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カロリー制限すると寿命は延びるの?
※情報は基本的に「ロハス・メディカル」本誌発行時点のものを掲載しております。特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。
大西睦子ハーバード大学リサーチフェロー
医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンに。
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「カロリー制限すると寿命が延びる」という理論を耳にしたことはあるでしょうか。
1930年代、「カロリー制限でラットの寿命が約40%も延びた」という報告があり、その後、昆虫やマウスなどでもカロリー制限による延命効果が次々と報告されました。
そこで、人間にも応用可能なのか、米国の2機関が同じ頃にアカゲザルでカロリー30%制限の研究を始めました。1987年に始まった米国国立老化研究所(NIA)の研究と1989年に始まったWNPRCという機関の研究です。
2009年、まずWNPRCが『Science』誌に論文を投稿しました。7-14歳の成人したサルに30%の食事制限を行い、定期的な体重測定や血液検査、死亡した場合は解剖を行って、食事制限のないグループと比較するという研究でした。20年間の観察の結果、食事制限をしたサルは、がん、糖尿病、心臓病などの発症が少なく、見た目も若々しく、寿命が延びたというのです。
この報告以降、カロリー制限で老化が遅くなり健康的に長生きできるとの考えが一気に広まりました。
ところが今年8月末、今度は『Nature』誌にNIAからの「カロリー制限による寿命への影響は期待できない」と結論づける論文が掲載されました。
開始時の年齢によって若年と老齢の二つのグループに分けて観察した結果、「食事制限のないグループのサルと、成人以降から食事制限を始めたサルとでは、寿命が同じだった」というのです。若年から食事制限を始めたサルについては、まだ老年に達していないため、最終的な結果を出すまで、さらに10年の観察は必要ですが、免疫力の向上と、がんの発症が減るなど多少の健康状態改善はあったものの、血糖値等の低下は認められなかったそうです。
餌が違った
一体どちらが正しいんだ、と思った方も多いことでしょう。
実は二つの実験方法には大きな違いがあり、互いの結果は矛盾しないと考えることもできるのです。
違いは、サルの餌の内容と食べ方、遺伝的な背景です。細かく説明します。
●炭水化物(糖質)
急激な血糖上昇や過剰摂取は、糖尿病、肥満、動脈硬化などの原因となります。従って、『摂取後、急激に血糖を上げず、ゆっくりと吸収され満腹感を得る』ものが好ましいことになります。
どちらの研究の餌も炭水化物(糖質)を約60%含みます。ただし、NIAの主食は、小麦やとうもろこしをすり砕いたもので、食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富です。ショ糖の割合は3.9%でした。一方、WNPRCの主食はコーンスターチ(でん粉)やショ糖で、ショ糖の割合が28.5%もありました。
以上のことから、WNPRCの食事制限のないサルは、2型糖尿病の発症が多かったのではと考えられます。
●脂質
魚類に多く含まれるオメガ3系不飽和脂肪酸は、細胞膜の材料となり、中性脂肪を減らし、善玉コレステロールを増やすことで知られています。
オメガ3系と一般的な植物油などに多く含まれるオメガ6系との比率は1対1~4が理想と考えられています。
NIAの餌は、魚の油由来のオメガ3系が豊富に含まれています。一方、WNPRCの餌はコーン油で、オメガ3系とオメガ6系の比率が1対49と非常に偏っています。
以上のことから、WNPRCの食事制限のないサルは、心臓病が多かったのではと考えられます。
●作り方
WNPRCは、精製された餌を使用しています。すべての栄養素の含有量や由来が明確で、常に同じ内容です。繰り返し長期に与えても一定の結果を得られますので、現在多くの栄養学的な研究で精製された餌が使用されています。ただし精製された餌は、ビタミンやミネラルが欠乏しており、後から添加されます。
一方、NIAの餌は天然成分がベースとなっているため、1回分の食事の栄養組成にバラツキがあります。より私たち人間の食事に近いと思われます。
●食べ方
WNPRCの食事制限なしのサルは好きな時に好きなだけ餌を食べることができましたが、NIAの食事制限なしのサルには一定量が与えられていました。実際、WNPRCの食事制限なしのグループは、NIAの食事制限なしのグループよりも体重が増えていました。ショ糖が多いWNPRCの餌はおいしくて、サルの食欲も増えたことと思われます。一方、食物繊維の多い餌を摂取したNIAのサルは、満腹感を得たことと思われます。
●遺伝的背景
WNPRCのサルはインド由来、NIAのサルはインドや中国から由来しており、遺伝的背景(体質)が異なります。
質の良いもの適度に
2研究の違い、お分かりいただけたでしょうか。
WNPRCの方は、餌の内容や食べ方が全体的に不健康で、カロリー制限をした結果、サルの寿命が延びて若々しく健康になりました。一方、NIAのダイエットは、食事制限グループと比較対照グループどちらも健康的な食事で量も決まっていました。その意味で、NIAの比較対照グループ自体が、食事管理を受けていたと見ることも可能なのです。
また最近、「同じ1kcalを摂取しても、使われるエネルギーの量は炭水化物と脂肪とタンパク質で、それぞれ異なる」ことに注目が集まりつつあります。
健康のためには、単なる"カロリー制限"ではなく、「質の良い食事を、適度に食べる」のが大切ということを、今回の二つの研究から学び取れると思います。
どういうものの「質」が良くて、どの程度が「適度」なのかについては、引き続き最新の知見をご紹介していきたいと考えています。