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本当にできるか 税金で企業育成

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~ ワクチン開発で助成金返還騒動 ~
(シリーズ どうなってるの予防接種!?)

 前回、ワクチン行政が、国民の健康を守ることより国内メーカーを守ることに傾斜して見えると指摘しました。それが国益を増進するのか改めて考えてみます。

 国内のワクチン産業を守ると国益につながる理屈として、一つは感染症に対する安全保障が強化されること、もう一つは雇用や税収をもたらすことが挙げられます。

 ただし、普通に考えれば「国民の健康」の方が上位の国益ですから、それを損なわないため世界標準に劣らないワクチンを世界標準の価格で手に入れられるということも必要でしょう。

 国内メーカーが世界最先端のワクチンを次々に生み出してくれれば、これらの国益は何の問題もなく満たされることになります。

 残念ながら現実には、近年新規承認されているワクチンの多くが外国製であり、その価格が世界と比べても高くなってしまっているということは、このコーナーでも説明してきました。ハッキリ言えば、日本のワクチンメーカーは世界での競争力を失っています。

 しかし、昔からこんなに遅れていたわけではありません。国内のワクチン専門家の中には、「日本製ワクチンは極めて品質が高い」と誇る声が今でも強くあり、実際に世界の最先端を走っていた時期もあったのです。世界で主流の5種混合、6種混合の基礎となったDPT(ジフテリア、百日咳、破傷風)3種混合ワクチンは1981年に日本で開発されたものでした。以後、日本から世界に通用するワクチンは誕生していません。

 「失われた30年」とでも表現できる事態で、どうやら日本のワクチン産業は衰退期に入ってしまっています。衰退してしまった要因を突き止め解消していくことなしに、いくら行政が支援しても、国益は増進するはずがありません。

178億円の返還

 昨年11月22日、厚生労働省から象徴的な発表がありました。阪大微生物病研究会(ビケン)が新型インフルエンザワクチンの開発を中止し、交付済みの助成金約178億円を全額返還することになった、というのです。これほど巨額の助成金返還は前代未聞。一体何があったのでしょう。

 この助成金事業は、2009年にブタ由来の新型インフルが発生・流行した際に国産ワクチンが足りず輸入せざるを得なくなったことから、全国民1億3千万人分のワクチンを半年で国内生産できる設備(工場など)を2013年度中に整備しようというものでした。

 従来のインフルワクチン製造には鶏卵を使用していましたが、それでは1億3千万人分の製造を終えるのに1年半から2年かかってしまうため、動物などの細胞でウイルスを増殖させる細胞培養法を開発または技術導入して用いる計画でした。

 手を挙げた6社の中から武田薬品工業、化学及血清療法研究所(化血研)、北里第一三共ワクチン、ビケンの4社を、厚労省が2011年8月に選び、助成金計1019億円を交付して臨床試験実施と製造工場建設を進めていました。総額約240億円の補助金を受けて2500万人分を担当するはずだったビケンが撤退したのは、前述の通りです。ただしビケンは、ワクチン開発を中止するのではなく、交付事業から撤退して別の方法で開発すると説明しており、厚労省の説明とは若干食い違います(コラム参照)。

ビケンの撤退理由  ビケンが発表した資料によると、生産設備整備と臨床試験を並行して進めてきたけれど、フェイズ1とフェイズ2の臨床試験を行った結果、抗原量を想定の数倍に増やさないとめざす免疫原性を獲得できないことが分かり、抗原量を増やすために必要な当初想定の数倍の製造設備建設は困難と判断したようです。また、抗原量を増やしたワクチンの臨床試験をフェイズ1から改めて行う必要があり、2013年度中の事業終了は不可能で、1年遅らせたとしても困難。さらに抗原量を増やした場合、安全性に懸念がある、などといった理由も同時に挙げられていました。

 いずれにせよ厚労省は、事業の実施期間を2014年度まで延長し、ビケンに渡すはずだった助成金分を上限に改めて公募を行い、新たに2500万人分の事業者を採択するそうです。

 国民全員をカバーする新型インフルワクチン製造体制の構築が、最低でも1年遅れることになります。安全保障強化という国益も完全には達成されていません。

苦戦した国内技術

 実は、ビケンの撤退が発表される2カ月前の9月、厚労省が事業の中間評価を行っています。

 その際、武田と化血研の2社は「問題なし」のA評価でしたが、北里は「臨床試験の実施に大幅な遅延」、ビケンは「全体的に大幅な遅延」が認められることなどから、「やや問題あり」のB評価を受けていました。

 そして、B評価の2社に対する厚労省の資料には、「将来の我が国のワクチン産業の発展のためにも、技術開発上の困難を乗り越え、事業の実現が望まれる」と全く同じコメントが記されていました。

 武田や化血研が成功しただけでは「将来のワクチン産業の発展」が望めないかのようにも読めます。

 背景にある話は簡単で、A評価の2社は武田がバクスター、化血研がグラクソ・スミスクラインから、それぞれ細胞培養の技術供与を受けていました。既に細胞培養で製造を始めている外資の技術を買ったわけです。対してB評価の2社は国内技術を使おうとしていました。それが成功してくれないと「将来のワクチン産業の発展」を望めない、と厚労省では考えていたことがうかがわれます。

 実際、ビケンなど4社が対象事業者として選ばれた時、ノバルティスファーマとUMNファーマが選に漏れています。これも、厚労省の意向をうかがわせる傍証です。

 なぜならば外資のノバルティスは、海外で細胞培養インフルワクチンを供給してきた実績があるからです。ノバルティスの当時の担当者は「選考基準が不透明だ」とメディアの取材に不満を漏らし、厚労省に対して経緯の説明を求めています。当時の報道を見る限り、厚労省から合理的な説明はなされていません。

 国内のワクチン産業が衰退に至った要因をきちんと突き止めることなく、国内技術に固執して非現実的な目標設定を行い、「国民の健康」を危険にさらしたのでないか、国民による検証が必要と考えられます。

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