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有害化学物質から妊婦を守るために

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環境汚染による健康への影響は、多くの方が気になる話題ですよね。特に女性では、妊娠をきっかけに環境汚染への関心が高まる方も多いと思います。しかし今日、私たちの身の回りには、時に「汚染」とさえ認識されないままに、ありとあらゆる化学物質が溢れています。この状況は日米とも同じこと。米国では、妊婦さんの化学物質汚染への不安や疑問に、どのように対応しているのでしょうか?

大西睦子の健康論文ピックアップ95

大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。

大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

カウンセリングに積極的な産科医は2割

米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco;UCSF)の研究者らは、環境汚染に関する妊婦へのカウンセリングについて、産科医を対象に、国内初の全国的な意識調査を行いました。

Naomi E. Stotland, Patrice Sutton, Jessica Trowbridge, Dylan S. Atchley, Jeanne Conry, Leonardo Trasande, Barbara Gerbert, Annemarie Charlesworth, Tracey J. Woodruff
Counseling Patients on Preventing Prenatal Environmental Exposures - A Mixed-Methods Study of Obstetricians.
PLoS ONE: June 25, 2014
DOI: 10.1371/journal.pone.0098771

著者らはまず、環境衛生に関する産科医の態度や信念、実践について評価するための64問の設問からなるアンケートを開発。米国産科婦人科学会議(American College of Obstetricians and Gynecologists;ACOG)でその使用が承認され、ACOGのリストに基づいてカリフォルニア州の様々な勤務形態の産科医、男女約24000人にEメールで配布されました。約2600人から回答があり、そのうち2500通が有効とされました。

アンケートの結果、約80%の回答者が、自らのカウンセリングや助言は、患者が環境汚染物質を回避するのに貢献できる、と認めています。しかしながら実際に患者と話し合い、どうするべきかを議論している医師は少ないことが判明しました。ほぼすべての回答者(99%)が、喫煙や飲酒、体重増加、ダイエットや栄養についてのカウンセリングを日常的に行っています。対照的に、フタル酸エステルや農薬、ポリ塩化ビフェニル(PCB)など、米国内の環境中に存在し、妊婦が一般にさらされがちな化学物質について、カウンセリングを日常的に行っていると回答したのは約20%でした。また、環境汚染物質の影響についての問診のトレーニングを受けていたのは、回答者の15人に1人(約7%)にとどまりました。

この20%あるいは7%という数字をどう捉えるべきでしょうか。カウンセリング後進国の日本では、医師の問診は、あくまで病気の診断もしくは妊婦や胎児の健康状態をチェックするために症状や体調、病歴等を聴取することが中心になります。一方、米国ではカウンセリングを積極的に取り入れ、患者の悩みや不安に寄り添いつつ専門的科学的見地からアドバイスを行うことで、患者本人が問題等に向き合い、自ら理解やアクションに達するのをサポートする取り組みが医師によっても行われています。そのため、他の喫煙や飲酒等に比べて化学物質や環境汚染に関するカウンセリングは数字が極端に小さいことが問題となるのです。

さらに著者らは、この問題について意見を提供してくれる産科医を22人募り、6~10人ずつ3グループに分けて集団インタビューを行いました。その結果、おおよそ以下のような回答が得られました。
●産科医は患者に対し環境衛生のトピックについて、特に鉛や水銀以外の化学物質に関して切り出すことを「パンドラの箱」として恐れ、避けたいと感じている。
●理由は、妊婦からの質問に答えられるだけの環境化学物質についての知識と理解が不足していること、あるいはエビデンスがはっきりしていないために多くを断言できないことにある。
●妊婦自身の関心が、質の悪い食生活や座りがちな生活様式、肥満や糖尿病などの慢性病など、より身近に感じられて緊急性の高い健康問題に傾いていることが多い。
●職場や家庭で、工業製品から出る化学物質を避けることはほとんど不可能であるため、むやみに妊婦を怖がらせ、何か悪いことが起きたときに罪悪感に陥らせるのを回避したい。
●患者の貧富の差がリスク低減のために取れるアクションに格差を生んでいる。
●妊婦らはカウンセリングよりもむしろ専門家の意見や集団レクチャーを好み、信頼できる情報源(ACOGや環境省など)のオンライン資料を望んでいる。環境汚染に関する簡潔な提言をまとめたプリントが必要。


徹底されていない潜在毒性試験

論文によれば、米国内は8万を超える化学物質が商業目的で存在し、家庭や職場で、空気、水、食品などを介して私たちの体内に侵入します。製薬会社は販売前に自社製品について厳格な試験を行う必要がありますが、多くの化学メーカーはそのような制約下にありません。米国内の工業用化学物質の中には、潜在毒性について全く試験が行われていないものもありますし、他の化学物質との組み合わせによる潜在毒性についてはほとんどが試験を経ていないのです。広く使用されている有毒化学物質でも、妊婦や子供への影響について試験されていないものもあります。

実際、米国内の妊娠中の女性は、胎児の発育に影響を与えることが知られている43種類の化学物質、つまり農薬やPCB、フタル酸エステル類等にさらされていることが別の論文で報告されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3114826/

加えて著者らは、仕事上どうしても化学物質にさらされている女性たちが、法律上ほとんど守られていないことも指摘しています。2007年のカリフォルニアの調査では、職場に存在する生殖あるいは発達に有害な可能性のある化学物質19種類のうち、5つは許容量の制限もなく、14種類は生殖に有害な恐れがあると規定さえされていませんでした。


安全性は企業側が立証すべき

論文の共著者であり、元米国産科婦人科学会会長であるジャンヌ•コンリー医師は、化学物質汚染は、医師の知識向上や患者カウンセリングだけで対処できる域を超えていると指摘します。医師といえども、個々の有害化学物質のリスクを逐一把握しているわけではなく、ましてそれらがどこでどのように使用されているかなど完全には知りえないからです。そこでコンリー医師は、化学物質の安全性や毒性についての立証責任をメーカー側にシフトさせるべき、と主張しています。
http://www.ucsf.edu/news/2014/06/115466/few-obstetricians-counsel-patients-environmental-toxics

立証責任がどちらにあるかは、非常に大きな問題です。訴訟では、立証責任を負っているほうが圧倒的に不利だからです。一般に、一個人が企業と対決する時、企業側の商品等に問題があることを個人が証明しなければならないのと、企業側が自分たちやその商品に問題がないことを証明しなければならないのとでは、形勢がまるで違うのはご想像いただけるかと思います。しかし特段の法規定がなければ、企業や商品に物申す側が相手方の問題点を指摘し立証しなければならないのです。

個人が企業相手に訴訟なんてぴんと来ない、という方もいらっしゃるかもしれませんが、訴訟社会である米国では珍しい話ではありません。ちょうど今も、私の知り合いのアパート経営者が、住人の妊婦さんから、壁のペンキのせいで赤ちゃんと3歳の子供の状態がよくないと訴えられています。(ちなみに病院のドクターは、ペンキより妊婦さんのドラッグ使用の可能性をテストしているようですが...。そのあたりもいかにも米国らしいですね)

法的な問題を改善するには、科学的根拠に基づいた議論を政治レベルに持ち込まねばなりません。著者らは、医師や医学等の専門家集団の意見をもってすれば政策の変更は可能としています。

以上より、論文では化学物質汚染に対して次の4つが必須と結論付けています。
●最新の科学的知見を反映させた医師の教育とトレーニング
●環境汚染から身を守るための科学的根拠に基づいたガイドライン
●リスクや不明な点を的確に患者に伝えるための効果的・効率的なツール
●医学等の専門家の声を政策の場に活かす仕組み

日本の医療従事者にとっても状況は同じだと思います。日米で化学物質の規制や環境中の分布レベルに大きな差があればカウンセリングの重要性も違ってくるかもしれませんが、例えば環境ホルモンとして問題になったフタル酸エステルは、おもちゃや食品のプラスチック容器などの規制対象や、定められている基準値も、両国間でさほど変わりません。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0213-10j.pdf

フタル酸エステルの一種であるフタル酸ビス(DEHP)は、大気中や飲料水中については米国の報告より低レベルであることが報告されているものの、そもそも空気中で拡散しやすいので日本中、屋外と室内とを問わずどこでも検出されていますし、食べ物からも高頻度で確認されます。塩化ビニル製造工場周辺の水や、プラスチック容器に入った市販弁当からは、非常に高濃度で検出されています。
https://www.env.go.jp/chemi/report/h14-05/chap01/03/29.pdf

ですから、日本では化学物質汚染について米国より安心していていいか、カウンセリングなどいらないか、というと、決してそうではないのです。医療側の意識改善と体制整備が必要でしょう。と同時に、全ての環境汚染物質についての安全性・危険性を医療従事者が把握することが現実的に非常に難しい以上、まずはメーカー側に、信頼に足る安全性管理を求めたいところです。

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