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もう「エチゴ屋」も「悪代官」もいない
少し前のことになりますが、大阪地検特捜部の検事が証拠を改ざんしたしたということで、本人とその上司が逮捕されて大きなニュースになりました。
(2011年2月、【山大GCOEコホート通信】vol.9 コラムとして配信)
成松宏人 山形大学グローバルCOEプログラム 先端分子疫学研究所 准教授
その後、検察のあり方を含めたいろいろな議論が巻き起こっています。私が議論を勝手に単純化してまとめてみると、「(昔の検事は良かったが、)今の検事はなっていない。原点に立ち返るべきだ。」(主に検察OB)、「特捜部を含めて検察のありかたを根底から間い直すべき」(江川紹子さんなど)といったところにまとまるのだと思いますが、私はわたしで、「検事さんも(その上司も)キツかったんだろうなー」という感想を持って一連の報道を眺めています。
言うまでもありませんが、特捜部は、通常の警察では摘発できないような大型の経済事件や贈収賄などを捜査する組織です。つまり、リクルート事件といった政治家の汚職事件や大がかりな談合事件といった犯罪を摘発することが目的です。時代劇でいうところの庶民をいじめて悪いことをする、(でも、普通ではなかなか捕まえることができない)「エチゴ屋」や「悪代官」をやっつけるまさに正義の味方です。
しかし、社会は多様化、複雑化しています。特捜部が守備範囲とする犯罪も変わっていっているはずです。どんどん巧妙化しているでしょうし、捜査に専門的な知識の必要とするような事件も増えてきているでしょう。そもそも、何が悪いことで、何が正しいことというような価値観ですら、時代によって変わりえます。そして、何より、悪いことをする側も料亭で、「エチゴ屋、おぬしもワルよのう」、「いえいえ、お代官様ほどでは......」と小判を渡すような分かりやすい悪事を働くことはないでしょう。
しかし、特捜部の検事さんたちは、周りからは今も変わらず、「エチゴ屋」や「悪代官」をやっつけること、(それも、分かりやすい構図で)を期待されています。今回の不祥事は「ずさん」であったことは間違いないとは思いますが、そもそも、そういう期待を無理やり果たそうとしたというところの果ての捏造事件ではなかったのかという見方を私はしています。
さて、なんで私がそう考えたかというと医学研究の世界でも同じようなことが起こっているからです。医学でいう悪者は病気です。病気を引き起こす原因である悪者探しは医学の大事な目的の一つです。例えばがんの場合では「タバコ」といった生活習慣上の悪者だけではなく、近年の分子生物学という分野の爆発的な発展で、細胞や遺伝子レベルの悪者も見つかるようになりました。さらにはその悪者をやっつけるような薬も登場しています。例えば、慢性骨髄性白血病という白血病の一種では白血病を引き起こす悪者である遺伝子の異常が発見されて、それを元に治療薬が開発されました。これにより、多くの患者さんは恩恵を受けました。
ただ、がんの大部分ではそんな分かりやすい悪者は見つかっていません。色々な(たぶんかなり多くの)悪者が、複雑に絡み合って、病気を引き起こしているからだろうと考えられています。
もう、今までと同じやり方をやっていては、もう悪者は見つけられないことを、一部の研究者は気づきはじめて新たな模索を始めています。
これから検察はどのように変わっていくのでしょうか。私は、「原点に立ち返った」ら、今後も検察の不祥事が頻発するのではと、一国民として心配しています。もう、「エチゴ屋」や「悪代官」もいないのです。