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プラスチックボトルや缶が子供を肥満に?

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 飲料水の容器が原因で太る可能性がある? 本当でしょうか。

大西睦子の健康論文ピックアップ10

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

 9月19日付のJAMA (Journal of the American Medical Association)誌に、ニューヨーク大学の研究者が、子供や若者の尿中ビスフェノールA※1(BPA)濃度と肥満の関係を報告しました。

Association Between Urinary Bisphenol A Concentration and Obesity Prevalence in Children and Adolescents.
Trasande L, Attina TM, Blustein J.
JAMA, 2012; 308 (11): 1113-1121 DOI: 10.1001/2012.jama.11461

 これは、小児肥満と環境化学物質※2との関係について、大規模調査を行った最初の報告です。現在、米国の子供~10代の若者たちの3分の1が肥満(obesity)または過体重(overweight)であり、かなり深刻な問題となっています。それだけに、この論文の結果は大きな議論を呼んでいます。

 日本でも小児肥満は増えており、決して他人事とは言えません。私たちはどのようにこの論文を解釈すればいいのでしょうか? 皆さんも、いっしょに考えてみませんか?

 ビスフェノールAは、主にエポキシ樹脂※3やポリカーボネート樹脂※4などのプラスチックの原料として使われている化学物質です。主に、水筒、飲料水のボトルや缶の内面塗装、一部の哺乳びんなどに使われています。これらの容器から、ビスフェノールAが飲食物に移行することが知られています。

 2011年1月、EUは、ビスフェノールAの哺乳瓶への使用を禁止することを決定しました。今年の7月には米国でも、哺乳マグや哺乳瓶へのビスフェノールAの使用がFDAの禁止措置となりました。

 ただ、ビスフェノールA の影響が問題になったのは、決して最近のことではありません。

 1930年代、動物実験においてビスフェノールAのエストロゲン※5に対する作用が初めて報告されて以降、ビスフェノールAの、成人糖尿病、肥満、乳がん、前立腺がん、冠動脈疾患や神経障害との関連が報告されました。さらに、極めて微量のビスフェノールAが、動物の胎児に影響することも報告されました。こうした報告を受け、欧米諸国や日本を中心に、ビスフェノールAの安全性の評価が見直されています。

 日本では、1998年に当時の環境庁が、「内分泌かく乱作用を有すると疑われる化学物質」と発表し、ビスフェノールAは「環境ホルモン」(※2参照)の一つと考えられました。厚生労働省は、食品衛生法の規格基準としてビスフェノールAの溶出試験規格を定め、関係事業者に対して自主的な取り組みを要請しています。さらに、妊娠中や乳幼児のいる方は、ビスフェノールAの摂取をできるだけ減らすよう注意を促しています。

 米国では、2003年から2004年の国民健康栄養調査で、6歳以上の92.6%で尿中のビスフェノールAが検出でき、広範囲にわたってビスフェノールAにさらされていることが報告されました。一般にビスフェノールAは、4~43時間の範囲内の半減期※6で急速に尿中に排泄されますが、脂肪組織でも検出されたため、肥満との関係が疑われています。実際、米国の成人における国民健康栄養調査では、尿中ビスフェノールA濃度と肥満の関連が報告されました。しかし、子供の肥満との関係についての大規模な研究はこれまで行われておらず、今回、ニューヨーク大学の研究者たちが初めて、小児のビスフェノールAの尿中濃度と体重の関連性を検討しました。

●調査対象および研究デザイン:

 2003年から2008年の米国国民健康栄養調査で、国内を代表するサブサンプルとして6-19歳の2838人をランダムに選択し、尿中ビスフェノールA濃度を測定して断面解析※7しました。

●主要評価項目:

 BMI※8を性別や年齢で標準化※9し、その得点によって、参加者のうち過体重(重いほうから上位5~15~5%)および肥満(重いほうから上位~5%)に分類される範囲を決めました。

●結果:

 尿中ビスフェノールA濃度の中央値※10は2.8ng/mLでした。また参加者のうち、1047人(34.1%)が過体重で、590人(17.8%)は肥満でした。

 人種・民族、年齢、保護者教育、貧困と収入の比率、性別、血清コチニン(タバコの代謝産物)のレベル、カロリー摂取、テレビ視聴時間、および尿中クレアチニン値※11で数値を補正した上で、①低濃度②低~中濃度③中~高濃度④高濃度のグループに全体を4等分してみると、①の子供たちの10.3%に肥満が見られ、②では20.1%、③では19.0%、④では22.3%と、尿中ビスフェノールA濃度が高いと肥満率も高くなる傾向が認められました。日焼け止めや石鹸などの非食品消費者製品に見られる他のフェノール類の影響と、肥満とは無関係でした。

 なお、尿中のビスフェノールAと肥満との関係は、特に白人の子供について当てはまり、アフリカ系アメリカ人やラテンアメリカ人の子どもたちについては必ずしも当てはまりませんでした。今回の研究では、アジア系アメリカ人の子供たちのデータはありませんでした。

 この研究では、尿中ビスフェノールAの④高濃度の子供たちのうち22.3%は肥満で、低濃度の10.3%の肥満子供たちに比べて約2倍の肥満率でした。メカニズムに関しては、著者らは、肥満の子供は、ビスフェノールAをより高濃度に含む食品を摂取していること、脂肪組織に蓄えられたビスフェノールAが、肥満代謝などに影響する可能性を考察しています。

 食事や周囲の環境が、肥満の原因になることはよく知られていますが、缶やボトルに含まれる化学物質に関しては、とても新しい報告です。

 米国人のビスフェノールAの摂取は、多くはアルミ缶からです。したがって、子供たちがアルミ缶の飲み物を避けること、アルミ缶に代わる他の製品の使用を業者に期待する声があります。

 一方、この研究結果に対する疑問の声もあります。

 例えば、摂取カロリーは同じにしてありましたが、カロリー源は不明です。肥満の子供たちはそうでない子供たちに比べ、缶やボトルの飲み物や缶詰食品をより多く摂取していて、それが尿中ビスフェノールAの濃度に違いをもたらしたのかもしれません。あるいはそうした質の悪いカロリー摂取こそが、肥満の原因であったのかもしれません。

 また、尿中ビスフェノールA濃度の測定法、すなわち食事時間と検尿のタイミングや、測定回数の方法などの研究デザインも問題です。白人の子供にのみ肥満との関係性が見られた理由も不明です。白人のみに特有の食事があって、それが原因でしょうか? それとも遺伝学的な因子が絡んでいるのでしょうか? 米国の6-17歳の子供のうち、活発な運動をしているのは全体の3分の1未満で、こちらの方がよっぽど重要な肥満の原因ではないか、という意見もあります。

 今回の研究では、調査対象は6-19歳の子供に限られていましたが、ビスフェノールAのような内分泌かく乱化学物質は、むしろそれより幼い子供たちにより大きな影響を及ぼす可能性もあります。いずれにしても、ビスフェノールA摂取の問題に関する議論は、まだまだ続きそうです。さらに慎重な長期的な追跡調査が必要と思われます。

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