全国の基幹的医療機関に配置されている『ロハス・メディカル』の発行元が、
その経験と人的ネットワークを生かし、科学的根拠のある健康情報を厳選してお届けするサイトです。
情報は大きく8つのカテゴリーに分類され、右上のカテゴリーボタンから、それぞれのページへ移動できます。
事実、男性の1割は死ぬまで元気で自立――「余生」が「生きがい」を奪う?
先週末のネット記事、やっぱりな、と思って読んでいました。
「男の老人ホーム入居は不屈の覚悟を」
なぜなら、男性は亡くなる直前まで心身ともに健康で自立した生活を送れる人が、全体の1割もいるからです。そうした人たちは、65歳で定年を迎えた後の"余生"を、きっと持て余すに違いありません。
記事では、老人ホーム(介護付き)に入居して満一年になる88歳男性の体験記を紹介しています。おそらく定年退職後も20年ほど夫婦水入らずの生活を送り、近年になって奥さんを亡くされたのをきっかけとして、終の棲家にと入居を決められたのではないか、と想像します。
ただ、現役時代は日本を代表する大手電機メーカーの役員を務められたというその方にとって、老人ホームでの生活は想像以上に苦痛が多いものでした。記事では、
責任を持たされ、大きな仕事をしたほど、ホームでの生活は苦痛になるようです。まず、話相手になる人が極めて少ないのです。自己資金で購入したとはいえ、共同生活が基本ですから、人間関係をどう作るかに神経を遣うことなります。
と分析しています。具体的には以下のとおり。
●入居者(40数人)の多数は女性で、夫や舅姑から解放されて伸び伸びしているが、一方男性は、会社生活が長かった人ほど、経済、政治、社会問題などへの関心が高いが、その話し相手が見つからない。
●3食、昼寝付きで、至れり尽くせりなため、それがかえって災いして、「ボケるのも早いだろう」と感じている。
●運営側は、「むしろそれを入れてソロバンをはじいている」のだろう、と邪推(?)。「自分の意思がはっきりしている人は、運営体制、日常生活について施設側に不平不満をいう」が、「ボケれば面倒はかからなくなる。4,5年もすれば入居者は入れ替わる」という経済計算があると見ている。「施設にとってはこういう人が歓迎なのだろう」
非常に客観的で的確な観察眼ですね。
やはりこの方は本来、最期まで元気なまま年を重ねていかれる「1割」に属するのでしょう。
この「1割」という数字、東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授による、20年にもわたる高齢者追跡調査の成果http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/feature-stories/toward-active-living-by-a-centenarian-generation/index.htmlです。
高齢期における自立度の変化パターン:男性
(出典:UToyo Research 人生いきいき百年型社会をめざして)
高齢期における自立度の変化パターン:女性
(出典:UToyo Research 人生いきいき百年型社会をめざして)
グラフを見ると、いくつかの特徴に気づきます。
●女性は60~70歳の推移が対照的な2パターン(60代以降急激に衰えるか、70歳以降にゆっくり衰え始めるか)に分かれる。
●男性は女性と比べ、全体的に女性よりも衰え始めが遅い。
↑これは、平均寿命は男性の方が短いことを考えると意外ですね。
●男性は3パターンに分かれる。女性とほぼ同じ2パターンに加え、最期まで自立を保つ人々が1割程度を占めている。
以前のブログ記事「なぜ、中小企業の社長や地域の世話役は、健康で長生きなのか。」では触れませんでしたが、彼らのような人たちが、この1割に属するのかもしれません。
それを考えると、リタイア後のビジネスマンの居場所問題は、実は深刻であり、社会的損失でもあります。何しろ、まだまだ働ける経験豊かな人材が、働かずになんとなく"余生"を過ごしているのです。働かないと、世の中から必要とされている実感を持ちづらくなります。
とある研究によれば、「何も役に立っていない」と感じている高齢者の主観的幸福感の程度は、とにかく「何かに役に立っている」と考えることができている高齢者に比べて、著しく低くなるのだそうです。特に、家庭内よりも、「地域社会に貢献している」など、対外的に活躍している高齢者の方が有意に(=偶然でない頻度で)主観的幸福感が高くなるのだとか。
主観的幸福感(自分は幸福だと感じていること)は、高齢者のQOLを説明する重要な要素と考えられています。しかも、QOLに加えて、何か他人や社会のために役立っているという意識や達成感が得られる時、人は「生きがい」を感じられるとされています。
社会に活躍の場がないまま、生きがいを持てずに、ただただ日々過ごすのが"余生"だとしたら......。余生こそが、高齢者の生きがいを奪い、自立度を下げているのかもしれません。
実は、こうした考え方や問題意識に対し、一つの答えを示す、新しいタイプのサービス付き高齢者向け住宅(いわゆるサ高住)が作られ始めています。「銀木犀(ギンモクセイ)」、2015年には、シンガポールで開催された「アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワード」でアジア最優秀賞を受賞しています。
これまでのサ高住と何がどう違うのでしょうか? 一口に言えば、銀木犀では自立支援と看取りに力を入れ、最期の時まで楽しく暮らせる高齢者住宅を目指している、とのこと。
実は「ロハス・メディカル」でもこの冬から、銀木犀を運営する(株)シルバーウッドの代表取締役、下河原忠道氏による新連載「豊穣な生活支援」が始まっています。元々は躯体屋さん(建築構造を支える骨組み部分を作るプロ)だった彼が、なぜ高齢者住宅の運営を始め、何がそれほどまでに評価されているのかーー詳しくは、私も今後の連載を楽しみにしたいと思います。