全国の基幹的医療機関に配置されている『ロハス・メディカル』の発行元が、
その経験と人的ネットワークを生かし、科学的根拠のある健康情報を厳選してお届けするサイトです。
情報は大きく8つのカテゴリーに分類され、右上のカテゴリーボタンから、それぞれのページへ移動できます。

ベクレルの謎

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 このたびの大震災は本当に甚大な被害をもたらしました。ご家族をなくされた方には本当に言葉もありません。一日も早い復興をお祈りしております。

(2011年4月、【山大GCOEコホート通信】vol.10 コラムとして配信)

成松宏人 山形大学グローバルCOEプログラム 先端分子疫学研究所 准教授

 この、震災に加えて日本中を恐怖に陥れているのが福島の原発事故です。特に原発から漏れた放射性物質の影響で色々な都市の食品、水道水から検出されていることがこのように連日報道されています。

 政府 「水道水から放射能が検出されましたが、「直ちに」影響を及ぼす値ではありません。」

 多くの人 「結局安全か危険なのかどっちなんだ!はっきりしてくれ!」

 飲料水中のヨウ素131に関しては300ベクレル/L、乳児のみ100ベクレル/L(編集部注・原稿執筆当時)が暫定基準値ですが、発表によるとその基準値はそれらの飲料水を1年間飲み続けると健康に影響の出る可能性のある値として決められているそうです。

 あなたが、乳児を持つ親だとします。例えば使用する水道水から150ベクレル放射能が検出されたとすると、「1年近く飲み続ければ健康に影響が出る可能性があるけれども、放射能の値は今後減少していくことが考えられるので、一時的に水を飲ませても、影響を及ぼす値にまでは到達しませんよ」ということで、「直ちに影響を及ぼす値ではありません」と政府は発表したのでしょう。

 ただ、これには、続きがあります。

 政府 「だけど、全く影響がないとは言い切れませんので、念のため飲み水は飲まないでください。水も配りますよ。でも水が手に入らないときは飲ませてもいいですよ......。」

 やっぱりどうすればいいのかわからない、安全なのか危険なのか分からなくなってしまいます。

 実は、どんなに少なくても放射性物質を飲めば、なんらかの影響はあります。大事なのは放射能の値が高ければ(ベクレルの値が高くなれば)影響を及ぼすリスクは増えますが、小さければ少なくなるということです。

 ごくごく少ない放射線が当たってもDNAが傷ついてしまう細胞は出るでしょう。しかし、その数が少なければも、修復機能が働いて傷が修復されたり、細胞自体がそのまま自然に体内で掃除されたりして、健康に影響が出ることはほとんど考えられません。しかし、放射線の量が多くなって、放射線が当たる細胞が増えれば増えるほど、これらの、ヒトの持っている正常な機能をくぐり抜けて将来がんになったりする原因になるリスクが増えていきます。

 たとえ少なくとも、放射能が検出されれば、少ないにしろリスクは0ではありません。しかし、リスクが0であるかどうかが(絶対安全かどうか)よりも他の選択肢と比べて許容できるかどうかが、実は意志決定をするには重要です。

 さて、話を戻します。あなたが、乳児を持つ親だとして、水道水から放射能が検出された場合どのように行動すべきか考えてみます。まず、そのまま水道水を飲ませるという選択肢があります。このリスクは、放射性ヨウ素の場合は将来の甲状腺がんの発生です。もう一方の選択肢として、ミネラルウォーターを買いに行くという選択肢があります。この場合のリスクとしては、まず、買いに行く途中で交通事故に遭うリスク、人混みに行くことで、乳児のお子さんがインフルエンザを拾ってきてしまうリスク(インフルエンザで死亡するリスクだってかなり少ないとはいえ存在します。交通事故で死亡するリスクもしかりです)が考えられます。

 二つの選択肢のリスクは状況によって変化します。ベクレルの値が高ければ、ミネラルウォーターを買いに行くという選択肢にまつわるリスク(交通事故にあうリスク、インフルエンザを拾ってきてしまうリスク)を許容することができるでしょう。反対に、低ければ許容できません。

 一方で、ミネラルウォーターが配給などで簡単に手に入るならば、ベクレルの値がかなり少なくても水道水にまつわるリスクは許容できません。しかし、ミネラルウォーターを買いにいくため、何軒の店を回らなければいけないのならば、ミネラルウォーターを買いに行くという選択肢にまつわるリスクは高くなるため、逆に水道水にまつわるリスクは少しぐらい高くても(これも程度問題ですが)許容できます。

 「安全」か「危険」という話は実はあまり意味がありません。結局、それを、決めるのは基準値を参考に二つの選択肢を天秤にかけて、自分にとってどちらのリスクを許容できるかを選択するということなのです。あなたの場合どちらのリスクなら許容できますか?

 原発にこれからどのように向き合っていけばいいのかという問題についても同じことがいえます。私自身も今回の事故で初めて原発について真剣に考えましたが、今まで原発推進や反対の議論は原発が「安全」か、さもなければ「危険」かという、二者択一的なものが多かったようです。

 私たちは、今回の事故で、原発の抱えるリスクを、多分、初めて目の当たりにしました。これから事故がどのように推移するかによってそのリスクは変わりますが、現時点で次のようなことが言えます。原発には今回のような巨大な天変地異では放射能が漏れ出すリスクがあること。それにより一定範囲(範囲はこれからの事態の推移次第でしょうが)は高い放射能により居住できなくなる可能性があること。広範囲の周辺住民は一時的にでも避難する必要が出ること。周辺地域の農業などの産業に大きな打撃を与えること。ただし、チェルノブイリ型の放射能を広範囲にまき散らして多くの住民が死亡するような事故になる可能性は少なく、人的な被害は限定的であると考えられることです。

 一方で原発をやめるもしくは減らしていくという選択肢には、電力不足により計画停電などの電力不足で生活の不自由を強いられること。産業への打撃により、経済活動に悪影響が出ること(経済が悪くなれば、雇用情勢も悪化し、例えば自殺者が増えてしまうリスクが考えられます)、化石燃料への依存度が高まることに、地球温暖化が進んでしまうこと......などのリスクが考えられます。

 さて、どちらのリスクなら許容できるでしょうか。これは事故の推移を見守りつつ、正確な情報を集め、そして、一人ひとりが向き合って考えるしかありません。

 世の中に「絶対安全」はありません。あるのはリスクが高いが低いかだけです。この事実に向き合うことが、私たちが原発の問題を乗り越えるための第一歩だと、私は考えます。

↓↓↓当サイトを広く知っていただくため、ブログランキングに参加しました。応援クリックよろしくお願いします。

  • 患者と医療従事者の自律をサポートする医療と健康の院内情報誌 ロハス・メディカル
月別アーカイブ
サイト内検索