全国の基幹的医療機関に配置されている『ロハス・メディカル』の発行元が、
その経験と人的ネットワークを生かし、科学的根拠のある健康情報を厳選してお届けするサイトです。
情報は大きく8つのカテゴリーに分類され、右上のカテゴリーボタンから、それぞれのページへ移動できます。
文芸小説を読みましょう!
小説を読むことは、あくまで趣味の一種であって、何かの役に立つものではない、と、普通はそう思いますよね。ところがこのほど、それが心の健全な発達や働きに貢献するものだという研究が発表されたようです。
大西睦子の健康論文ピックアップ61
大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。
ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
みなさんに質問です。
「サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいます。サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きます。サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移します。サリーが部屋に戻ってきました。」
さて、「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょうか?」
これは、サリーとアン課題のいう、「心の理論」の機能を調べる検査の一つです。正解は「かごの中」ですが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答えます。
「心の理論(Theory of Mind;ToM)」は、私たちが人との関わる上で、「この人は何を考えているのか」 「何をしたいのか」 「何が好きなのか」「どう思っているのか」といった相手の心の中の状態、目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測などを推測、理解する能力のことです。
「心の理論」は、1978年にPremack博士とWoodruff博士の、「チンパンジーには心の理論があるか?」という論文で議論が始まりました。チンパンジーなどの霊長類に心の理論があるかどうかについては今も議論が続いていますが、1980年代に誤信念課題※1により、「心の理論」の研究が急速に広まりました。誤信念課題は、「心の理論」の発達を調べるためのテストです。先ほどの「サリーとアン」の問題も、誤信念課題のひとつです。なお、誤信念課題は4~5歳程度で正解にできるといわれていますが、「心の理論」の発達が遅れると他人が自分と違う見解を持つことが理解できず、自分が知っている事実をそのまま答えてしまいます。例えば、先天的な脳機能障害と考えられている自閉症※2の子供では、心の理論の発達に遅れが見られ、他人が自分と違う見解を持っていることを理解できません。これに対し、「心の理論」の発達により他人の精神状態を理解できると、現代社会の複雑な社会的関係を容易にすることができます。
ニューヨークにあるニュースクール大学の2人の研究者は、科学雑誌『Science」に、文芸小説を読む人は、大衆小説やノンフィクションを読む人より、「心の理論」が発達することを示し、文芸小説を読むことは、自閉症患者のコミュニケーション能力を高める可能性があると報告しました。
文芸小説とは、日本では純文学とも呼ばれるもので、芸術性を追求した文学のことです。これに対して大衆小説とは、芸術性よりも娯楽性を追求した読み物です。ノンフィクションとは、史実や記録に基づいた文章作品で、虚構(フィクション)である小説と対をなすものです。
研究者らはまず、「文芸小説を読むと、他人の感情を理解することに長けるようになるだろう」と仮説を立てました。調査において、参加したボランティアは、1) 最近全米図書賞(National Book Awards)を受賞した文芸小説あるいは短編からの抜粋、2) Amazon.comのベストセラーの大衆小説、あるいは3) 米誌スミソニアンのノンフィクションのいずれかを選択し、読みました。
そして読書後、研究者らは、「心の理論」にどのように影響するか、他人の感情をどれだけ理解できるかを調査しました。「目で心を具体的には、白黒の顔写真を見て感情を推測する「目で心を読む」テストなど、5つのテスト を実施しました。
その結果、文芸小説を読むように割り当てられた参加者が、最も高いスコアを獲得しました。「心の理論」に文芸小説が大きな影響を与えた理由は、大衆小説と違って文芸小説は、読者が直接的に物語に関与でき、読者の知的・創造的思考力を要求するためと考えられます。
研究者らは、「文芸小説を読む時には、登場人物の感情や思考を推測するために、より柔軟な解釈が必要とされる」と述べています。実際こうした読書の効果がどのくらい続くのか、短い小説と長い小説では効果の違いがあるのかなど、まだまだ不明な点も多くありますが、文芸小説は私たちを未知の世界・生活へ、"心の旅"に連れていってくれます。人間関係などにつまずいたとき、あるいは気分転換に、文芸小説を読みながら本当に旅に出かけるのもいいかもしれませんネ。相手の心がよく理解できるかもしれませんよ。