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有酸素運動が認知機能低下を予防する
これまでに研究されてきた、運動と認知機能に関する結果の総評的論文です。ヒトにおいては、有酸素運動が認知機能低下予防に効果的らしいことが分かってきています。
Fitness, aging and neurocognitive function
Arthur F. Kramer ∗, Stanley J. Colcombe, Edward McAuley,
Paige E. Scalf, Kirk I. Erickson
Neurobiology of Aging 26S (2005) S124-S127
Received 21 August 2005; accepted 5 September 2005
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
この原稿において、我々は、フィットネストレーニング・認知機能・脳との関係を調べた最近の文献を簡単に再調査する。まず、これらの因子間の関係を調べたヒトではない動物に関する文献から議論を始め、その後、身体活動とフィットネス・認知機能・アルツハイマー型認知症のような加齢関連疾病との関係に関する最近の疫学研究を論じる。さらに、フィットネストレーニングに関する無作為抽出臨床試験での、ヒトの認知機能に対する結果を論じる。最後に、ヒトの脳に対するフィットネストレーニング効果を調べるための神経画像技術を用い始めた初期文献の一つを再調査して結論を出す。一般的に、結果は将来有望なものであり、運動はヒトの加齢に対して神経保護的機能に役立つかもしれない。
●はじめに
SPARKワークショップは、肥満・糖尿病・気分・認知機能との関係に焦点を当てた。これら構成概念のそれぞれを関係づける重要な因子の一つが、身体活動と運動である。身体活動の欠乏は、糖尿病・心血管疾患・がん・骨関節炎など様々な健康症状において関係づけられてきている。身体活動が増えることは、これらの疾病に関連するリスクを減ずる。より少なくしか知られていないが、特に自立喪失や認知機能低下を受けやすい人の集団、すなわち高齢者において、身体活動と認知力・気分・ヒトの脳機能との間の中程度から強度の関連を見出した文献もある。
この論文では、身体活動および運動がヒトの認知力・脳構造・脳機能に与える関係を調査した文献に焦点を当てる。特に、運動が認知機能の加齢性低下を抑え、アルツハイマー病のような加齢関連の神経障害リスクを低下させるのかどうかという疑問を調べていきたい。急速に広がっている文献の完全な歴史的概要を提供するよりは、過去10年程度にわたって起こってきた運動・認知機能・脳の関係についての我々の知識を拡充させることに集中したい。この目的のため、ヒトの認知機能・脳構造・脳機能に対する運動の効果に関する無作為抽出臨床試験同様に、前向きおよび後向き疫学研究の両方を調査したい。
しかしながら、ヒトの文献に焦点を当てる以前に、これらの研究に脈絡を与えることが重要であると信じている。つまり、多くがヒトではない動物実験から引き出されているということなのである。動物における運動の効果実験は、齧歯動物の脳に対する複雑な環境影響に焦点を当てた研究プログラムの延長に相当する。複雑な環境に生きることが必然的に認知的難題同様身体的難題を伴うものだと仮定して、研究者たちは、脳構造および脳機能に対するこれらの環境の様々な側面影響を分解し始めたのである。例えば、Blackらは、かご走行と運動技能トレーニングとで、老齢ラットの脳機能に対する影響を比較した。興味深いことに、かご走行群は、運動機能トレーニング群や運動しない対照群よりも、小脳における毛細血管密度がより高く発達したのである。一方で、運動機能群は、他の2群よりも小脳内のシナプスがより増加したのである。他のいくつかの研究が、中年のサルの運動皮質における血管構造に対する、トレッドミル運動の類似効果を示してきている。
高齢動物における運動トレーニングが、副腎皮質ステロイド値減少と同様に脳由来神経栄養因子・インスリン様成長因子1・セロトニンのような、可塑性や神経細胞生存を改善する鍵となる神経化学物質値を増加させることも示されてきている。運動トレーニングによる学習・記憶・ニューロン発生増進に対する数多くの証明も存在している。最後に、アルツハイマー病の遺伝形質転換マウスモデルにおいては、自発的運動がアミロイド負荷を低減させることが発見されている。そのようなデータは、運動トレーニングのヒトの認知機能・脳構造・脳機能に対する影響調査に対して、期待できる脈絡を提供するものである。
●ヒトの認知機能に対するフィットネス効果に関する疫学研究
かなり大規模な高齢者による最近の数々の前向き研究が、身体活動と認知機能の測定関係を調査してきている。例えば、Yaffeらは、65歳より上の高機能な地域住民女性5,925人を、1週間に何ブロック歩くかで特徴づけた研究報告をした。中心となる疑問は、活動のより高いレベル、特に1週間に歩くブロック数が、将来6~8年での認知機能に前向きに役立つかどうかということであった。実際のところ、ベースライン時により高い身体活動レベルにあった女性たちは、6~8年の追跡調査期間中にミニメンタルステート検査で評価された認知機能低下がより少ない傾向にあった。この効果は、年齢・教育水準・健康状態・抑うつ・脳卒中・糖尿病・高血圧・喫煙・エストロゲン使用で補正を加えても継続した。55歳以上の349人を対象とする類似研究も、ベースライン時のフィットネスレベルが6年後の認知パフォーマンスのより高い水準を予測することを見出した。この研究は、有酸素運動測定と22の異なる身体活動自己申告測定の両方を用い、より幅広い認識過程評価もした点で注目すべきであった。実際に、最高酸素摂取量によって測定されたベースライン時の有酸素フィットネス水準が高いほど、様々な注意力や実行機能測定における遂行能力がより高いことの予測となったのである。興味深いことに、ベースライン時の自己申告による身体活動測定値は、6年後の認知機能の予測とはならなかったのである。これらのデータは、最高酸素摂取量が活動水準のより高感度な測定値であるか、または認知的利益を受けるためには中程度の有酸素運動が必要となるか、どちらかであることを示している。
他のいくつかの研究も、中年期の人の認知機能に対して、身体活動が保護的効果を有する可能性を見出してきている。Richardらは、年齢36歳時での自己申告身体活動水準が、43~53歳までの1,919人の対象者標本において、より高い言語記憶水準の予測となることを見出した。興味深いことに、ゲームをしたり、礼拝に出席したり、楽器演奏をしたりという余暇活動は、記憶パフォーマンスにおける予測とはならなかったのである。Dikらは、15~25歳の人生初期におけるより高い活動水準が、62~85歳でのより速い情報処理速度と関連あることを見出した。
最後に、Laurinらは、ベースライン時の身体活動水準は、認知機能障害・アルツハイマー病・いずれのタイプであれ認知症のリスクを、評価5年後でより低くすることと関連あることを報告した。この研究におけるすべての対象者4,615人は、ベースライン評価時に高機能な65歳超であった。同様に、Abbotらは、初期評価時の1日あたりに歩く距離と8年後までのアルツハイマー病発現可能性との単調な関係を、71~93歳の高齢男性2,257人の集団において見出した。
ここまで報告されてきた研究結果は、中程度の身体活動や運動が、中年および老齢者のいくつかの認識過程に有益効果を与える可能性を示している。また、身体活動によるアルツハイマー病リスクの低下も示している。これらの研究は、運動と認知機能との信頼できる関連を確立するうえで価値のあるものではあるが、結論は、例えば運動水準への自己選択・限られた認知機能やフィットネス評価というような前向き観察設定の限界によって加減されなければならない。これらの限界を扱おうと、我々は、無作為抽出臨床試験におけるフィットネスとヒトの認知機能および脳機能との関係調査に向かうものである。
●認知機能と脳に対するフィットネストレーニングの効果
過去数10年にわたり実施されてきたヒトのフィットネストレーニング研究は、多彩な結論を生み出してきている。フィットネストレーニングと認知機能のプラス方向の関係を見出すものもあれば、そのような関係観察には失敗している研究もある。異なる種類の身体活動や評価実施計画・異なる認知評価・一般的に小規模標本ということを含めて、結果の混在に対する多くの潜在的理由が存在する。有酸素フィットネストレーニングと認知機能との関係に対する検出力を上げ、潜在的中強度因子の影響も調査するために、我々は55歳以上の成人に対する1966~2001年に発表された身体運動介入メタ解析を実施した。メタ解析においては、いくつかの興味深い結果が得られた。第一に、明確で有意な有酸素運動トレーニングの効果が見出されたことである。研究を総合的に見ると、運動トレーニングは、実際に高齢者の認知機能に対するプラス効果を有しているのである。次に、運動効果は多種多様な課題や認識過程にわたって見られたのだが、効果が最も大きかったのは、計画・日程計画・作業記憶・干渉制御・課題調整といった実行制御過程に関連する課題に対してだったのである。実行制御過程は、それを支える脳領域を有することから、加齢の作用として実質的に低下することが見出されている。それ故に、メタ解析の結果は、加齢に極めて影響されやすい過程でさえ、介入の余地があるらしいことを示しているのである。
メタ解析は、他のいくつかの調節変数も運動トレーニングと認知機能との関連に影響を与えることを明らかにした。例えば、強度と柔軟性計画を組み合わされた有酸素運動トレーニングプログラムが、有酸素要素のみよりも、さらに大きなプラス効果を認知機能に及ぼしたのである。この効果は、インスリン様成長因子1の増加によるものかもしれず、この因子は強度トレーニングに応じて増加することが知られている。インスリン様成長因子1は、神経細胞の成長と分化に関連する神経保護因子である。運動トレーニングプログラムは、研究標本が50%を超える女性を含んだ時に、認知機能に対するさらに大きな影響を与えたのである。この効果は、部分的に、この場合エストロゲン補充療法によるエストロゲンの、脳由来神経栄養因子と運動参加増加への両方に対するプラス影響によるものかもしれない。有酸素運動同様に、エストロゲンが脳由来神経栄養因子を発現増加させることが見出されている。そして、エストロゲンと脳由来神経栄養因子の両方が、シナプス形成とニューロン形成に対して、特に海馬において重要なのである。
フィットネストレーニングの脳構造および脳機能に対する影響を調べてきた数多くの、今までに広がってきた動物に関する文献にもかかわらず、この関係を扱ってきたヒトに関する研究はほとんどないのである。そのような研究の一つにおいて、ヴォクセル形態計測という技術が、MRI走査を通じて評価される皮質容積に関する加齢関連差異と年齢×フィットネス相互関係両方の調査に使われた。55人の高齢者での横断的調査において、先行する研究に一致して、前頭部・前頭前野・側頭部において灰白質や白質の加齢関連損失が最も大きい傾向が分かった。さらに、有酸素的状態のよい高齢者は、年齢作用による前頭部・頭頂部・側頭部皮質における組織損失もより少ない傾向にあった。高血圧・カフェイン・タバコ・アルコール摂取のような潜在的調節因子をくくり出し、引き続く分析を行ったところ、これらの変数のいずれもが有酸素フィットネスの効果を制しないことが確認された。ある追跡調査において、6カ月間の有酸素フィットネストレーニングプログラムが、高齢で健康ではあるが座りがちな人の脳構造に与える影響を調査した。ウォーキングによる有酸素運度トレーニング群30人から、およびストレッチングとトーニングによる対照群30人からのMRI走査が実施された。前部白質および前帯状回・中前頭回・上側頭回といういくつかの場所での灰白質領域での容積増加が、非有酸素群ではなく有酸素群において観察された。ヴォクセル形態計測によって示される皮質容積変化と組織学的調査によって示される細胞変化との関係はほとんど知られていないのだが、既に見てきたヒトではない動物に関する文献は、この追跡調査で見られた変化が、シナプス相互接続・軸索完全性・毛細血管床成長における変化の組み合わせによるようであることを示している。
ヒトの脳における構造的変化に加え、他のフィットネストレーニング研究は、特定の認識過程の根底にある神経回路網における変化を観察してきている。
Colcombeらは、脳機能と認知機能に対する6カ月間の有酸素運動トレーニングプログラムの影響を、ストレッチングとトーニングによってトレーニングを受けた高齢対照群と比較して調べた。無作為抽出介入を受けた対象者はフランカー課題を実施し、方向を散らして刺激を加えてある配列内に示される中央の矢の方向を識別するように求められ、一方で機能的MRIによって脳機能が記録された。検査の50%では、散らされてある矢印の方向は中央のものと正確に一致しており、残りの50%では、散らされてある矢印の方向は中央のものとは一致していなかった。一致していない方の検査においては、対象者は、正解を出すために隣接する刺激によって受ける情報を抑えることが求められた。このパラダイムは、有酸素フィットネスの増加同様に、注意力制御の加齢関連減少に高感度であることが、先に発見されてきた。
6カ月間の有酸素運動トレーニング後、対象高齢者は、特に不一致検査への反応時間短縮の面においてパフォーマンス改善を示した一方で、有酸素ではないストレッチングおよびトーニングを受けた群では改善が見られなかった。さらには、有酸素的トレーニングを受けた群では、空間的注意力の集中援助に対する領域である上頭頂皮質と作業記憶における課題目標維持に対する領域である中前頭回での活性化増大が見られたのである。一方で、非有酸素トレーニング群では、葛藤反応解決援助に対する領域である前帯状皮質での活性化増大が見られた。この型の結果に対する一つの解釈は、より高いレベルの有酸素フィットネスが、刺激的属性の選択的過程に対する働きをする皮質の線条体外および側頭部のより効率のよい前頭前野制御へとつながるということである。
さらに最近の研究の一つでは、高齢者への6カ月の有酸素運動介入が、Sternberg memory search taskの実行時間短縮および精度向上の両方の結果に至り、前頭前野皮質での機能的MRI活性化型での変化が、より若い人たちに見られるものに似たものとなったのである。これらの変化は、ストレッチングとトーニングでの対照群高齢者には観察されなかった。このように、これらの結果は、有酸素フィットネス向上につながる運動への参加が、高齢者の脳の機能完全性と認知機能に対して治療的効果をもたらすかもしれないことを示している。
●結論および今後の方向性
これまで議論されてきたヒトの行動および脳のデータは、フィットネストレーニングが、成人の寿命のうちで神経保護介入として大きな有望性を有することを示している。ヒトのデータは、フィットネストレーニングの遂行能力・脳機能・脳構造への効果に関する動物研究とも一致している。
しかしながら、回答が待たれる明らかに重要な疑問がある。例えば、運動トレーニングの方法・継続時間・強度と認知機能および脳における変化との用量反応関係については、まだ明確ではない。年齢による調節影響同様に、これらの因子間の潜在的相互作用を仮定するなら、大規模な無作為抽出介入試験がこれらの関係を調査するために必要となるかもしれない。次に、50%を超える女性での研究が運動の認知機能に対するより大きな効果を示したメタ解析における結果は、興味をそそるものである。実際に、脳由来神経栄養因子に対するエストロゲンと運動との間の相乗的関係に関する最近の報告は、閉経後女性グループでのフィットネストレーニングとホルモン補充療法両方を操作する無作為抽出臨床試験が分別のあるものであるかもしれないことを示している。3番目に、老齢者は認知トレーニングと食事指導によって恩恵をこうむることが明らかになってきてはいるが、これらの因子の底にある仕組みの類似点について、あるいはどのようにそれらが共同して成人の寿命において認知機能・脳機能・脳構造に影響を与えるのかについては、ほとんど知られていないのである。明らかに、フィットネス・認知機能・脳との関係についての研究は、興味深く可能性ある重要な結果をもたらしてきたのだが、うまく歳をとっていくことに関する因子や仕組みについては、多くが学ばれるべきこととして残っている。