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決着せぬ遺伝子組み換え論争
日本国内では遺伝子組み換え(GM;Genetically Modified)作物の商業栽培は行われていないものの、実は日本は世界有数の遺伝子組み換え作物輸入国です。私たちが気づかないうちにGM食品がたくさん流通しているのです。気になるのはその安全性ですよね。遺伝子組み換えトウモロコシの安全性について検討した論文が、かつて掲載後に撤回され、このほど改めて別の科学雑誌上で発表されました。そこに何が読み取れるでしょうか。
大西睦子の健康論文ピックアップ94
大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
GM危険視の論文再投稿
フランス、カーン大学のジル•エリック•セラリーニ博士らは、米モンサント社が1970年に開発した非常に強力な除草剤「ラウンドアップ」と、それに耐えうる性質を持たせて同社が作り上げたGMトウモロコシ(NK603)についての論文を今年6月、「Environmental Sciences Europe」誌上で発表しました。
博士らは、生後5週間の雌雄各100匹のラットを用意し、20日間の調整期間を経て無作為に、体重のみに基づき以下の10グループ(群)に割り当て、最長2年間餌をやり続けました。その間、週に2回、 触診や臨床的な所見の記録、腫瘍の測定等を行い、餌や水の消費量、体重等をモニタリングしました。
1)比較対照群:標準的な水と餌
2)ラウンドアップ除草剤ありで栽培されたGMトウモロコシ(NK603):11%含む餌の群、22%群、33%群
3)ラウンドアップ除草剤なしで栽培されたGMトウモロコシ(NK603):11%含む餌の群、22%群、33%群
4)標準的な餌に3種類の濃度のラウンドアップを添加(計3群)
結果は、すべての群で雌雄とも、非常に重大な慢性腎臓障害が確認されました。比較対照群を除く雄では、肝臓のうっ血や壊死が2.5〜5.5倍高く認められ、比較対照群と比べて4倍以上大きな明らかな腫瘍が600日も前から確認されました。比較対照群を除く雌では、死亡率が2〜3倍に高まり、より高頻度で大きな乳腺腫瘍を発症しました。結論として、市販のGM食品や農薬の安全性を評価するためには、それらを餌として雄ラットを長期(2年)飼育する試験を行う必要があるとしています。
批判受け撤回した初出論文
上記の論文は、「Republished」とタイトルにもあるように、再投稿にあたります。GM作物に異議を唱えるセラリーニ博士らの論文は、すでに一度物議を醸していたのです。博士らは以前にも、今回と同じくラウンドアップ除草剤とGMトウモロコシ(NK603)を2年間ラットに与え続け、結果、GMトウモロコシが腫瘍の発生や寿命の低下を促したことを確認。2012年、「Food and Chemical Toxicology」誌に投稿し掲載されました。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691512005637
ところが、その論文には実験の方法や所見、解析などに問題があると、世界中の専門家から批判が殺到したのです。
最大の批判は、実験に使用したラットの数が、各群について雌雄各10匹のみだった点でした。これについては欧州食品安全機関(EFSA)とドイツ連邦リスク評価研究所(BFR)からも指摘を受けました。EFSAは、「科学的見地からすると質が低く、リスク評価の有効な材料として考慮するには不適切」と判断しています。
経済協力開発機構(OECD)のガイドラインは、食品の一般的な化学毒性試験では観察期間が90日でありラットが若いうちに期間が終了を迎えることから、ラットは各群雌雄10匹ずつで十分としています。NK603トウモロコシのモンサント社自身の調査でも、各群雌雄10匹ずつのラットが用いられています。しかしながら、セラリーニ博士らの研究では最終的に観察期間がラットの一般的寿命である2年を超えるため、老化による疾患や死亡が多発して遺伝子組み換え食品の関与が不明瞭になりがちなのです。OECDのガイドライン(452および453)では、通常1年間の長期的化学毒性研究の場合は各群雌雄少なくとも20匹ずつ、発がん性試験であれば2年間で各群雌雄少なくとも50匹ずつのラットを使用するよう推奨しています。
http://www.nature.com/news/hyped-gm-maize-study-faces-growing-scrutiny-1.11566
http://www.oecd-ilibrary.org/environment/test-no-452-chronic-toxicity-studies_9789264071209-en
http://www.oecd-ilibrary.org/environment/test-no-453-combined-chronic-toxicity-carcinogenicity-studies_9789264071223-en
その他、セラリーニ博士らの論文はGMトウモロコシ(NK603)以外の条件、例えば混ぜて与える餌のトウモロコシの品種や管理方法、安全性などにまったく触れておらず、ラットが食べた量も明示していません。
激しい批判を収束させるには、解析法やデータについて、セラリーニ博士らによる詳しい説明や実験の再現が必要と考えられましたが、博士は「Nature」誌に対して、「欧州でNK603認可のための生データが開示されるまで、私も開示はしない」と主張しました。「Nature」誌の質問に対して、セラリーニ博士らは、「猛烈かつ迅速な科学者たちの批判に驚いた」と答えています。さらには「批評家のほとんどは毒物学者ではなく、GM作物の開発当事者の可能性もある」とも述べています。
http://www.nature.com/news/rat-study-sparks-gm-furore-1.11471
ただ、問題は論文の内容だけではありませんでした。発表前、セラリーニ博士は「Nature」誌をも排除して一部のジャーナリストだけに論文へのアクセス権を与え、第三者には取材しないことを約束させました。ジャーナリストやメディアをコントロールしたのです。発表後にはさらに本の出版やドキュメンタリー映画の作成まで行ったことから、博士が本やドキュメンタリー映画を通じて利益を得るためにアクセス権を制限したのだとの見方も示されました。
その後も論文に対する批判は続き、最終的に論文は撤回されました。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691512005637
再び反論が殺到
前回の批判を受けて再発表された今回の論文でも、基本的にはモンサント社がNK603トウモロコシについて行った化学毒性試験の手法に則り、さらに観察期間を2年に延長したものであり、使用したラットの数は前回同様OECDのガイドラインに準じて雌雄100匹ずつ、200匹使用したと説明されました。要するにラットの数は変わっておらず、各群のラットの数が少なすぎて統計的有意差は出せないのです。のみならず前回の論文と同じく、新しい論文も比較対照群のラットの写真は掲載されていません。実験に使用されたラットは腫瘍を形成しやすく、自然に観察しても2年間以内にほぼ確実に腫瘍が発生するとされています。倫理的見地からも問題がありました。ラットの実験では腫瘍が発症した場合は人道的に安楽死させなければならないところ、博士らは、ラットを腫瘍があるまま生存させ、腫瘍が異常に大きくなっても安楽死を行いませんでした。案の定、今回も発表直後から専門家からの反論が殺到したのです。
●「Nature」誌
・ケンブリッジ大学の統計学者、デビッド•スピーゲルハルター博士:
「この論文はまだ適切な統計的検討がなされていないように見えるし、方法も報告も曖昧だ。主張している効果は用量反応を示さず、結論も各性別10匹の比較対照群との比較に完全に依拠してしまっている。それでは不十分だ」
●「サイエンス・メディア・センター」(SMC;SCIENCE MEDIA CENTRE)
・イリノイ大学のブルース・チャッシー食品安全・栄養科学名誉教授:
「もとの論文には研究デザインとデータ収集の手法に多くの致命的欠陥があった。今回もその点について何ら書き直しや弁明はなく、データに欠陥がある」
・キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)のトム・サンダース栄養学教授:
「博士らは動物の毒性評価について伝統的な手法に則らず、多くの計測をラットの死の間際に行っている」
一方、今回の再投稿を好意的に受け入れ、評価した学者もいました。
●「SUSTAINABLE PULSE」(GM作物を監視する市民・科学者団体)
・キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)の分子遺伝学者マイケル・アントニオ博士:
「重点的な査読を経て日の目を見る論文は数少ない中、すでに前回3人の専門家の査読を経ている。反論する専門家は、自ら独自に同じ研究に着手すべきだ」
・カンタベリー大学のジャック・A・ハイネマン分子生物学・遺伝学教授:
「この論文は、GM作物をテーマとしたこれまでの科学研究の中で最も包括的かつ独立した査読過程を経たもの。こうした記録を消し去ることは、GM生物学の推進側にとってもリスク評価側にとっても建設的ではない」
ただ、肝心の査読は今回行われていません。掲載した「Environmental Sciences Europe」誌の編集者は「我々は環境分野についてのオープンアクセス・ジャーナルで、議論の場を提供するもの。そのためピアー・レビューは行っていない。初出時の『Food and Chemical Toxicology』による査読にも不正や誤りはなかったと結論づけた」と判断しています。
http://www.forbes.com/sites/jonentine/2014/06/24/zombie-retracted-seralini-gmo-maize-rat-study-republished-to-hostile-scientist-reactions/
信頼できる科学の不在
GM食品の安全性は常に論争の的であり、この一件でまた注目されていますが、本当のところどうなのか、いまだ結論は出ていません。
とはいえ前回といい今回といい、セラリーニ論文に対する待ってましたとばかりの用意周到な攻撃ぶりは、どこか不自然でもあります。
実際、英国のロビー団体SPINWATCHは、2012年当時も、ロンドンに拠点を置くSMCが御用ジャーナリストに準備させておいた学者の発言を引用し、論文発表後直ちに反論を展開したために、英語圏では地元の仏国とは全く違った反応となったと指摘しています。モンサント社やGM企業等の介入に「News Week」紙や「Forbes」誌等まで貢献し、結果、SMCの引用が世界に広まったというのです。
http://www.spinwatch.org/index.php/issues/science/item/164-smelling-a-corporate-rat
SMCが批判を引用しているブルース・チャッシー名誉教授は、以前からGM企業側からの資金提供を受けている専門家の一人として名前が挙げられてきました。CENTER FOR SCIENCE IN THE PUBLIC INTEREST(CSPI;米国を拠点とする非営利消費者団体。北米最大の健康ニュースレターを発行)は、同名誉教授が巨大食糧企業からの研究資金を受け、モンサント社他でセミナーを開催してきたことを指摘しています。
http://www.nature.com/nbt/journal/v21/n10/full/nbt1003-1131a.html
http://cspinet.org/new/pdf/letter_to_nature.pdf
http://cspinet.org/new/pdf/letter_to_science.pdf
GM作物を巡る大規模な利害関係まで考慮していくと、批判や反論も純粋に科学的立場に立ったものか、慎重にならざるを得ません。確かなことは、公正な見地に立った、透明性があって信頼できる科学が必要だということです。