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夜更かしは遺伝子の働きを乱す!

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寝不足が体に悪いことは、誰しも経験上、なんとなく分かる話でしょう。では、一日あるいは一週間あたりの合計睡眠時間が足りていればよいのでしょうか。だったら「寝貯め」したり、夜更かししても昼寝をしたりして補えばいいはずですよね。ところが実際、私たちの体はそう都合よくできてはいないようです・・・。

大西睦子の健康論文ピックアップ88

大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。

大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

時差ぼけや夜勤のため、睡眠と覚醒のタイミングのリズムが乱れて、疲労感、吐き気や記憶力の低下を経験されたことはありませんか。私たちの体の中には、体温や血圧、ホルモンなどのリズムを整える「体内時計」があり、体内時計の乱れが、上記の症状だけではなく、がんや糖尿病などの疾患のリスクに関与していることが分かってきています。

ただ、体内時計の乱れがどの程度私たちの遺伝子に影響を与えるかは不明でした。今回紹介する研究は、睡眠のずれが遺伝子のタンパク質合成メカニズムを傷つけている、というものです。


時計遺伝子が握る概日リズムのメカニズム

ヒトに限らず、地球上の生物は自転とほぼ同じ1日(24時間)周期で体内環境を変化させており、これを概日リズムと言います。もともとは昼夜の変化に適応したものですが、実は、光や温度変化のないところで安静を保っていても概日リズムは認められます。体内時計があるからです。

ヒトの体内時計は2種類、脳の視床下部(脳の深い部分にあり、自律神経系の調節を司る)にある「主時計」と、全身の細胞にある「末梢時計」がありますが、いずれも、いわゆる「時計遺伝子」の働きによって調節されています。

これまでに、体内時計の刻みを促進する因子としてCLOCKとARNTL(BMAL1)の2つの時計遺伝子が、また抑制する因子としてPERIOD(PER)とCRYPTOCHROME(CRY)の2つの時計遺伝子が知られています。両時計遺伝子が相互に発現に関与しあっている結果、体内の恒常性が保たれるのと同時に、概日リズムが刻まれているのです。

さて、普段から概日リズムに沿った規則正しい生活を送っていれば、当然、睡眠・覚醒のサイクルと体内時計が同調しているはずです。英国サリー大学の研究者らは、この同調が中断されたときに、体内時計を調節している時計遺伝子の発現が影響を受けるかどうかを実験し、医学雑誌「PNAS」に報告しました。


Simon N. Archer, et al.
Mistimed sleep disrupts circadian regulation of the human transcriptome
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
January 21, 2014
doi:10.1073/pnas.1316335111

実験は、健常な22人の男女(平均26.3歳、男性11人、女性11人)を対象に行われました。彼らには24時間周期ではない睡眠覚醒リズム、具体的には28時間周期で、自然の昼夜(明暗)サイクルではない環境での生活が3日間、強いられました。研究者らは血液サンプルを集め、トランスクリプトーム解析という手法を用いて時計遺伝子の転写産物を調べ、発現パターンを解析しました。細胞内でタンパク質が合成される過程では、遺伝子の情報を写し取る「転写」が起こっています。細胞内の全転写産物の量を測ることにより、生体細胞内での遺伝子の発現状況を網羅的に把握できます。

各被験者の遺伝子全て(ゲノム、全遺伝情報)を対象とした解析を行ったところ、被験者が「睡眠ホルモン」であるメラトニンの分泌に従って眠っている場合には、1502もの転写産物(全遺伝子の6.4%にあたる1396遺伝子を解析)が、概日リズムに沿った遺伝子発現と分類されました。

メラトニンは脈拍や体温、血圧などを低下させ、体に睡眠の準備ができたことを認識させて自然な眠りに導きます。朝目覚めて太陽の光を浴びると分泌が止まり、目覚めてから14〜16時間くらい経つと体内時計からの指令で再び分泌されます。規則正しく十分な睡眠時間を確保していれば、いつもの就床時間の1〜2時間前から分泌され始める計算です。


タンパク質が正しく合成できない?

一方、乱れた睡眠リズムの下では、血中の概日リズムに基づく転写産物は、ヒトの通常時の6.4%から1.0%まで、6分の1に減少しました。それだけ睡眠リズムの乱れは時計遺伝子の発現への影響が大きいのです。

影響を受けた転写産物は、クロマチン修飾因子、転写因子、翻訳因子、温度調節転写、そしてCLOCKおよびARNTL(BMAL1)を含む主時計遺伝子でした。転写と翻訳は、遺伝子の情報に忠実にタンパク質を合成する基本プロセスで、適切なDNA転写・翻訳により繰り返し同じタンパク質を産生することができます。クロマチンはDNA構造の一種で、修飾因子による変換が転写の誘導に必須です。

転写産物に影響があるということは、遺伝子情報を伝えるメカニズムに大きく作用しているということです。そして、体が必要とするタンパク質産生が適切に行われない原因となりえます。ひいては体温や内分泌因子などの生理機能の調節プロセスにも関与します。

筆者らは以前の研究で、1週間の睡眠不足が、概日リズムに基づく転写産物の産生を8.8%から6.9%に減少させることを報告しています。


Möller-Levet CS, et al.
Effects of insufficient sleep on circadian rhythmicity and expression amplitude of the human blood transcriptome.
Proc Natl Acad Sci USA 110(12):E1132-E1141. 2013

強制的に概日リズムを乱すことが転写産物の産生を6分の1に減少させたのと比べれば、小さな変化です。つまり強制的に概日リズムを乱されることは、転写の働きに対し睡眠不足の何倍もの影響があるのです。


今回の研究で、強制的に変更された睡眠リズムは遺伝子発現に大きな影響を与えることが明らかになりました。睡眠リズムの乱れがどのように遺伝子発現の変化を誘導するかは不明ですが、遺伝子が適切に発現せず、体を構成したり活動したりするのに必要なタンパク質が正しく作られなければ、体を傷つけるにも等しい事態です。体を弱らせ、老化や疾病につながることが示唆されます。

生活習慣や環境が変わっても、体内時計が24時間以外の周期にリセットされるわけではありません。今回の実験中でも体内時計は約24時間周期を持続していました。メラトニンの分泌時間帯を考えれば、不規則な夜更かしは大敵。翌朝長く寝ていられるからと言っても、睡眠リズムは乱れてしまいます。以前、こちらで肥満との関係についても取り上げました。今日から不必要な夜更かしは止め、早く寝ることが重要ですね!

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