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終わらぬビスフェノールA論争

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これまでにもこのコーナーで名前の出てきた「ビスフェノールA」(BPA)は、内分泌かく乱の恐れがある「環境ホルモン」として知られている化学物質です。プラスチック容器などから意図せずに溶け出し、摂取した体内でホルモンに似た作用を与えると懸念されてきました。ただ、容器から溶け出した程度の微量のビスフェノールAが、本当に神経質になるほど有害なのか、実はまだ決着がついていないのです。このほど、2007~2013年に報告された数々の研究報告をまとめた論文が発表されましたので、改めておさらいしたいと思います。

大西睦子の健康論文ピックアップ97

大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。

大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

プラ食器から「環境ホルモン」摂取

ビスフェノールAは、ポリカーボネート樹脂製の発砲スチロール容器や一部の哺乳瓶、あるいはエポキシ樹脂で内部塗装された缶詰や飲料缶などから溶出し、飲食物とともに体内に移行します。米国疾病管理予防センターによる2003〜2004年の国民健康栄養調査では、6歳以上の2517人の尿サンプル中、93%にビスフェノールAが検出可能なレベルで見つかりました。 
http://www.niehs.nih.gov/health/topics/agents/sya-bpa/

1930年代、動物実験においてビスフェノールAのエストロゲン様作用が初めて報告されて以来、成人の疾患や肥満、神経障害との関連が報告されました。また、ビスフェノールAにさらされた動物の胎児や新生児への影響も複数報告されています。
http://www.nihs.go.jp/edc/bisphenol/all.htm

日本では1998年、環境庁(当時)がリストアップした「内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質」67物質の中にビスフェノールAも入っていました。検証の結果、ほとんどの物質に哺乳動物への影響が確認できず、リスト自体も2005年に取り下げられましたが、成人ばかりでなく子どもたちまでもが今もビスフェノールAにさらされていることに、多くの人が不安を持っています。
http://www.env.go.jp/chemi/kurohon/http1998/html/speed.html
http://www.env.go.jp/chemi/end/extend2005/

東京都環境局のサイトでは、2000年10月25日に開催された第9回内分泌かく乱化学物質専門家会議で、ポリカーボネート製の給食食器や使用済み哺乳瓶から溶出があったと報告され、そのうえで、使用禁止措置は不要だが溶出や摂取を減らすべき、と検討したことが示されています。
https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/chemical/conference/endocrine/09th_tableware.html

厚労省サイトでは、「ビスフェノールAについてのQ&A」の中で「成人の場合、ビスフェノールAの主要な曝露源としては、缶詰が指摘されています」とし、「妊娠されている方がこのような缶詰食品を多く摂取することにより、胎児がビスフェノールAに曝露する可能性があります」と警鐘を鳴らしています。ただ、業界による自主規制として、飲料缶と食品缶それぞれに溶出濃度の基準を設けた上で、他の合成樹脂など溶出が少ないものへと改善する取り組みも紹介しています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kigu/topics/080707-1.html

不安を抱えつつ業界の取り組みを待つ現状はいまのところ変わりそうもありません。というのも、低用量のビスフェノールAの安全性・有害性については科学者の間でも評価が分かれているからです。


国関与の2研究、相反する結論

そもそもの発端は、米ミズーリ大学のフォン・サール博士らが1997年に発表した実験データに基づく「低用量仮説」でした。「作用なし」とされてきた用量よりずっと低濃度で毒性が示される、という、これまでの薬学の常識とは矛盾する内容だったため、大きな論争に発展したのです。

2006年11月、米国立環境衛生科学研究所(NATIONAL INSTITUTE of ENVIRONMENTAL HEALT SCIENCES:NIEHS)などの支援で、フォン・サール博士らビスフェノールAの専門家38人による5つの委員会が合同会議を開催。低用量のビスフェノールAの影響について、動物実験データを集めて評価を行いました。結果は翌2007年、専門誌「Reproductive Toxicity」(生殖毒性)に報告されました。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17768031

報告では、低用量のビスフェノールAにさらされた動物に、▽前立腺がんおよび乳がんの増加▽雄の赤ちゃんの泌尿生殖器の異常▽雄の精液の質の低下▽雌の早熟▽インスリン抵抗性および(2型)糖尿病、肥満を含む代謝障害▽注意欠陥多動性障害(ADHD)、などの問題が観察され、私たちヒトにも同じような健康被害の可能性があると指摘しました。

特に生殖系への影響に関しては動物実験間で矛盾はあったものの、専門家委員会は、ビスフェノールAは雄の生殖系に影響を与えると断定。発育中~成長した雌についても、影響を与える可能性があると判断しました。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2151845/

一方、2008年9月には、米国国家毒性プログラム(National Toxicology Program:NTP)も低用量ビスフェノールAに関する研究をまとめ、懸念の程度ごとに5段階に分類。結論から言えば、主に生殖系への影響がわずかに認められたものの、NIEHSの支援によるフォン・サール博士らの報告に比べて楽観的な評価でした。

具体的には以下のとおりです。
1.無視してよい:
・妊婦がさらされることによる、胎児や新生児の死亡、先天性異常、その子孫の出生体重と成長低下への影響
・職業的にさらされることがない成人の生殖への影響
2.最低限の懸念:
・胎児期、乳幼児期および学童期の女性の、乳腺への影響や早熟化
・職場で通常より高用量にさらされる労働者の生殖への影響
3.幾分の懸念:
・胎児期、乳幼児期、および学童期の脳、行動および前立腺への影響
4.懸念あり:
(該当なし)
5.深刻な懸念:
(該当なし)
http://ntp.niehs.nih.gov/ntp/ohat/bisphenol/bisphenol.pdf

こうして米政府の関与した両報告が相反する結果となり、決着がつかないまま今日に至っています。はっきりしないだけに安全性への疑問の声は根強く、国際的にも議論が続けられてきました。


最新論文は「生殖毒性あり」

フォン・サール博士らの報告が2007年以前の研究をまとめたものだったこともあり、米イリノイ大学の研究者らは新たに、2007~2013年に行われた低用量ビスフェノールAの生殖系への影響に関する研究をまとめ、先月報告しました。医学•生物学分野の学術文献検索サービス「PubMed」を利用して、「生殖」「ビスフェノールA」関連文献を検索する手法を用いました。
Jackye Peretz et al.
Bisphenol A and Reproductive Health: Update of Experimental and Human Evidence, 2007-2013.
Environ Health Perspect; DOI:10.1289/ehp.1307728

その結果、ビスフェノールAの影響について「強力な科学的根拠がある」と判断されたのは次の事項です。
・動物モデルおよびヒトでの卵巣毒性
・動物モデルでの子宮毒性
・動物モデルでの前立腺毒性
・受精や卵子形成、精子の数や質などの生殖系;変化しやすいが、有害な影響が現れるとされる最小毒性量以下あるいは安全基準レベルでも明白に影響

以上より、ヒトおよび動物においてビスフェノールAは女性の生殖系に影響を与え、また男性の生殖系にもその可能性を認めたことから、ビスフェノールAには生殖毒性があるとの結論が示されました。一方、長期継続的にさらされた場合の影響や、また影響自体が一過性なのか永続的なのか、影響を受けやすい時期や体内での用量レベルなどの問題は、さらなる研究が必要と判断されました。


再び論争加熱

今回の報告を受けて、米国ではメディアや各業界がそれぞれの立場から懸念派と擁護派に分かれ、論争が再び加熱しています。

「ニューヨーク・タイムズ」紙は、卵巣を始め女性の生殖機能への影響を深刻視。猿やヒトでの研究も紹介しています。
In Plastics and Cans, a Threat to Women
By Deborah Blum, August 28, 2014 12:33 pm

「フォーブス」誌は、研究の精度の低さを理由に「ニューヨーク・タイムズ」に反論。エポキシ樹脂等の恩恵に触れた上で、論争の背景には2つの科学者グループの対立があると指摘します。
The Raging Controversy Over BPA Shows No Signs Of Abating
By Geoffrey Kabat, September 4, 2014 12:46 pm

低用量ビスフェノールAの安全性について専門家でも科学的解釈が分かれ、マスメディアも巻き込んだ大論争が続く中で、私たちはどのように判断し、行動したらよいのでしょうか?

NIEHSでは、ビスフェノールAの健康被害を懸念する人に対して、以下を推奨しています。
・ポリカーボネート製プラスチック容器を電子レンジで使用しない。
・缶詰食品の利用を減らす。
・特に熱い食べ物や液体は、ガラス、陶磁器またはステンレス製の容器を使う。
・ビスフェノールAを使用していない哺乳瓶を使う。
http://www.niehs.nih.gov/health/topics/agents/sya-bpa/

ポリカーボネート製のプラスチック容器・食器には、「ポリカーボネート」あるいは「PC」と表示があるはずです。ただし、表示のシールをはがしてしまって分からない場合もあります。購入時に気をつけて見るのも大事ですが、分からない場合は、電子レンジの使用や熱い飲食物を入れることは避けたほうが無難ですね。
http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/file09_01_00005.html

NIEHSは2009年、ビスフェノールAの長期的な健康への影響を調べるために、米国食品医薬品局(FDA)と米国疾病対策予防センター(CDC)との共同研究で、3000万ドル、5年間のプログラムも開始しています。

近い将来、結果が出てくるはずですね。できる限り「NIEHSの推奨」を実践しながら、報告を待ちたいと思います。

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