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小学生への「がん教育」報告
医学生と同じ専門的スライド。小学生は、なぜ飽きない? 寝ない?
講師は、順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座の樋野興夫教授で、文部科学省の「がんプロフェッショナル養成基盤推進委員会」の委員をされています。
事前に樋野先生から、「いつも同じスライドを使って講演をするが、小学生は寝ない。大学生は寝る。」とうかがっていました。同じスライドということは、きっと小学生向きに作られていて、それを大学生にも利用されているのではないかと思っていました。
なんと講演では、いきなり医学書のような組織画像が次々と映し出されました。専門用語にルビもありません。私は思わず小学生の席の近くまで行き、様子をうかがいました。
つぶらな瞳はみな真剣にスライドの方を向いていました。見てもわからないと思うのですが、じっとスライドを見ているのです。今まで見たことがないような組織図や顕微鏡写真は、これから少し背伸びして高度ながんの話を聞くのだという適度な緊張感を、小学生に持たらせているのかもしれません。
また、医学的な内容を中途半端にやさしい言葉で解説するよりは、「手で触れることができるとき、がんは1㎝くらいで、こういう細胞が10億個もあるんだよ」と話かけながら専門画像を見せるほうが、理解しやすく記憶に残りやすいのでしょう。
この授業は地域の方にも公開していたのですが、聴講していた大人たちが、何度も大きく頷きながらスライドをご覧になっていました。
知ってる? と何回も問いかけた内容とは?
この授業は、樋野先生の人となりによるものが大きかったと思うのですが、何度も何度も小学生に「知っている?」と聞かれていたのが特徴的でした。
その問いかけは、スライドを見せながら、「島根がどこにあるか知っている?」「因幡の白ウサギの話を知っている?」「クラークって知っている?」「新渡戸稲造を知っている?」「iPS細胞を知っている?どういうもの?」「チャウチャウ犬を知っている?」「三毛猫はオスかメスか、知っている?」「患者さんのためにコーヒーをだしてくれるんだよ。このお店を知っている?」「テレビを見ているかな。八重さんを知っている?」というもので、1時間の間に20回ほど「知っている?」と尋ねていました。
たいてい誰かが「知っている」と言える程度の質問なのですが、なかには会場がシーンとなったことがありました。それは新渡戸稲造のときでした。一方、iPS細胞のときは、前列の5年生の男子が大変よく知っていて、素晴らしい解説をしていました。
さて、この質問のラインナップだけを見ている読者にとっては、いったい何のことだか、そもそもがんとどういう関係があるのか、脈絡があるのかと思われるでしょう。
実際、脈絡がないように話が飛んでいくこともあったのですが、どうやら小学生が集中力を保って聞いていくのには、これくらい様々な問いかけがあったほうがよいのかもしれません。
単に話があちらこちらに行ったのではありません。実はきちんとつながっていることが、最後にはわかるような構成になっていました。支えると寄り添うことの違いや、細胞の使命と人間の使命との共通点、そして、困った人がいるときにはどういう状態で相手に接すればよいのか、といったことを、知識ではなく自分の感性で自分なりに解釈ができるような話の流れになっていたのです。
細かく樋野先生が説明されるのではなく、いくつかの投げかけをすることで、小学生が自分なりに考えていく扉を、どこか1つでもノックしようという講演だったのではないかと思います。
だからこそ、次々と心をノックされていく小学生たちは、寝ることはできないのでしょう。講演中、小学生は自分なりに考え、個々に講演者である樋野先生と対話をしていたことになります。