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遺伝子組み換え鮭、どう思います?

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前回に引き続き、遺伝子組み換え食品の話です。よく分からないままに避けたり怖がったりしがちですが、実際のところ、何が良くて何が問題になっているのでしょうか。

大西睦子の健康論文ピックアップ63

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。


昨年末、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、動物では初めての遺伝子組み換え食品である「遺伝子組換え鮭(アトランティックサーモン)」について、環境への影響はないと報告しました。FDAは2010年に、この鮭について「食べても大丈夫」と安全性を発表しています。今年末にも、遺伝子組換え鮭が米国で発売される予定です。


この、「遺伝子組換え鮭」は、米国マサチューセッツ州に本社があるバイオテクノロジー企業、アクアバウンティ・テクノロジーズ(AquaBounty Technologies)が開発したもので、市場にある従来の鮭のサイズになるまで、半分の時間で成長します。なぜなら、別種の大型の鮭(キングサーモンChinook salmon)が持つ成長ホルモン遺伝子が導入されているため、成長がとにかく早いのです。


この鮭の発売に対して、米国内では反対運動が活発になっています。「アクアドバンテージ(AquAdvantage)」と命名されたこの遺伝子組み換え鮭は、消費者からは、フランケンシュタインにちなんで「フランケンフィッシュ」、あるいは「ミュータントサーモン」とも呼ばれています。この鮭は人体への安全性について不明な点が多く、たくさんの問題点が議論されています。雑誌『Nature』でも取り上げられました。


そもそも消費者は、遺伝子組み換え魚とそうでない魚の区別はできません。そこで、遺伝子組み換えの表示を求める運動が展開されています。


ちなみに、遺伝子組み換え作物大国の米国では、遺伝子組み換え食品の表示の義務はありません。「米国だけ表示の義務が無いのはおかしい」「自分が食べているものを知る権利がある」と、消費者からの反発の声が上がっています。一方、日本やEUを始め世界60カ国以上の国では、遺伝子組み換え食品には何らかの義務表示規則があります。ただし、日本の表示や流通規制はEUのルールと違ってかなり緩いため、知らず知らずのうちに遺伝子組み換え食品を大量に消費しているのが現状です。日本は現在、遺伝子組み換え作物の世界最大の輸入国ともいわれています。


この鮭が販売されれば、遺伝子組み換え食肉・魚は、済し崩し的に次から次へと市場に出現するでしょう。EU議会は輸入禁止を求めています。輸入の鮭に頼っている私たち日本人の食卓にも、将来的に大きな影響を与えることになるでしょう。


さて今回は、この「遺伝子組み換え食品」に関して、長所と短所を考えてみましょう。


●遺伝子組み換え食品の長所


1)低コストで食品生産が可能になる


「厳しい気候条件の土地で栽培できる品種の開発」、「害虫に強い品種の開発」などの品種改良(5)・6)など)により、農作業の負担を減らし、作物を効率よく収穫し、低コストで提供することができます。


2)食糧難解決


国連のデータによると、1900年にはおよそ16億人だった世界人口は、1950年頃にはおよそ25億人に増え、2013年は約71億人となっています。急激な世界人口の増加のため食糧生産が追いつかず、現在、世界では8人に1人が飢餓で苦しんでいます。さらに2050年には世界人口が96億人に到達することが予想されており、今後、食糧難はいっそう深刻な問題になります。こうした背景から、遺伝子組み換えによって成長の速い動植物を生み出し、安価に流通させられる食料とする考え方があります。


3)特定の栄養成分に富む品種の生産

例)ゴールデンライス(Golden rice)
発展途上国ではビタミンA※1不足のため、1年におよそ30万人が失明し、65万人が死亡しています。ゴールデンライス「Golden rice」は、スイスの研究所がロックフェラー財団の支援を受けて開発した、ビタミンAの前駆物質※2であるベータカロチン※1を合成する遺伝子を導入した組換えイネのことです。このイネは、米粒の色が黄色味を帯びていることからゴールデンライスと呼ばれ、ビタミンA不足を解消することができることが報告されました。

例)鉄分の豊富な米
ゴールデンライスと同じように、発展途上国では鉄分の不足による貧血※3が問題です。そのため、鉄分豊富なお米の開発がされています。


4)日持ちの良い品種の生産


例)1994年、遺伝子組み換え食品として初めて市場に、日持ちのよいトマト(フレーバーセーバートマト(FlavrSavr tomato)が導入されました。通常のトマトは実を柔らかくするペクチン分解酵素※4働きから、日持ちがせず、傷みやすいので、す。そこでペクチン分解酵素の遺伝子の働きを抑え、その酵素が働かないようにしたものが、日持ちのよいトマトです。輸送や貯蔵の過程で鮮度が落ちる問題を解決し、新鮮で美味しいトマトを食べたい、という夢を実現させました。


5)寒さや乾燥など、厳しい気候条件の土地で栽培できる品種の開発

暑さ、乾燥、寒さなど、環境ストレスに強い作物が開発されれば、不毛の土地での栽培が可能になります。特に最近は、地球の温暖化とそれに伴う乾燥が深刻な環境問題となっています。乾燥に強い作物が開発できれば、農業用水の節約もできます。

例)乾燥耐性トウモロコシ
モンサント社では、遺伝子組み換え技術により乾燥した環境下でも収穫量の減少を抑えることができる乾燥耐性トウモロコシ種子の開発を進めています。


6)害虫に強い品種の開発・農薬使用量の減少:害虫抵抗性作物

もともと土壌に生息しているBacillus thuringiensis(Bt、バチルス・チューリンゲンシス)という微生物から、殺虫タンパク質(Btタンパク質)※5をつくる遺伝子を導入し、特定の害虫被害から作物を守ることができます。害虫の被害を防止しつつも殺虫剤の使用は減らすことができ、コスト削減と環境にやさしい農業が実現できます。現在、害虫抵抗性作物として、トウモロコシやワタが広く栽培されています。
例)モンサント社が開発した害虫抵抗性遺伝子組み換えトウモロコシ(Btトウモロコシ、MON863)


7)除草剤耐性作物

ある特定の除草剤※6をまいても枯れないように、特定の除草剤に耐性を持つ遺伝子を組み込むことによって作られた作物です。農薬をまくコストや労力が減ります。現在、大豆、ワタ、トウモロコシ、ナタネなどでの除草剤耐性作物が実用化されています。


●遺伝子組み換え食品のリスク(事例)


1)ホルモン障害


遺伝子組み換え牛成長ホルモン(rBGH)の問題があります。これに関しては以前のコラムをご参照下さい。
牛乳とがん(大西睦子の健康論文ピックアップ4)


2)臓器障害


モンサント社の害虫抵抗性遺伝子組み換えトウモロコシ(Btトウモロコシ、MON863)についてフランスの統計専門家が再評価。、動物実験の結果、体重、肝臓、腎臓などに悪影響が見られました。さらに、膵臓、腸に対する悪影響も報告されています。それに対して、企業側は、安全性を主張しています。


3)不妊


ウィーン大学ツェンテク教授らによれば、モンサント社のトウモロコシ、NK603(除草剤耐性)とMON810害虫抵抗性)を用いた動物実験で、不妊や子孫への影響が認められました。この報告に対して、実験方法や結果の解析方法に問題があるとの指摘があります。


4)アレルギー


アレルギーは、特定の抗原に対する過剰な免疫反応です。組み込まれた遺伝子が作り出すたんぱく質にアレルギーを誘発する恐れがないかと懸念されています。食物アレルギーは、成人の2%、子供の6〜8%に見られるとされることから、特に子供は遺伝子組み換え食品によるアレルギーの影響を受けやすいと考えられます。そこで、遺伝子組み換え食品の安全性評価の中で、アレルギーの検証・評価が行われています。ブラジルナッツの遺伝子を組み込まれた大豆がアレルギーを引き起こすことが分かり、開発が中止された事例があります。


5)毒性


1989年頃、米国で遺伝子組換え技術を使用した健康食品のトリプトファン事件が起きました。Lトリプトファンは必須アミノ酸の一つで、不眠や不安の治療用として日本企業によりLトリプトファンとして販売されましたが、その使用により、38人の死
者と、筋肉や関節の痛みなど推定6,000人の被害者が出ました。有害物質が遺伝子組み換えによる副産物であるかどうかは不明ですが、遺伝子組み換え食品の危険性を示す例とされています。


6)農薬使用量の増加


遺伝子組み換えによる害虫抵抗性作物や除草剤耐性作物は、世代を経て、害虫や雑草のほうが耐性を持つようになり、結果として農薬などの使用が増加する可能性があります。さらに環境や生態系への悪影響が懸念されます。


7)遺伝子汚染
遺伝子組み換えによって人為的に作り出された、本来、自然環境には存在しない生物が周囲の環境に漏出した場合、生態系に悪影響を与えます。特に遺伝子組換え作物の場合には、受粉による遺伝子汚染が問題視されていて、この問題を解決するため繁殖能力を持たない作物のみを用いるなどの対策も行われています。


8)環境問題

自然界には存在しない遺伝子組み換え作物による植物や昆虫などの生態系への影響が問題になっています。上述の遺伝子組み換え鮭については、生産者は、野生の鮭との接触を防ぐため、遺伝子操作された卵(engineered eggs)をパナマに輸送し、地上のタンクの中で育てています。それでも万が一自然界に放された場合、従来の鮭への汚染が危惧されています。


さて、賛否ある「遺伝子組み換え食品」ですが、上記のような指摘や事例を踏まえて総合的に見たとき、皆さんは賛成ですか?それとも反対でしょうか?

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