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中国の食料問題、供給から安全性へ その1
国内でも食の安全に関する問題は後を絶ちません。食品偽装や薬物混入は記憶に新しいところですし、ノロウイルスの集団感染も毎年のことですが、まだ春先までは油断できませんよね。さらに遡れば、中国産の農薬入り冷凍餃子や段ボール肉まんなど、耳を疑うような事件もありました。不安に駆られつつも、外食産業は中国産食品なしには成立しないくらい依存している現実があります。
海の向こうで何が起きていて、私たちの食生活にどう影響している、あるいは影響してくるのでしょうか?
大西睦子の健康論文ピックアップ76
大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。
ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
食料供給と安全性は、地球全体の公衆衛生における重要な課題ですが、特に中国のような人口の多い国では、非常に深刻です。中国の急速な産業の発展と近代化は、食糧供給と安全性に重大な影響を与えています。昨年、香港にある香港中文大学と米ジョージア州アトランタにあるエモリー大学の研究者らは、最も権威ある医学雑誌の一つ『ランセット』に、中国における食料供給と安全性について報告しましたので、ご紹介させて頂きます。
研究者らは、キーワードとして、英語と中国語の両方の「中国」という単語に、「food security=食糧安全保障」
「food safety=食の安全」
「foodborne disease=食品媒介疾患」
「food consumption=食料消費」
「diet=食事」
という語句をそれぞれ組み合わせ、これまでに公開された科学文献や公式ウェブサイトを検索しました。その結果、中国が直面している食料供給と安全性の問題を以下の通り確認しました。
●中国の食料供給に影響する主な要因:①土地、②水、③土壌、④食事
①土地問題:
中国の人口は世界の20%以上を占めますが、一方、耕作に適した土地は世界の7-9%に過ぎません。ですから、国内の一人当たり耕作地は世界平均を下回っています。さらに、耕地の面積そのものが過去50年間減少しています。土壌浸食や都市化・工業化に伴う土地の変換によるものです。
中国の利用可能な耕地の約40%は作物生産に最適と分類されているものの、残りの耕地の多くは干ばつや塩分の高濃度含有などの環境ストレスの問題等を抱えています。最高スコアの耕作地は、3大沖積平野、すなわち東北平原、華北平原、そして長江平野に位置していますが、これらの地域は最も集中的な都市化の影響を受けています。一方、青海チベット高原と黒龍江省北部など、中国の広大な北方の領土の多くは、主要作物の生産には積算温度が低すぎます。
②水問題:
農業生産には、利用可能な水の存在は欠かせません。中国では、農作物のために人工的に水を供給している灌漑地は穀物生産の75%を占め、また灌漑は国の総水使用量の60%以上を占めています。そのため中国では水供給が、耕地の範囲と毎年の農業生産を制限する大きな要因の一つとなっているのです。
例えば2008年には、乾燥による負荷が、中国の耕地の10%近くに影響を与えました。水不足は中国北西部(中国の総面積の40%以上を含む地域)で特に深刻で、この一帯は広範囲の砂漠化を受け、国全体の農業生産に最小限貢献するに留まっています。中国の一人当たり淡水資源は世界平均をはるかに下回り、広範囲の水質汚染により供給も減っています。
③土壌問題:
広さ不足や不適切な水の供給から生産性の低い土地が混じってしまうことで、生産性の高い土地の集約的農業は、亜鉛や鉄などの微量栄養素が欠乏し、中国の農業生産性を下げています。土壌中の微量栄養素の欠乏は作物にも影響することがあり、食事に含まれる微量栄養素の不足の原因ともなります。それ以上に、僻地に住む低所得者は、多様な食品を入手することはできないため、食事に含まれる微量栄養素の欠乏につながります。
2002年の調査では農村部を中心に、中国の約2.08億人が鉄欠乏性貧血、8600万人が亜鉛欠乏性発育不良と推計されました。中国経済全体としては急速に成長しているにもかかわらず、栄養失調の問題は、まだ非常に貧しい複数の集団で解決していません。食事の多様化と、できれば食品の栄養価の強化は、この深刻な食糧安全保障問題に対処するために重要です。古典的な交配による品種改良や遺伝子組換え技術により、微量栄養素の栄養強化をするといった、新たな方向性が考えられています。
④食事内容の問題:
中国の食事のカロリーの主な供給源である穀物の一人当たり生産量は、1950年代後半から1960年代後半には顕著な差がありましたが、今では世界平均と中国平均との間で差がなくなりました。一人当たり生産量の上昇には、収穫量の多いハイブリッド米など育種の成功や 農薬の増加等、多くの要因が貢献しています。農薬の過剰使用による環境悪化を抑えつつ増えた収穫を維持することが、中国が直面している重要な課題となっています。
これは、中国では食事の内容が、動物性食品や食用油、加工食品の大量消費へとにシフトしてきたこととも関連しています。過去50年を通じて、肉や牛乳、卵などの動物性食品の消費量は急激に増加しています。特に都市部では、肥満の増加とそれに関連した生活習慣病が深刻です。さらに、動物性食品の需要は動物の飼料の需要増を意味しています。国内の巨大な畜産市場に供給するため、飼料穀物を輸入する必要も出てくるでしょう。
そうしたことは、すでに中国国内の農産物市場で注目されてきていて、米や小麦と比べてトウモロコシの作付面積は急速に増加しています。国内のトウモロコシの最大の用途は動物飼料で、その消費は1980年代から倍増しています。
水産物の生産については過去10年間を通じて増加しており、その大半は淡水魚の養殖の拡大によるものです。しかしながら、環境への悪から、淡水資源への深刻なダメージが予想されています。 中国は大規模な海岸線を持っており、海洋漁業の漁獲高増も期待されていまますが、絶滅危惧種の海洋生物の保護が、将来的に重要な問題になってきます。
●中国の食料供給への挑戦
中国の食料問題は、中国の人口増加によるものだけではなく、人々の間の所得格差にもあります。中国の人口の13%以上が農村部の貧困層で、363米ドル以下の年収で生活しています。中国政府は何十年も、農産物の価格を低く維持することに焦点を当ててきましたが、そうした政策で恩恵を受けるのは都市部です。ただ、この問題を和らげているのが、空前の規模の都市への移民です。1980年には都市部の人口は全人口の20%未満であったのが、現在では半数以上が都市部人口となっています。
また中国は、主要産物向けの農業技術に投資しています。具体的には、米、小麦、トウモロコシ、大豆、綿、3つの重要な畜産(豚、牛、羊)に関する研究をサポートしています。遺伝子組み換え技術や遺伝子組み換え食品、そして食用外の農産物は、国の将来の食糧需要を満たすのに重要な手段と考えられています。
長くなりましたので今回はここまで。
次回は食の安全性の問題に焦点を当てます。