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再生医療への期待は過大 まだ立体構造を作れない

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※情報は基本的に「ロハス・メディカル」本誌発行時点のものを掲載しております。特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

「STAP細胞」が世界の注目を集めた背景には、再生医療への強い期待があります。人工多能性幹細胞(iPS細胞)から色々な臓器の細胞ができたと報じられ、実用化も近いような雰囲気を醸し出していますが、現実問題として広く臨床応用されるようになるのは、まだまだ遠い未来の話と思われます。「立体構造を持ち、機能する臓器」の作製が、大きな壁として立ちはだかっているからです。
(九州メディカルライター 南家弘毅)

 基本的なことから書き始めると、同じ種類の細胞が集まったものを組織、複数の組織が集まって機能するものを臓器(器官)と呼びます。一例を挙げると、心筋細胞からなる心筋層という組織、内皮細胞からなる心内膜という組織など、たくさんの組織が複雑に組み合わさって、心臓という自律的に拍動する臓器が出来上がっています。

 現在までに、マウスやヒトのiPS細胞から心筋細胞、肝細胞、神経細胞をはじめ、臓器の元となる細胞が次々に出来ています。しかし、そこから、機能する臓器へと進めるのに成功した例は、まだほとんどありません。

 一般に臓器の機能は、その形態と密接に関連していますので、細胞に立体構造を作らせる必要があります。しかし、それをどうやればコントロールできるのか、分かっていないのです。

実用化は組織まで

 だったら、世界中で盛んに進められている「再生医療」とは一体何なのかと思ったかもしれません。答えを書いてしまうと、細胞が1個ずつで機能を発揮してくれる血液を除くと、組織の再生までです。

 国内でも既に、体細胞を材料に自家培養したジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(愛知)の表皮と軟骨が製品化されています。

 臨床研究段階のものは、計画中や過去の分を含めると、心血管系や骨・軟骨・歯、皮膚や乳房、眼、脳・神経系など数十件に上ります。よく使われているのが「細胞シート」という技術です。

 東京女子医科大学・先端生命医科学研究所の岡野光夫特任教授らが開発した温度応答性の細胞培養皿で、通常の培養では細胞を回収する際に皿から分離させるため酵素を加えますが、この技術を用いれば皿の上の構造を壊さずに移植できます。例えば、食道がんを内視鏡切除した後に食道狭窄を防ぐために移植する口腔粘膜上皮細胞シートや、重症歯周病の患部周りの骨を再生させるため移植する歯根膜の細胞シートなどが、臨床試験されています。iPS細胞を網膜色素上皮細胞へ分化させて細胞シートで培養してから移植し、滲出型加齢黄斑変性を治療しようという臨床研究も、昨年8月から理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターで始まっています。

 いずれにせよ、進んでいるのは、構造の単純なものばかりです。

受精卵の神秘

 哺乳類では、受精卵が2〜3回分裂して細胞4個もしくは8個になったところまでなら、どの細胞も単独で完全な個体に成長する能力を持っています。ところが、もう1回分裂すると、なぜかこの能力は失われます。そして、実はiPS細胞にしても胚性幹細胞(ES細胞)にしても、この能力は失われています。自律的に臓器へと成長することができないのです。治療に使うとしたなら患者と同じ遺伝子の細胞が望ましいのですが、2〜3回分裂までの細胞と同じ能力を得ることができるのは、現在の科学技術ではクローンを経由する方法だけで、人間でそんな非倫理的な方法を研究できないのは、ご理解いただけると思います。

 受精卵と3回分裂以降の細胞で何が違うのか分かれば研究の方向性も定まるのですが、今のところ有力な仮説すらない状態です。STAP細胞に注目が集まった理由の一つも、その手がかりを与えてくれる可能性でした。
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