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うつは脳卒中のリスクを高める
うつを抱えていると、脳梗塞の発症率や脳卒中による死亡率が高くなるようです。
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
●背景
脳卒中は、死亡および恒久的障害の大きな要因となっており、機能障害により重要な経済的損失を惹き起こしている。うつは、糖尿病・高血圧・心臓血管疾患のリスク上昇と関連があるが、さらに脳卒中のリスクを高めるのかどうかは不明確なままとなっている。数多くの研究が、うつとそれに引き続く脳卒中罹患率および死亡率リスクとの関連を調査してきており、うつは脳卒中の変更可能な危険因子となり得ると示唆している。心臓血管疾患に焦点を当てた先のメタ解析においては、二次分析として2005年以前に発表された10の研究結果を集計し、うつと脳卒中リスク間には正の相関があるとしている。以来、さらに多くの研究が発表され、うつと脳卒中罹患率および死亡率との関連をより詳細に分析することが可能となっている。そこで、前向きコホート研究の系統的レビューによるメタ解析を行い、うつと脳卒中全体および脳卒中のサブタイプ間の関連を説明しようとした。
●方法
(1)データ収集源
MEDLINE、EMBASE、PsycINFOデータベースから、2011年5月までのうつ(自己記入式症状チェックリストまたは臨床診断に基づくもの)と脳卒中罹患率および死亡率に関する論文検索を行った。さらに、すべての関連論文および関連批評の参考文献リストについても検索した。英語で発表されたもののみを対象とし、二つの検索テーマをブール演算子andにより統合した。最初のテーマであるうつに関しては、Medical Subject Headings(MeSH医学件名標目)でdepression(うつ)またはdepressive disorder(抑うつ障害)またはdepressive disorder, major(大うつ病性障害)により、第二のテーマである脳卒中に関しては、MeSHでstroke(脳卒中)またはcerebrovascular disorders(脳血管障害)またはintracranial embolism(脳塞栓症)またはthrombosis(血栓症)により検索・統合した。
(2)研究選択
2人の論評者が個々に論文の適格性評価を行い、食い違いが生じた場合は意見の一致を図った。著者の報告データがオリジナルの研究や査読(評論や会議抄録ではない)からのものであり、入院していない18歳を超える成人対象の前向きまたは後ろ向きコホート研究で、脳卒中の罹患率や死亡率について、うつである対象者とうつではない対象者を比較して報告を挙げているものを系統的レビュー対象に含めた。脳卒中に関しては、脳卒中全体、致死的脳卒中、非致死的脳卒中、虚血性脳卒中、出血性脳卒中を含むすべて、うつ状態に関しては様々な尺度や臨床診断による評価を含め、広い枠組みで捉えた。まず、タイトルと要約によるふるい分けを行い、その後論文全体を読みふるい分けを行った。
(3)データ抽出
研究の特質として研究名称・著者・発表年・誌名・研究場所・追跡期間年数・対象者数を、対象者の特質として平均年齢ないしは年齢幅・性別を、さらにうつの症状(ベースライン時または追跡調査後における自己記入式症状チェクリストまたは臨床診断による)、脳卒中の発生(罹患または死亡・種類・自己記入式症状チェックリストまたは死亡診断書または医療記録による)、統計モデルと含まれる共変数に関する情報を抽出した。質評価は、研究デザイン・回答率・追跡調査率・追跡調査年数・うつ症状と脳卒中症状の測定・統計分析・他集団への一般化可能性を考慮した。
(4)データ統合
ハザード比をすべての研究に関する関連性尺度として用い、相対危険度もハザード比と同様と捉えた。脳卒中全般に関するデータが入手できない場合には、虚血性脳卒中・非致死的脳卒中・致死的脳卒中のデータを代用した。異質性*3P値<0.10の場合は統計的に有意な異質性があるとし、異質性がないか低い場合にはハザード比は固定効果モデル*4によって、それ以外の場合は変量効果モデル*5を用いて集計された。
●結果
(1)文献検索
10,075の文献が見つかり、タイトルと要約によるふるい分けの結果、302が残った。詳細に検討した結果、274の文献は、関連性がない、対象とする疾病の発現順序が逆である、コホート研究ではないなどの理由によりふるい落とされ、最終的に28の論文が適格とされメタ解析の対象となった。このうち二つは参考文献リストから検索されたもので、一つは最近自分たちが発表した研究であった。28の研究のうち、致死的脳卒中に関しての結果報告が8、非致死的脳卒中に関してが3、虚血性脳卒中に関してが6、出血性脳卒中に関してが2となっており、六つの研究は、抗うつ薬の使用と脳卒中全体リスクの関連を報告したものであった。
(2)研究特性
結果の表示は研究によって様々で、年齢層で示しているもの、ベースライン時の心臓疾患既往歴に基づくもの、性別による層別表示をしているものなどがある。研究の場所としては、アメリカ合衆国やヨーロッパ諸国が中心であるが、日本での研究が3、オーストラリアでの研究が1、台湾での研究が1、国際的な共同研究が1あった。研究対象は401人から93,676人までの幅となっており、追跡調査期間は2年から29年までであった。ほとんどの研究は男女を含めているが、男性のみ対象が2、女性のみ対象が3研究あった。
ほとんどの研究においては、うつは自己記入式症状チェックリストの尺度で測られており、4研究で診断学的面接基準が使われていた。2研究においては、抗うつ薬の使用をうつ定義の要素として含めており、4研究はいくつかの方法を合わせて判定していた。うつ状態についての評価は、大部分の研究においてはベースライン時のみとなっており、追跡期間後のうつ評価を実施したものは3研究であった。脳卒中に関しては、ほとんどの研究において死亡診断書ないしは医療記録によって判定されており、いくつかの研究では自己記入式症状チェックリスト結果と医療記録を合わせて判定、自己記入式症状チェックリストの結果のみを使用した研究が一つだけあった。3研究では脳卒中と一過性虚血発作を含めての結果となっており、7研究においては、ベースライン時の脳卒中症例を除外していなかった。それらも分析対象に含めたが、ベースライン時での脳卒中既往症のある・なしによる層別分析を行った。2研究では、調整なしの生データ結果を出しているが、ほとんどの研究結果は、年齢(25研究)、喫煙状況(20)、BMI(14)、アルコール摂取(9)、身体活動(7)、糖尿病・高血圧・冠動脈性心疾患などの共存症(23)などにより調整を加えたものとなっている。
(3)うつと脳卒中罹患率・死亡率のリスク
28研究から31の脳卒中全体に関する報告がされており、大部分が正の相関(ハザード比が1.00より大きい)があるとし、14の報告では統計的に有意となった。四つだけハザード比が1.00よりも下回るものがあったが、統計的に有意ではなかった。
全体で317,540人の対象者に対して2年から29年にわたる追跡期間中に8,478件の脳卒中(罹患および死亡)が報告された。集計された調整ハザード比は、脳卒中全体(報告数31)では1.45(信頼区間95% 1.29~1.63 I²=66%*6 異質性P値<0.001、変量効果モデル)、致死的脳卒中(報告数8)が1.55(信頼区間95% 1.25~1.93 I²=15.8% 異質性P値=0.31、固定効果モデル)、虚血性脳卒中(報告数6)が1.25(信頼区間95% 1.11~1.40 I²=12.3% 異質性P値=0.34、固定効果モデル)であった。
非致死的脳卒中(報告数3)および出血性脳卒中(報告数2)については、非致死的脳卒中1.21(信頼区間95% 0.91~1.62 I²=0% 異質性P値=0.62、固定効果モデル)、出血性脳卒中1.16(信頼区間95% 0.80~1.70 I²=0% 異質性P値=0.65、固定効果モデル)となり、有意性はなかった。
最新の脳卒中統計に基づくアメリカ合衆国におけるうつに関連する脳卒中全体の絶対リスク差は年10万人あたり106件、虚血性脳卒中が53件、致死的脳卒中が22件となった。最新統計によると、アメリカ合衆国成人の9.0%(2100万人)がうつ分類に入るとされており、今回のメタ解析からのリスク推定をすると、脳卒中症例の3.9%(273,000件)が、うつに原因があると推定されるのである。