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医学と工学、組織と文化の壁を越えた人材育成 京大大学院の取り組み

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京都大学大学院で医工連携のできる人材を育てるユニークな「総合医療開発リーダー育成(LIMS)プログラム」が進んでいる。記者発表が行われたので出かけてみると、医学と工学の組織の壁を超えて取り組んでいるという面白い話を聞けた。

ロハス・メディカル論説委員 熊田梨恵

医工連携とは、医療関係者と工学関係者が共同して新技術を開発したり、事業を創出したりすることを言う。大学や研究機関、民間企業など様々なレベルでの連携が想定されている。

LIMSは文科省の支援を受けて2012年に始まった人材育成プログラム。高齢社会が進む中、医学と工学の知識を併せ持つことで新しい医療や看護、介護、リハビリテーションの生活支援システムを考え、制度や政策を立案できるリーダーとなる人材を育成するもので、工学研究科、薬学研究科、医学研究科の大学院に合格した4回生がAO入試で選抜されて入る。5年間の英語ディベート、人体解剖学の講義と実習、生理学、医療工学、病院内実習、最先端機器演習の実習などに加え、海外や国内でのインターンシップも行われる。キャリアパスとしては官公庁や医療機関の経営・管理、大学発ベンチャー、再生医工学研究などを想定している。現在、留学生を含む40人が学んでおり、来年3月には2人が博士課程とLIMSプログラムを修了し、それぞれ製薬企業や大学で研究を続ける予定だ。5年間の奨励金と研究活動経費が支給されるのも学生にとって大きな魅力の一つだろう。

LIMSで医学側を取りまとめる上本伸二医学研究科長・LIMSプログラム実施責任者は記者発表で、医工連携の必要性について「特に介護の領域でロボットやロボットシステム、患者のモニターなど、いかに住みやすい高齢社会を作っていくか。医学、看護、リハビリだけでなく、通常の社会生活の中での課題を解決する研究に広げる、そういう発想を持った人材の育成が必要と考えている」と話した。

患者や一般市民側からすれば、医学と工学の最先端である大学という教育・研究機関の中で連携して人材を育成し新技術や事業を開発してほしい、同じ大学内ならできるのではないか、というのは誰もが思うところだろう。また国の資料でも頻繁に「医工連携」の文字を見かける。国は医療を成長産業と見込んでおり、医工連携にかける期待は大きい。ところが、内情はそう簡単ではないらしい。


■学部・学科縦割りの弊害

記者発表で上本医学研究科長が医工連携の課題を「縦割り」と表現したように、国内の医工連携の取り組みを聞いても、うまくいっているという話をあまり聞かない。

医工連携に詳しい関係者によると「医学部と工学部の連携ということになるが、入学時の偏差値格差もあって大学内でのヒエラルキーは医学部の方が高く、医学部のプライドが医学部への工学部の関与を邪魔していると思える大学もある。国内の医工連携の例を見ても、一つの大学内でしっかりと連携がとれているケースは少なく、うまくいっているところは単科医科大学と私学工学部の連携。組織の問題が大きいため、京大でLIMSが進んだのはリーダーの人柄によるところが大きかったと思う。また工学部側が医学部側に臆せず必要なことを伝えていったことも大きく、そういうことのできる人材が医学側と工学側を結び付ける『接着剤』になった。LIMSの実質的運営を医学部側が工学部側に任せたりしているが、こんな大学は他にない」。
対等な立場で連携すれば、どちらかが譲歩せざるを得ない場面もあるため、簡単な話ではないということだ。例えば、「解剖」などの医学部だけの"聖域"とされてきたところに、工学部生が入ることを許容できる医学部が日本にいくつあるか。壁は学生ではなく、大学や学部という組織、指導教員の側にあるということだ。

「縦割り」問題の解消について、工学側を取りまとめる近藤輝幸教授が記者発表で「医学の先生(教授)はヒエラルキーのトップにおられる。工学はスタッフ3人ぐらいに学生15,6人ぐらい、ポスドクが2人ぐらいいれば恵まれた研究室。それで(医学部教授と)対等に話してもいいのかな? というのが率直な感想。最初は怖かった。でも話してみると、お人柄も素晴らしくてそんな心配は全く必要なかった。学生は互いに飛び込んでいけるが、先生の方は飛び込もうと思っても・・・というところ」と話したのも、工学側の率直な感覚なのだろう。

他にも、工学と医学ではそもそも学問の背景、文化が違う。専門用語の使い方一つにしても異なったりするため、コミュニケーションが難しいという。LIMSではこうした問題解消のために専用のwikiページをLIMSのwebサイト内に作るなどの努力をしてきたという。

近藤教授は京大で医工連携が進んでいるメリットについて「工学にも医療・医学に興味を持っている人材、教員はたくさんいる。ただどうしても研究で終わり臨床までいかない。なぜいかないかというと、医学で考えると常識であることが、工学では分からない。医薬品開発ならフェイズ2の毒性のところで落ちたり、そういうことが起こり得る。だから医学工学で連携するこういうコラボレーションは僕にとって大変有り難かった。LIMSは教育プログラムなので座学もあるが、医工連携により研究面でも工学でできなかったことが医学でできる。医学の臨床の先生方はとにかく患者さんを第一に考えておられる、そこを学べたことも自分の中で大きく活きている」と話した。

■多くの外部関係者を入れる

LIMSが昨年度から開いている医療工学特別講演会ではこれまで、がん患者会、薬剤師といった医療に関わる様々な立場の人たちが登壇してきた。今年は看護の立場から「看護師の役割とは何か」「看護の領域で実践される医工連携」などの話を大阪大学大学院医学系研究科の山川みやえ准教授がLIMS履修生らに向けて話した。この講演会の登壇者はLIMSプログラムの外部評価委員にもなっている。医療に関わる様々な立場の人から評価を受けることが必要という考えからだ。前出の関係者によると「一般的にこうしたプログラムの外部評価委員は学位のある人たちで構成されるのが基本である上に、数人しかいないところがほとんど。患者会の代表や看護師、薬剤師を入れている大学は他に知らない」と、こういった外部評価委員のほとんどは内輪の数人で構成されているのが実情だという。

組織や文化の壁を乗り越えて医工連携の人材育成に取り組むLIMSだが、文科省の支援は来年度で終わる。学生への奨励金をなくさざるを得ないが、「その後の学生は大学が責任をもって育てる」と近藤教授は話す。今ある大学院のカリキュラムの中に組み込んでいく予定だという。
超高齢社会を突き進む日本では、医学・医療と工学の両方の知識を持つ人材は必要不可欠だ。今後も何らかの形でLIMSプログラムが続いていけばと思う。

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ちなみに面白かった話として補足。途中でLIMSをやめて就職した学生がいたそうだが、彼らの就職先は国税庁、GEヘルスケア・ジャパン社。またベンチャーを起業したり、名古屋大学や東海大学医学部に編入学した学生もいたという。近藤教授は記者発表で「LIMSの履修が彼らが自身の人生を決める契機になったことは間違いなく、決して悪いことではないと思う」と話した。学生たちは学び研究する中で、医療や工学、また日本全体が抱えている課題を感じ、自らの役割を新たに見出したのかもしれない。


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特集「ホントに白い巨塔なの?大学病院って、こんな所。」(ロハス・メディカル2006年9月号)
特集「医師組織の構図」(ロハス・メディカル2008年12月号)

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