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生存期間延ばすのでなく、生活の質の追求を-下河原忠道氏が阪大で講演
「ケアの云々というより、生活を楽しんでいるかどうかを大切にしている。生活の質を追求しているのであって、命の生存期間を延ばすために頑張るというより、楽しくやろうという考え方」。「好きなものや外出を制限してストレスをためた生活をすることより、一年寿命が縮まろうが、自分が望んでいる生活をするということが大事ではないか、と僕らの高齢者住宅では考えている。犬や猫と暮らしたり、門松を作ったり、地域の人たちに向けて陶芸教室を開いたりしている方もおられる」―――。東京と千葉を中心にサービス付き高齢者向け住宅などを運営するシルバーウッド代表取締役の下河原忠道氏は1月10日、阪大が開いた市民向け公開講座で高齢者住宅を展開する上での考え方を語った。
ロハス・メディカル論説委員 熊田梨恵
元々建築会社を経営していた下河原氏が高齢者住宅「銀木犀」(千葉県鎌ケ谷市)をオープンしたのは2011年。これまでの高齢者住宅のイメージを覆す建物と生活支援、医療介護ケアの内容は瞬く間に介護業界で脚光を浴び、「日本で一番見学に行きたい高齢者住宅」と呼ばれるようになった。2015にはアジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワードでアジア最優秀賞を受賞するなど、下河原氏は高齢者住宅のパイオニアとして国内外からの注目を集めている。
※ロハス・メディカルでは下河原氏の「豊饒な生活支援~銀木犀・下河原忠道の軌跡」を連載しています。ぜひご覧下さい。
■管理はしない、生活の場で役割を持ち生きることをサポート
「超高齢社会を生き抜くためのヒント~希望ある終末期のために」と題した公開講座(阪大大学院医学系研究科地域包括ケア学・老年看護学研究室主催)で下河原氏は、銀木犀の運営の方針や生活支援の内容、入居者の様子、看取りなどについて語った。
「高齢者住宅に良いイメージがないのは、『管理をする』ということに原因があるのではと思っていて、我々の住宅では一切管理はしない」。「移り住むというのは特に高齢の方にとっては非常に大きな転機になる。ともするとネガティブなイメージを持ちやすい高齢者住宅、高齢者施設に来た時に、そのままつまらない人生を送るというよりは、その後また新しい人生が始まるような、そんな住宅にしようということでやっている」と、本人の意思を尊重した関わりを大切にしていると述べた。
朝から好きな日本酒を飲み、笑顔で地域の掃除をしている認知症の入居者もいると紹介。「我々の住宅で生活しておられる認知症のある方は、認知症ではないと考えている。自立した生活ができているし、足りない部分は我々がサポートする」と述べた。銭湯で番台をしていた経験のある入居者が銀木犀で地域の子ども向けに駄菓子屋を開き、別の入居者は居酒屋を開いたりもしていると語った。生活の場で、それぞれの入居者が何らかの役割を持つことで、活躍できる機会につなげていると述べた。
病院で寝たきりだった期間も長く、重度の認知症として看取りを目的に入居した高齢者が、皆と食事をしたり下膳したりするほどまでに回復したケースも紹介。「なんでここまで元気になったのかというと、まさに生活の場に戻ったからに他ならない。病院という場所で『もう自分自身は生きていく必要はないのかな』と思うとどんどん落ちていくと思うが、我々の住宅では『自分自身で生きてくださいよ、当たり前じゃないですか』というのが前提。そういう生活の場においては、寝たきりだった人たちがここまで元気になる。そういう例が一つや二つじゃない。生活の場で自分自身ができることをやりながら生活をしていくのが大事だし、生活の延長線上に自然な死があるというのが分かりやすい形ではないかと考えている」と述べた。
■入居者の多くが銀木犀での最期を希望
銀木犀の看取り率は76%と、銀木犀での最期を希望する人が多いことも述べた。入居当初から家族とも看取りについて話し合っていくとして「判断に揺れ動く家族と対話を最後まで続けることが大事。結論は出ない。でも、最後の最後まで対話を続けていくうちに、『自然な形で最期を迎えよう』と、そういう意思決定をしていく家族がほとんどだった」と述べた。
<銀木犀のみとり基本方針「馴染みの場所で生活者のまま老衰死」>
・銀木犀では、みとりを希望する入居者が食べ物や飲み物を口から取れなくなったときは、人工栄養や点滴をせずに自然な最期を目指す。できるだけ医療的な介入を無くして生活の延長線上にある自然に訪れる死を迎える。
・脱水や低栄養が苦痛の原因になることはない。ただ花が枯れていくように向かうだけ。人間が人間らしく死ねるようににお手伝いすれば、きっと苦しむことはない。 (下河原氏のスライドより)
また、入院してしまう多くの理由が肺炎のため、歯科衛生士を雇用して口腔ケアを行っていることも紹介。「肺炎で入院する方がぴたっといなくなった。不思議なことだった」と述べた。
■元気なうちに最期について話し合える文化を
日本では在宅死を望む人が多いことについて、「『ピンピンコロリ』というのは、住み慣れた家でも高齢者住宅でもいいが、病死ではなく、生活者のまま老衰で亡くなることを希望している方が多いということなんじゃないかと思っている」との見方を示した。「だが実際は看取りが進まない状況がある」と国際比較などを示して指摘。終末期の医療費についても触れ、「膨れ上がる社会保障費を抑える大きなカギになるのは、団塊の世代の死生観の形成、高齢者施設、高齢者住宅での看取り率向上にあるのではと考えている」と述べた。
高齢者施設などの看取りについての調査を示し、看取り率は介護付き有料老人ホームで30%、住宅型有料老人ホームで27%、サ高住で17%だったと示した。この調査から、高齢者住宅での看取りを増やしていくためには看取りに積極的なキーマンとなるスタッフがいることが大切で、職員体制を手厚くするより、外部の在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションとの連携が重要ということが分かると指摘した。
「元気なうちから最期をどういう形で迎えたいかということを話し合う機会を作っておくことが大事ではないかと思う。人の死とかそういうことを話すのは日本人的にはタブー視されていた時代があったかもしれないが、100%誰にでも訪れる『死』というものを話すのは元気なうちからしておくことが大切」と述べた。自身の進めるプロジェクトで、救急医療機関に搬送された時に実際に受ける医療をVR(Virtual Reality:仮想現実)で体験できるようなコンテンツを作成中で、「全国の高齢者住宅や施設で体験会を実施してこうと思っている」と述べた。
◆地域包括ケアについては、ロハス・メディカルの書籍「地域包括ケアの課題と未来」もぜひどうぞ。