に左右されないような形で、アルツハイマー病の根本的治療薬の医師主導治験を進めていくという体制もどうしても必要です。アメリカでは1990年代から、アルツハイマー病の医師主導治験をサポートする非常に手厚い体制ができています。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)にADCSという大きなセンターが90年代にNIHの拠出でできております。これは、アルツハイマー病に関連した医師主導治験でNIHのグラントを取ると、やはりNIHによってサポートされているサンディエゴのADCSセンターが治験のコーディネーション等を支援してくれる、このような体制が90年代半ばから始められています。
実はこのADCSセンターが、米国のADNI研究の母体となったのです。日本には、まだこのような支援センターは勿論ありません。一昨年、厚生労働省が早期・探索的臨床研究拠点整備事業を開始されました。これはアカデミックに、それぞれの得意分野で早期フェーズの治験を行える体制づくりをしようとするもので、我々がまさに求めていたものです。そこで認知症を中心とした精神神経分野で応募させていただき、幸いにも東大病院が拠点の1つとして認定していただきました。いま東大では、アルツハイマー病などを中心とした早期フェーズの治験ができる体制、またアルツハイマー薬に限らず、ヒトで初めての薬を投与するファーストインヒューマンの治験ができるようなフェーズ1臨床ユニットも作っていただきました。アカデミック施設の医師・研究者が、ヒトで、健常なボランティアが最初の対象となりますが、お薬を投与して、安全性や体内動態を厳密に検証していく研究活動を本格的に始めたところです。
まとめますと、きわめて早期段階のアルツハイマー病を有する方に対して、まず観察研究によって、評価法や全国的な研究体制をつくると同時に、アカデミアの医師・研究者が薬物療法の効果を試すということができる体制をつくりはじめ、東大がその一つの中心になっています。J-ADNI2も、全国で40にのぼる医療研究機関が、ネットワークを作って研究活動をする形になる見込みです。