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インスリン抵抗性は冠動脈性心疾患の大きなリスク指標
インスリン抵抗性と冠動脈性心疾患リスク(CHD)との関連を、高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)やトリグリセリド(中性脂肪)との組み合わせで調査したところ、単純に脂質異常があるだけではなく、インスリン抵抗性があることが重大な危険因子となることが分かりました。
Insulin Resistance and the Relation of a Dyslipidemia to Coronary Heart Disease. The Framingham Heart Study
Sander J. Robins, MD, Asya Lyass, PhD, Justin P. Zachariah, MD, Joseph M. Massaro, PhD, and Ramachandran S. Vasan, MD
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2011 May; 31(5): 1208-1214.
Published online 2011 February 10. doi: 10.1161/ATVBAHA.110.219055
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
●背景
高トリグリセリドと低HDL-Cからなる脂質異常症は、しばしば冠動脈性心疾患(CHD)発現と関連づけられる広く認識されている脂質型である。しかしながら、血漿中のLDL-Cと対照的に、CHD助長に関連あるトリグリセリドおよびHDL-C濃度はLDL-Cのようにはっきりとは定義されておらず、しばしば脂質異常症と関連する、あるいはその源に潜む多くの他の関連危険因子に依存するところが大きいのかもしれない。高トリグリセリドと低HDL-Cの両方が、メタボリックシンドロームを定義する肥満や他の特徴と関連することは広く知られている。しかしながら、メタボリックシンドロームと関連ある心血管疾患(CVD)の多くが、インスリン抵抗性の存在によって説明される可能性があり、高トリグリセリドも低HDL-Cもインスリン抵抗性の結果しばしば起こるという説得力のある積年のエビデンスが存在する。
インスリン抵抗性に関しては、男性における研究では、肝臓によるトリグリセリドを多く含む超低比重リポ蛋白の合成と分泌の増加、血漿中のトリグリセリドの増加、トリグリセリドとより活性化した高トリグリセリドHDL-Cの異化による血漿中HDL分子の濃縮、を示してきている。集団研究では、新たなCVD発現と同様に、インスリン抵抗性は高トリグリセリドおよび低HDL-C脂質異常症の発現を示してきている。ある研究者たちは、常にではないが頻繁に肥満と関連してCHDリスクが高い状態となる基がインスリン抵抗性の存在によるものであることを長い間論議し、はっきりと定義された比較的小さな下位群において、血漿中のトリグリセリド増加ないしはHDL-Cに対するトリグリセリドの割合の増加がインスリン抵抗性を強く予測することを示した。本研究では、これらの所見の視野を広げようと、幅広い集団であるFramingham Heart Studyにおいて、インスリン抵抗性が脂質異常症傾向に与える影響、そして低濃度および高濃度のトリグリセリドとHDL-Cが糖尿病はない中でのインスリン抵抗性存在によりCHD発現を予測する程度を評価するものである。他の因習的CHD危険因子とは独立して、中でも特にメタボリックシンドロームを特徴づける腹部肥満とは独立して、インスリン抵抗性に関係する脂質異常症がCHD発現に与える影響を測定しようとするものである。
●方法
(1)対象者
1991年1月から1995年6月に実施されたFramingham Offspring Studyの5回目検査データを本研究分析に用いた。5回目検査に参加した3,799人のうち、CVDにより377人、糖尿病により211人、医療的あるいは検査的データに不備により137人、脂質改善薬の使用により164人が除外され、最終標本は、男性1,289人、女性1,621人、合計2,910人となった。
(2)ラボ測定
12時間絶食後の静脈血が採取された。血漿中のコレステロール値・トリグリセリド値・血糖値・インスリン値が測定された。インスリン抵抗性は、HOMA-IRにより算出され、糖尿病のない男女合同集団において最大四分位群に入った場合をインスリン抵抗性ありと定義した。
(3)結果事象・共変数定義・追跡調査
致死的あるいは非致死的心筋梗塞の初発、またはCHD死によるCHD発症を結果事象とした。Offspring5回目検査時から2009年12月まで、あるいは男性では平均13.5年、女性では平均14.3年、標本全体では平均14.0年の期間に発症したものを対象とした。
HDL-C値とトリグリセリド値がより低い場合とより高い場合における比較可能な規模の集団を得るために、低HDL-Cと高トリグリセリドをベースライン時検査の中央値より低いか高いかで定義した。中央値は以下の通りであった。
1 HDL-C 全体49mg/dL、男性42mg/dL、女性56mg/dL
2 トリグリセリド 全体112mg/dL、男性121mg/dL、女性108mg/dL
non-HDL-Cは、総コレステロール値とHDL-Cの差異として算出された。non-triglyceride-associated cholesterolは、総コレステロール値から、計算式による超低比重リポ蛋白に関連するコレステロール量を減じて算出した。
他の共変数として、2値変数である喫煙・アルコール摂取・高血圧に対する薬剤治療・ホルモン補充療法・腹囲を含め、連続変数として何歳かによる年齢とmmHgでの収縮期血圧を含めた。
(4)統計分析
HOMA-IR値とHDL-C値による4段階合成モデルを組み立てた。
0 正常HOMA-IR値+高HDL-C値
1 高HOMA-IR値+高HDL-C値
2 正常HOMA-IR値+低HDL-C値
3 高HOMA-IR値+低HDL-C値
同様に、HOMA-IR値とトリグリセリド値による4段階合成モデルを組み立てた。
0 正常HOMA-IR値+低トリグリセリド値
1 高HOMA-IR値+低トリグリセリド値
2 正常HOMA-IR値+高トリグリセリド値
3 高HOMA-IR値+高トリグリセリド値
すべての分析において、0群を比較基準とした。HOMA-IR値+HDL-C値組み合わせによるCHDリスク予測をハザード比で求めた。最初は年齢のみで補正を加え、その後、年齢・収縮期血圧・高血圧治療・喫煙・アルコール摂取・ホルモン使用・腹囲・non-HDL-Cで補正を加えた。
同様に、性別に特化したHOMA-IR値+トリグリセリド値組み合わせによるCHDリスク予測を行った。最初は年齢のみで補正を加え、その後は上述の変数で補正を加えたが、non-HDL-Cの代わりにnon-triglyceride-associated cholesterolを用いた。
CHDを結果とする2次分析として、以下のモデルを組み立てた。
1 HDL-C値と2分類によるHOMA-IR値を危険因子とする
2 ログ変換したトリグリセリド値と2分類によるHOMA-IR値を危険因子とする
3 層分けしたHOMA-IR値でのHDL-C値およびトリグリセリド値のCHD予測との関係を評価する
共変数で補正せずに、HOMA-IR値+HDL-C値、およびHOMA-IR値+トリグリセリド値段階による蓄積CHD発症分布を調べ、これらの組み合わせ変数によるCHD発症における差異評価を行った。
●結果
(1)ベースライン時特性
平均すると、女性よりも男性において以下の変数値が高かった。
1 BMI
2 腹囲
3 血圧
4 血糖値
5 LDL-C値
6 トリグリセリド値
7 血漿中インスリン値
8 インスリン抵抗性割合(最大四分位群所属割合)
HDL-C値は、女性よりも男性の方が低かった。
全体として、HOMA-IR値は、以下のような有意な相関を見せた(P<0.001)。
1 年齢 相関係数r=0.10
2 血漿中インスリン値 r=0.98
3 血糖値 r=0.52
4 HDL-C値 r=-0.34
5 トリグリセリド値 r=0.36
6 LDL-C値 r=0.07
7 収縮期血圧 r=0.30
8 BMI r=0.50
9 腹囲 r=0.49
(2)HDL-C値またはトリグリセリド値とインスリン抵抗性
1 HDL-C値の四分位群で比較すると、男女ともに、低い四分位群ほどインスリン抵抗性傾向が高くなり、最低四分位群で最も高くなった(両性におけるインスリン抵抗性P<0.001)。
2 トリグリセリド値の四分位群で比較すると、男女ともに、高い四分位群ほどインスリン抵抗性傾向が高くなり、最大四分位群で最も高くなった(両性におけるインスリン抵抗性P<0.001)。
HDL-C値最低四分位群、またはトリグリセリド値最大四分位群では、男性の約50%、女性の約40%がインスリン抵抗性を有していた。
(3)HDL-C値またはトリグリセリド値とインスリン抵抗性有無によるCHD発症率
最大18.4年、平均14年の追跡調査期間中に、男性83人、女性45人、合計128人の新たな心筋梗塞またはCHD死が発生した。CHD発生率は、全対象者において、HDL-C値およびトリグリセリド値中央値より低いか高いかの群により、インスリン抵抗性有無と合わせて測定した。
インスリン抵抗性がある方がHDL-C値はより低く、トリグリセリド値はより高くなる傾向が見られ、10年間のCHD発生率は、HDL-C値またはトリグリセリド値が中央値より低いか高いかにかかわらず、全体的にインスリン抵抗性のある人の方がない人よりも高くなった。
蓄積CHD発生率は、インスリン抵抗性がありHDL-C値が最も低い、またはインスリン抵抗性がありトリグリセリド値が最も高い群で最も高くなり、同様のHDL-C値またはトリグリセリド値でもインスリン抵抗性のない群と比較して、有意差が認められた(P<0.001)。
(4)ハザード比
1 低HDL-C値+インスリン抵抗性あり群(多変量補正モデル)
① HDL-C値中央値以上+インスリン抵抗性なし群 比較基準
② 全体 2.83(信頼区間95% 1.70~4.70 P<0.001)
③ 男性 2.29(信頼区間95% 1.24~4.26 P=0.009)
④ 女性 5.32(信頼区間95% 2.08~13.60 P<0.001)
2 高トリグリセリド値+インスリン抵抗性あり群(多変量補正モデル)
① トリグリセリド値中央値未満+インスリン抵抗性なし群 比較基準
② 全体 2.50(信頼区間95% 1.52~4.11 P<0.001)
③ 男性 2.30(信頼区間95% 1.27~4.15 P=0.006)
④ 女性 3.08(信頼区間95% 1.23~7.75 P=0.02)
インスリン抵抗性があり低HDL-C値である場合、またはインスリン抵抗性があり高トリグリセリド値である場合は、有意にリスクが増していた。仮に低HDL-C値であったり高トリグリセリド値であったりしても、インスリン抵抗性がなければCHDリスクは有意には増大しなかった。
(5)2次分析
HDL-C値と2分類によるHOMA-IR値(インスリン抵抗性あり・なし)との相互作用は、有意性ありに近づいた(P=0.064)ので、HOMA-IR値を層分けして、HDL-C値のCHDリスクに対する関係を評価した。
1 インスリン抵抗性ありの場合におけるHDL-C値の増加は有意にCHDリスク減少に関連があり、ハザード比0.94、P<0.0001となった。
2 インスリン抵抗性なしの場合におけるHDL-C値の増加も有意にCHDリスク減少に関連があり、ハザード比0.98、P=0.049となった。
ログ変換したトリグリセリド値と2分類によるHOMA-IR値との相互作用も、有意性ありに近づいた(P=0.052)ので、HOMA-IR値を層分けして、トリグリセリド値のCHDリスクに対する関係を評価した。
1 インスリン抵抗性ありの場合におけるログ変換トリグリセリド値の増加は有意にCHDリスク増大に関連があり、ハザード比1.95、P=0.018となった。
2 インスリン抵抗性なしの場合におけるログ変換トリグリセリド値の増加は有意とはならず、ハザード比0.62、P=0.15となった。
●考察
本研究での大規模地域密着型標本において、糖尿病有病者を除き、メタボリックシンドロームを特徴づける腹部肥満と同様に因習的CHD危険因子で補正を加えた分析により、インスリン抵抗性がありHDL-C値が最も低い場合とインスリン抵抗性がありトリグリセリド値が最も高い場合に心筋梗塞やCHD死の発生が高まるとの結果が出た。反対に、インスリン抵抗性がない場合における比較的高いトリグリセリド値や低いHDL-C値が、通常はCHD増加と関連あると予期されるかもしれないところ、CHDの有意な危険因子ではないことが分かった。本研究において、インスリン抵抗性があることでのCHD発症増加は、男女ともにより低いHDL-C値またはより高いトリグリセリド値との組み合わせによって起こり、一方では、インスリン抵抗性がなければ、より低いHDL-C値もより高いトリグリセリド値もCHD発症増加との関連が見られなかった。
本研究は、心筋梗塞およびCHD死を終末点として、低HDL-C値および高トリグリセリド値と関連するリスクは、インスリン抵抗性測定値との結合において、より正確に定義される可能性があるという明確なエビデンスを提供している。空腹時血漿中インスリン値測定がいまだに標準化されていないが、本研究が示す通り、インスリン抵抗性の測定値を低HDL-C値や高トリグリセリド値と結合して用いることが、これらの脂質測定値を単独に用いるよりも、CHDリスクを抱える個人をより正確に識別するのに適当なのである。