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続・グルテンフリーダイエット
今もまだまだグルテンフリー(グルテン抜き)ダイエットが話題ですよね。しかしグルテンも立派なタンパク質、重要な栄養源のはず。正しい知識と理解を得て、「盲目的に完全排除」といった行為に陥らないようにしましょう!
大西睦子の健康論文ピックアップ66
大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。
ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
今回は、前々回のグルテンフリーダイエットに関して、もう少し深く考えてみたいと思います。そもそも、グルテンそのものの栄養的価値って何でしょうか?グルテン※1は、簡単に言えば、植物由来のタンパク質です。それでは、植物由来のタンパク質は、動物由来のタンパク質とどう違うのでしょうか?
タンパク質は、アミノ酸※2が結合して構成されています。タンパク質を合成するために必要な20種類のアミノ酸のうち、9種類は体内で合成できない必須アミノ酸で、残りの11種は非必須アミノ酸です。食品によって、アミノ酸の量や必須アミノ酸の割合が異なりますので、食品たんぱく質の栄養価を評価する方法として、アミノ酸スコアを用います。
アミノ酸スコアは、FAO/WHOの提示する国際基準値を100として、9種の必須アミノ酸がある食品中にそれぞれどの程度含まれているかを数値化した上で、そのうち最も不足している必須アミノ酸(=第一制限アミノ酸)の数値で示されます。というのも、タンパク質を体内で利用するには、必要な必須アミノ酸がバランスよく含まれている必要がありますが、アミノ酸全体の働きは足りないアミノ酸(=制限アミノ酸)のレベルに制限されるからです。
いわゆる高タンパク質食品とは、アミノ酸スコアの高い食品を指し、その値は100に近くなります(あくまでも第一制限アミノ酸のスコアが国際基準をほぼ満たしている=100近いのが高タンパク質食品であって、それぞれの必須アミノ酸の含有バランスが偏っていないとは限りません)。肉や魚、乳製品など動物性タンパク質のアミノ酸スコアは、ほとんどが100です。一方、植物性タンパク質は、例えば大豆が86、米が65、トウモロコシが42、小麦は37などというように、アミノ酸スコアが低くなります。
小麦グルテンには必須アミノ酸のリジンが不足しているため、アミノ酸スコアは45くらいと低めです。特に、慢性腎不全※3などでタンパク質摂取量が制限されている方にとっては、グルテンはあまり摂りたくないタンパク質となります。なぜなら、タンパク質量として同じ分量摂ったとしても、補給できる必須アミノ酸量が、アミノ酸スコアが高い高タンパク質食品に比べて少ないからです。ですから、栄養的には価値が低めのタンパク質と言えます。
それでは、グルテンは摂取する必要がないのでしょうか?管理栄養士の佐藤佳瑞智先生にお話を伺い、以下のコメントを頂きました。
「物質としてのタンパク質の構造は、分子の大きさで見て1次(アミノ酸配列)から4次(いくつかのサブユニットが結合したもの)までありますが、食品=栄養という観点からはそれぞれ意味が違います。
小腸上皮※4を通して体内に入れるのは原則的にジ・トリペプチド(アミノ酸が2個ないし3個つながったもの)までですので、1次構造が重要です。生体内で色々なタンパク質を生合成するときの基となるアミノ酸の補給という意味ではここが重要ですよね。特に必須アミノ酸は体内で合成できないので、9種類の必須アミノ酸をまんべんなく含んだタンパク質(ほとんどの動物性たんぱく質)は食品として優秀なわけです。
例えば食物から摂取したタンパク質を全て消化することが出来て、全てトリペプチド(アミノ酸3個)以下のアミノ酸に分解することができるなら、タンパク質をアレルゲンとする食品アレルギーなんて話は無いはずですが、実際私たちの消化器官はそこまで完璧ではありません。
未消化のタンパク質や大きなペプチド(アミノ酸の鎖)は免疫細胞の持つ抗体のエピトープ※5となって免疫反応に作用するため、アレルギー反応を引き起こすことはご存知のとおりです。ここでは1次だけでなく2次構造(アミノ酸の鎖がとる、らせん構造やジグザグ構造、あるいは不規則な構造)、3次構造(2次構造がさらに折れ曲がった立体構造)まで問われますね。さらにある種のポリペプチド(アミノ酸が連鎖した化合物)は生理作用を持ちます。またトリペプチド程度の小さなペプチドでも、例えば血圧効果作用を持つと言われている牛乳由来のラクトトリペプチド※6など、タンパク質合成のためのアミノ酸供給源としてだけでなく、特定の生理作用を持つものもあるようです。
そこで、グルテンおよびグルテンペプチドの作用ですが。
もちろん消化を受け、小さなペプチドやアミノ酸になって、タンパク質合成の素材になります。これは数千年の昔から小麦を主食としてきた人類が、小麦から受けた恩恵の最たるものだと思います。たとえグルテンが栄養学的に価値の低いタンパク質であったとしても、アミノ酸源としては重要であり続けているわけです」
なるほど、やはり、単にアミノ酸スコアが低いからと言って、私たちの食事から排除する必要はないのですネ。グルテンをできるだけ排除しようとする「グルテンフリーダイエット」は、セリアック病※7またはグルテン感受性※8を持つ方には有効なダイエット法ですが、健常な方はグルテンの恩恵も忘れてはならないようです。動物性タンパク質を摂りすぎると腎臓機能の低下が懸念されます。一番大切なのは、動物性タンパク質と植物性タンパク質を上手に組み合わせた食事を摂取することです。
最後に、佐藤佳瑞智先生のコメントを追加します。
「一番健康的な食事って、つまらないものだと思います。必要な栄養成分を必要なだけ過不足無く摂取することができ、自分の生活環境(地理的、経済的)の中で無理なく調達し続けることのできる食事です。
こんな簡単なことですが、現代の世の中を見てみると、実現できていない人の方が多いと思います。食べ過ぎて肥満※9や2型糖尿病※10に悩む人が増加する一方、飢餓はなくならない。食糧供給の偏りの問題ひとつとっても、一人ひとりが上記の食生活を身につけるようにすれば、かなり改善するのではないでしょうか?」