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うつ病 甲斐村瑞希さん(33歳)

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※情報は基本的に「ロハス・メディカル」本誌発行時点のものを掲載しております。特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

*このコーナーでは、日本慢性疾患セルフマネジメント協会が行っているワークショップ(WS)を受講した患者さんたちの体験談をご紹介しています。同協会の連絡先は、03-5449-2317
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両親と共にラーメン屋を営む甲斐村さんは笑顔を絶やしません。でもつい2年前まで、それは顔に張り付いた仮面でした。

 甲斐村さんは、頼まれるとイヤと言えません。
「家がこんな商売ですから、愛想よくするというのが染み付いちゃったんでしょうね。」。本当はコンピューターのプログラマーになりたくて、そういう誘いもあったのに、親が望んだから、と高卒後すぐに中華料理店に修業に出てラーメン屋を継いでいるあたりにも性格が表れています。
 甲斐村さんは、体力に自信があります。
 中肉中背ながら筋骨隆々、軽やかにスピーディーに炒飯の中華なべをふるいます。中学高校時代に長い時には1日10時間打ち込んだバドミントンと、片道1時間の自転車通学とで鍛え上げました。
 甲斐村さんは行動力があります。
 高校にバドミントン部がなかったので創ってしまい、練習相手にも事欠きながら最後の年には県でベスト16に入りました。卒業して中華料理の修行から実家に戻った時には、店を建て替えました。2年後には5歳年上で助産師をしていた奥さんと結婚、子供が2人できると自分たち用に家も建てました。店の分と合わせてローン返済が大変です。
 周囲からも頼られる存在です。4年前、母校の校長になっていた中学の時の担任から「バドミントンのコーチがいない」と聴かされ、毎日夕方の練習に付き合うコーチを買って出ました。同じ年、長女の入学した小学校から防犯パトロールを頼まれ、これも引き受けました。

心の糸が切れて 記憶も消える

 目の前のことを必死にこなして毎日が飛ぶように過ぎ去っていたある日、家庭内でトラブルが起きました。
 甲斐村さんには、当時の記憶があまりないと言います。
 家族の話によると、夜ほとんど寝ずにボケーっとして食事もロクに取らず、それなのに日中は普通に店に出ていました。そして9月、自殺を図ったのです。奥さんに無理やり精神病院に連れて行かれ、その日のうちに閉鎖病棟へ入院となりました。重症のうつ病でした。開放病棟へ出てきたのは2ヵ月後、翌年の4月末に退院するまで入院は全部で7ヵ月に及びました。
 その退院も医師は賛成していませんでした。「仕事をしちゃいかんよ」と言われていたのに、ゴールデンウィークにお店がてんてこ舞いになるので無理やり出てきたのでした。作り笑顔を顔に貼り付けて店に出ました。2週間に1度、病院へ通いましたが、「やっぱりもう少し入院してた方がよかったんじゃない」と医師に言われてしまう程、状態は変わらずでした。
 2ヵ月ほど経った時、大学院へ入っていた奥さんが実習先でセルフマネジメントプログラムのことを耳にして、甲斐村さんにWSへ行ったらどうかと勧めてきました。でも、自分に必要なことかどうかも判断がつかず、何も感じませんでした。行けと言われたから行った、それだけのこと。WSの間も、自己紹介と毎週のアクションプランの発表、その結果報告以外、一言も発言せず「ゾンビのよう」に座っているだけでした。
 ところが5週目。「リーダーをやってみたい人はいるかな」と問われた瞬間に、口が勝手に「受けてみたいです」と動いていました。自分でも驚きましたが、それ以上にリーダーが目を見開いて驚いていました。
 振り返ってみると、「散歩する」程度の簡単なものしか立てていなかったアクションプランを遂行したと発表すると「すごいね、できたじゃない」と皆から言われ、ああ自分にもできることがあるんだなあと気づき始めたころでした。以来、少しずつ日常の会話ができるようになり、病院に行ったら「薬を減らしていこうか」と言われました。
 そして、WSの2ヵ月後にリーダー研修を受けます。「WSは座ってただけで内容が頭の上を通過していました。リーダー研修が初めてのWSのようなもので、詳しい解説や理論的背景を教えてもらって、いっそうプログラムに対する信頼感が強まりました」。
 今はもう薬も一切飲まずに問題なく過ごせています。時間が解決したのか、プログラムが助けになったのか分からないけれど、WSが大きな転機になったのは間違いないと思っています。
 バドミントンは最近やってません。でもWSのリーダーは昨年度だけで4回やりました。もはや趣味の域です。
 「たぶんあの時、外に出たいという気持ちがあって、誰かにそっと背中を押してもらいたかったんだと思います。今もWSに参加する度に、色々な人の話を聞くことができて、自分の世界が広がります。それが楽しみで仕方ないんです」

ワンポイントアドバイス(近藤房恵・米サミュエルメリット大学准教授) WSは参加型の学習方法で進められます。ただし、参加型といっても、強制的に参加させられるということではなく、参加者個人の思いやあり方が最大限に尊重されています。  個々の参加者の発言に対しては、リーダーや他の参加者が自分の意見を押し付けたり、良い悪いの判断をしたりはしません。それぞれの参加者が、その人のあるがままの状態で参加できる場作りをとても大事にしています。ですから、甲斐村さんのように順番が回ってくるもの以外は全然発言しないという参加があっても、全く問題ありません。  何も発言しない人がいたとしても、その人は自分のペースで学んでいるのだと思っています。
  • 患者と医療従事者の自律をサポートする医療と健康の院内情報誌 ロハス・メディカル
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