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人生の目的は認知症リスクを下げる
人生の目的がアルツハイマー病や軽度認知障害の発現とどのような関係にあるかを調査したところ、人生の目的が高いほど、アルツハイマー病や軽度認知障害のリスクが下がり、認知機能低下も少なくなることが分かりました。
Effect of a Purpose in Life on Risk of Incident Alzheimer Disease and Mild Cognitive Impairment in Community-Dwelling Older Persons
Patricia A. Boyle, PhD, Aron S. Buchman, MD, Lisa L. Barnes, PhD, and David A. Bennett, MD
Arch Gen Psychiatry. 2010 March; 67(3): 304-310.
doi: 10.1001/archgenpsychiatry.2009.208
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
●背景
アルツハイマー病は、老化の最も恐ろしい結果であり、アルツハイマー病リスクに関連する変更可能な因子の識別は、とりわけ大規模で急速な老年人口の増加を考慮すると、21世紀の公衆衛生最優先事項である。そのような危険因子は比較的少なくしか識別されてきていないが、明らかになってきているデータは、種々の潜在的に変更可能な要因、例えば良心性・外向性・神経質のような心理的要因、社会的ネットワークのような経験的要因が、アルツハイマー病リスクと関連あることを示している。人生の目的は、人生の経験から意味を引き出し、意図性や行動を導く目標の直接性を有する心理的傾向であり、有害健康結果から守ると長い間仮定されてきている。実際に、人生の目的は、よりよい精神衛生や幸福を含め、正方向の結果と結び付けられてきており、人生の目的が長命と関連あることが最近報告された。しかしながら、人生の目的とアルツハイマー病リスクとの関連はよく分からないままである。
本研究では、人生の目的がより高ければアルツハイマー病発症リスクは減るという仮説を、加齢に関する大規模地域密着型疫学研究であるRush Memory and Aging Project(*1)における900人を超える対象者のデータを用いて分析した。引き続く分析では、いくつかの潜在的交絡因子で補正を加えた後も、このような関係は存続するのかどうかを調べた。さらに、人生の目的とアルツハイマー病の前兆である軽度認知障害(MCI)との関連を調べた。そして最後に、人生の目的と老齢者における認知機能の変化割合との関連を調べた。
●方法
(1)対象者
Rush Memory and Aging Projectでは、人生の目的に関する測定が2001年から面接に加えられた。本研究分析の適格者となるためには、ベースライン時の人生の目的に関する得点が有効で、ベースライン時に認知症がなく、少なくとも1回追跡臨床評価を受けていることが求められた。1,151人がベースライン時臨床評価を受け、人生における目的測定を完了した。認知症のあった75人、最初の追跡調査に達しなかったかそれ以前に死亡した125人を除外し、951人が適格者となった。ベースライン時の平均年齢は80.4歳(標準偏差7.4)、平均教育水準は14.5年(標準偏差3.0)、認知機能評価法であるミニメンタルステート検査の平均得点は27.9(標準偏差2.2)、74.9%は女性、91.8%が白人、26.6%がベースライン時にMCIだった。
(2)アルツハイマー病とMCIの臨床的診断
対象者は、年1回実施の病歴調査・神経検査・認知機能検査を含む詳細な臨床評価を受け、年1回ずつベースライン時と同一内容の追跡評価が過去のデータを伏せられた検査者によって実施された。神経心理学的検査は熟練専門家によって実施され、コンピュータによって得点化され、障害の評点は、アルツハイマー病評価によく使われる11の認知検査の境界点に基づき評価された。経験豊かな神経心理学者が、対象者の年齢・性別・人種を伏せられた状態で、障害の評点、教育水準・感覚・運動性欠陥データを含む認知検査の結果を再調査し、認知障害があるかどうかについて臨床的判断をした。神経心理学者の評点および神経検査の詳細を含め、利用可能なその年のデータすべてを経験豊かな臨床医が再調査した後に、診断分類がされた。臨床医は、対象者が、国立神経疾患・伝達障害研究所、および脳卒中/アルツハイマー疾患・関連疾病協会が推奨する、記憶と少なくとも一つ他の認知機能領域における認知機能低下エビデンスが求められている認知症やアルツハイマー病可能性大の臨床的基準に合うかどうかを特定した。アルツハイマー病の臨床的基準に合った対象者の90%は、解剖によって症状が確証された。MCIの診断は、神経心理学者によって認知障害があると見られたものの、臨床医の判断においては認知症の基準に合わない対象者に対して下した。例外なく受け入れられているMCI基準はないが、様々なコホートでのMCIに関する発表において、今回の基準が用いられてきている。MCIと認知症の基準に合わない対象者は、認知障害なしとして分類された。
(3)認知評価
認知機能は、年1回21の検査組み合わせにより評価された。ミニメンタルステート検査を含んでいるが、この得点はコホート描写のためのみに使用されている。19検査の得点が、全体的認知機能およびエピソード記憶・意味記憶・作業記憶・知覚速度・視空間認知能力という五つの特定認知領域に関する指標作成に用いられている。エピソード記憶は7検査から、意味記憶は3検査から、作業記憶は3検査から、知覚速度は4検査から、視空間認知能力は2検査から評価されている。もう1検査、はい・いいえにより質問に回答する思考過程検査は、診断分類目的のみに使用されている。
全体的認知機能の複合尺度計算のため、各検査素点は、コホート全体のベースライン時平均および標準偏差を用いzスコア(*2)に換算され、19検査のすべてのzスコアを平均した。5領域の得点も、各検査素点をコホート全体の平均点と標準偏差を用いてzスコア化し、それぞれの領域の検査zスコアを平均した。
(4)人生の目的の評価
人生の目的は、人生の経験から意味を引き出し、意図性や行動を導く目標の直接性を有する心理的傾向を指す心理的構成概念である。人生の目的は、10項目からなる尺度により評価された、10項目それぞれに対して、対象者は5点尺度を用いて同意の段階を評価した。否定的な文言による項目に対する得点ははじかれ、合計点が平均化され、個人の総合点となった。得点が高いほど、人生における目的が高いことを示している。人生の目的の測定平均は3.6点(標準偏差0.5、幅は2~5点)となった。10項目は以下の通りである。
1 過去にやってきたことを考えたり、将来にやりたいことを考えたりするとよい気分である。
2 1日1日、目の前のことに取り組んで生きているので、将来についてはそれほど考えない。
3 将来はたいてい自分に問題をもたらすので、今に集中しがちだ。
4 自分の人生に方向感と目的感がある。
5 自分の日常活動はしばしばつまらなく、重要ではないように思える。
6 以前は自分自身で目的設定をしていたが、そのことは今は時間の無駄のように思える。
7 将来の計画を立て、それを実現させるのが楽しい。
8 自分自身で設定した計画を実行するのに積極的な人である。
9 目的なく人生をさまよう人もいるが、自分はそのような人ではない。
10 人生でやるだけのことはやってきたように時々感じる。
(5)他の共変数
他の共変数には、生年月日に基づく年齢・性別・学校教育を完了した年数による教育水準を含めた。
抑うつ症状は、抑うつ状態自己評価尺度(CES-D)の10項目版を用いて評価された。対象者は、過去1週間に10項目の症状を経験したかどうかを尋ねられ、症状数が得点となった。平均は1.3点(標準偏差1.8、幅は1~9点)となった。
精神的苦痛経験傾向を指す性格特性である神経質は、5因子人格検査(NEO-FFI)の神経質サブスケールを用いて評価された。特性合計点が算出され、より高い得点がより神経質ということを示した。平均は15.1点(標準偏差7.1、幅は0~44点)となった。
社会的ネットワーク規模は、対象者が有する子ども・家族・友人の数、どのくらいの頻度で交流しているかに関する標準的質問により測られた。社会的ネットワーク規模は、少なくとも月に1回会うこれらの人の数とした。平均は6.6人(標準偏差5.8、幅は0~66人)となった。
ベースライン時に、自己申告による脳卒中・がん・糖尿病・心臓病・高血圧・甲状腺疾患・頭部損傷の7健康状態が記録された。存在する状態の合計数が、慢性病指標として用いられた。平均は1.3症状(標準偏差1.1、幅は0~6症状)となった。
(6)データ分析
1 最初は、人生の目的と年齢・性別・教育水準との単純な関連を調べた。
2 ベースライン時の人生における目的とアルツハイマー病リスクとの関係を、年齢・性別・教育水準で補正を加えた離散データに対する比例ハザードモデルを用いて調べた(中心モデル)。
3 年齢・性別・教育水準と人生における目的との相互作用に対する項目を加え、アルツハイマー病と人生における目的との関連に対する潜在的交絡因子を調べた。
4 追跡調査期間初期の1~3年目にアルツハイマー病を発現した人を除外し、感度分析を行った。
5 ベースライン時MCIの人はアルツハイマー病発症予測の中心モデルには含まれていたので、ベースライン時にMCIおよび認知症であった人を除外して中心モデルでの検証を繰り返し、人生における目的と軽度認知障害との関連を調べた。
6 年齢・性別・教育水準・ベースライン時認知水準で補正を加えた変量効果モデルを用い、人生における目的と全体的認知機能および5認知領域における低下割合との関連を調べた。
●結果
(1)人生における目的の心理測定的特性
ベースライン時の人生における目的得点は2~5点、平均3.6点(標準偏差0.5)で、より高い得点が人生におけるより高い目的を示している。補正を加えない分析では、人生における目的は、年齢および教育水準と関連があり、年齢は相関係数r=-0.25、教育水準とはr=0.26(どちらもP<0.001)となった。男性と比較すると、女性の方が人生における目的がより低かった(P=0.2)。
(2)人生における目的とアルツハイマー病リスク
平均4.0年、最大7年までの追跡調査期間中に、951人のうち16.3%にあたる155人がアルツハイマー病発現となった。発現した人の平均追跡調査期間は4.3年、発現しなかった人の平均追跡調査期間は4.0年と同様のものであった。アルツハイマー病を発現した人は、より高齢でより低い人生における目的を報告していた。さらに、ベースライン時神経質水準がより高く、慢性病はより少なくなっていた。
仮説を立てた人生における目的とアルツハイマー病リスクとの関連を分析するために、年齢・性別・教育水準で補正を加えた比例ハザードモデルを組み立てた。人生における目的がより高いことは実質的にアルツハイマー病リスクを下げ、ハザード比は0.48(信頼区間95% 0.33~0.69 P<0.001)となった。人生における目的得点が高い人(4.2点、90百分位数)は、得点が低い人(3.0点、10百分位数)よりも約2.4倍アルツハイマー病にならない傾向となった。
人生における目的とアルツハイマー病の関連は、人口統計学系統に沿って変化するため、年齢・性別・教育水準と人生における目的との相互作用に対する項目を加えて個別分析を実施したが、相互作用は見られなかった。
抑うつ症状・神経質・社会的ネットワーク・慢性病が、人生における目的とアルツハイマー病の関連に影響を及ぼすかもしれないので、これらの重要な共変数で補正を加え分析したが、すべての共変数で補正を加えた後も、人生における目的とアルツハイマー病との関連は存続し、ハザード比は0.60(信頼区間95% 0.39~0.92 P=0.02)となった。
軽度の診断未確定のアルツハイマー病を抱える人を含めることが結果に影響を及ぼす可能性があることから、追跡調査期間最初の3年間にアルツハイマー病を発現した人を順番に除外していき、3回の分析を実施した。その結果、すべての分析において、特に3年より後にアルツハイマー病を発現した人は62人となったため、人生における目的とアルツハイマー病リスクとの関連は存続した。
(3)人生における目的とMCIリスク
アルツハイマー病には、ほとんどの人が軽度認知障害として示される段階を経て移行する長い症状発現前の時期があることが広く認識されており、認知欠陥は存在するがアルツハイマー病診断を正当とするには不十分な重症度となる。本研究結果が、初期の症状発現前のアルツハイマー病を抱える人を含んだためではないことを保証するため、人生の目的とMCIリスクとの関係を調べた。ベースライン時評価でMCIとなった人を除外し、認知欠陥のない698人を対象に分析を実施した。7年までの追跡調査期間中に、698人のうち40.8%にあたる285人がMCI発現となった。MCIを発現しなかった人と比較すると、発現した人は、より高齢で、より低い人生の目的を報告しており、抑うつ症状数がより高かった。
年齢・性別・教育水準で補正を加えた比例ハザードモデルでは、人生の目的がより高いことは、実質的に軽度認知障害リスクを下げることと関連があり、ハザード比は0.71(信頼区間95% 0.53~0.95 P=0.02)となった。人生の目的得点が90百分位数の人は、10百分位数の人より約1.5倍MCIにならない傾向となった。
MCIが一律に認知症に進行するわけではなく、MCIが存続しないことさえあるため、人生における目的と持続性軽度認知障害との関連を調べた。これは、MCIが2回以上の連続する検査で見られること、または、結果として認知症になったり死亡したりしたMCIと定義した。285人のMCI発現者のうち、124人が次回評価時にMCI・認知症・死亡となったので、残りの161人を参照グループに含めた。年齢・性別・教育水準で補正を加えた比例ハザードモデルにおいて、人生の目的はMCIリスクを下げることと関連があり、ハザード比は0.65(信頼区間95% 0.43~1.00 P=0.05)となった。関連はより強くなったが、より小さな標本からの低い検出力により信頼区間に1.0が入った。
(4)人生における目的と認知機能変化
アルツハイマー病の主要兆候は認知低下であり、アルツハイマー病は長年にわたりゆっくりと症状が出てくるため、人生の目的と認知機能における変化の割合との関連を調べた。認知データすべてを活用するため、全体的認知力の合成尺度から始め、その後、ベースライン時認知水準で補正を加え、人生の目的と認知変化における割合との関連を評価できるような変量効果モデルを組み立てた。最初の分析では、ベースライン時評価で認知症ではなかったすべての人を含めたところ、人生の目的は、ベースライン時認知水準、および全体的認知低下割合との関係が見られた。認知低下の軌跡を見ると、人生の目的が高い群は低い群より高い認知水準から出発し、低下速度は人生の目的が低い群より遅くなっていた。
5認知領域を別々に調べてみると、人生の目的は、ベースライン時のすべての領域水準と関係しており、低下においては意味記憶との関係が最も強く、次いでエピソード記憶・知覚速度・作業記憶との関連となった。
最後に、ベースライン時MCIだった人を除外した変量効果モデルにおいて、人生の目的と認知機能水準および変化割合との関係をより明らかにしようとした。この分析結果も同様のものとなり、人生の目的は、全体的認知・意味記憶・エピソード記憶・知覚速度・作業記憶の低下割合を減らすことと関連があった。
●考察
人生の目的が認知結果と関連あるという研究結果は、重要な公衆衛生的含みを有しているかもしれない。特に、これらの研究結果が、老齢者における健康や福祉を高めることを目的とした介入に対する新たな治療標的を提供するかもしれない。人生の目的は、老齢者が個人的に意味のある行動を識別して目標が直接的な行動に取り組む助けとなる特定の行動戦略を通して増やされるかもしれない潜在的に変更可能な因子である。小さな行動変更でも、最終的には意図性・有用性・妥当性の感覚が増すことへと移っていくかもしれない。さらには、身体活動・ボランティア活動・家や地域を離れての旅行などのように、より努力が必要な活動への参加が、根底にある健康問題によって限られている人にも、人生の目的は変更可能となるかもしれない。このように、人生の目的は、新たな治療焦点を提供し、老年人口のほとんどが到達できる目標を意味するのかもしれない。もし真実なら、含意は先へと及んでいく可能性があり、人生の目的を高める努力が、急速に増している老年齢における認知障害の負担軽減に役立つかもしれないのである。