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世界中で「栄養不足なのに太ってる」
肥満が世界的に進行しています。注目すべきは、低・中所得国で太り過ぎが問題になっていること。世界最大の肥満大国である米国の抱える問題も、実は同じところにあるように見えます。一方、日本も、全人口に対する肥満人口の割合こそ低いものの増加傾向は否めません。肥満の程度が低くても、欧米人より深刻な健康被害につながるリスクが高いので油断は禁物です。
大西睦子の健康論文ピックアップ92
大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートと編集は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
原因は経済格差?
肥満が世界中に広がり、1980年の約8億6千人から、2013年は21億人(推定)に増加しています。日本を含む世界188カ国で、成人の3人に1人はBMIが25以上の体重過多あるいは肥満という計算です。2014年5月29日付の英国医学雑誌「ランセット」に掲載されました。
著者の1人である米国ワシントン大学のクリストファー•マレイ教授はワシントン・ポスト誌に対し、「有意に肥満が減った国は(188カ国中)1つもない。その事実が、この問題がいかに厳しいものかを表しています」とコメントしています。
しかも多くの低•中所得国では、肥満と低体重の「二重苦」が問題になっています。低•中所得国では栄養不足が解決しない地域もまだ多いにも関わらず、近年は地域によっては低体重よりもむしろ太り過ぎが問題になってきているのです。その原因は、自由貿易、経済成長、都市化にあると考えられています。
●自由貿易:
安価で高カロリーの加工食品やファーストフード・チェーンの参入・増加
●経済成長:
テレビの普及等による運動不足、外食やスーパーの加工食品など偏った食事への支出増大
●都市化:
都市部のライフスタイルに特徴的な食品、環境、生活習慣、新技術が拡大したことによる、貧しい食生活や、歩行減少などの運動不足の進行
要するに、栄養が有り余って太っているというより、カロリーは過多だけれど栄養は偏っていて、必要な栄養素は足りていないのでは、という食生活が見えてくるのです。
この問題は、実は先進国(高所得国)の低所得者層にも共通しています。つまり世界中で、食生活の質の悪化と身体活動の低下が進んでいるのです。
最大のダイエット失敗国
中でも米国は世界最大の肥満大国です。米国の全人口は約3億人で世界人口(約72億人)の4%に過ぎないにも関わらず、肥満人口は世界全体の約13%と最大の割合を占めています。米国の成人のうち、体重過多あるいは肥満の割合は男性の70.9%、女性でも61.9%にも上ります。人々は2010年の1年間に約600億ドル(約6兆円)もの金額をダイエットに費やしていますが、残念ながら、その取り組みは世界で最も不成功だったとも言えるでしょう。
Marketdata Enterprises Incのデータによると、その約600億ドルの内訳は以下の通りです。ジムなどのヘルスクラブや病院などの医療サービスを凌いで、堂々の1位がダイエット飲料。実に米国らしい数字ですが、当然のごとく日本にも参入し、ちゃっかりトクホまで味方につけて着々と売り上げを伸ばしているのは皆さんもご存知のとおりです。
1. ダイエット飲料 :211.5億ドル
2. ヘルスクラブ :195億ドル(会員料、設備費、キャンセル料含む)
3. 医療プラン :82.5億ドル(肥満外科手術=57.7億ドル、その他ダイエット薬処方、病院や医師によるプラン、超低カロリープランなど)
4. 商業ベースの減量センター:32.9億ドル
5. 置き換え食事やダイエットピル:26.9億ドル
6. 人工甘味料 :25.2億ドル
7. 低カロリー/ダイエット食品:23.2億ドル
8. ダイエット本、エクササイズビデオ:12.1億ドル
太れず糖尿病になる日本人
さて、この論文のデータによると、日本では、体重過多あるいは肥満の割合は、成人男性の28.9%、成人女性では17.6%です。厚生労働省のデータによれば、特に男性の体重過多あるいは肥満の割合が増えていて、40代から60代の体重過多(BMIが25以上30未満)は30%を超えています。
それでも体重過多・肥満の割合は米国の半分にも満たないでしょ、と思う方もいるかもしれません。しかし安心はできないのです。日本人の場合、欧米人よりも肥満の心配は少なくても、代わりに糖尿病の危険が高まります。日本人と欧米人では、インスリンの分泌能力がまるで違うことが原因です。
インスリンは「肥満ホルモン」とも呼ばれます。私達が食事をすると、炭水化物が消化されてできたブドウ糖が小腸から吸収されて血中に入り、血液中の糖の濃度=血糖値が上がります。すると、膵臓から分泌されたインスリンの働きによって、エネルギーを必要としている器官・臓器にブドウ糖が取り込まれます。こうして血液中からブドウ糖が除かれ、血糖値が下がるのです。この際、すぐに消費されなかったブドウ糖は、さらなるインスリンの作用でグリコーゲンに変わり、肝臓や筋肉で蓄えられます。グリコーゲンは、運動をすればすぐに分解されてブドウ糖になり、エネルギー源となる物質です。しかし食べ過ぎた上に運動もせずにいたらどうでしょう。肝臓や筋肉に溜められるグリコーゲンには限度がありますから、インスリンは今度は脂肪細胞に働きかけ、余ったブドウ糖を脂肪に変えて体脂肪として溜め込むのです。
ですから炭水化物を多く含むご飯やパンなどを過剰に摂取しているとインスリンが常に分泌され、体脂肪を溜め込んで肥満に向かっていくのですが、次第に厄介なことが起きてきます。膨れ上がった内臓脂肪からインスリンの働きを邪魔する物質が大量に放出され、インスリンが十分作用しない状態に陥るのです。これをインスリン抵抗性と言います。そうなると体は糖を取り込めずに飢餓状態となり、もっと大量のインスリンを出して糖を取り込み、血糖値を調節しようとします(インスリン抵抗性の増大、あるいはインスリン感受性の低下)。ここで欧米人と日本人で違いが出てきます。
欧米人は肥満になっても、大量のインスリンを分泌する能力があります。ですから、インスリン抵抗性が出てきてもそれを補うだけのインスリンを出し続け、肥満が加速していきます。一方、日本人はインスリンの分泌能力が欧米人のおよそ半分しかないとも言われています。インスリン抵抗性が出始めてまもなく分泌能力が限界に達し、インスリンが足りなくなってしまうのです。高血糖が続き、容易に糖尿病へと進行します。要するに欧米人ほどの肥満になる前に、糖尿病になってしまうのです。
参考文献・サイト:
●清野裕: 最新医学 50: 639-645, 1995
●https://medical.nikkeibp.co.jp/all/data/pdf/509887.pdf
●http://www.med.kurume-u.ac.jp/med/endo/topics/colum/colum07.html
健康目指せばダイエットに
実はあえて言及していなかったのですが、肥満度の指標に用いられているBMI(Body Mass Index=体重[kg]÷身長[m]÷身長[m])に関して、今回は、WHOの定義を使用しました。WHO(世界保健機関)や米国、英国などではBMI30以上を「肥満(obese)」、25以上30未満を「体重過多(overweight)」と呼んでいます。しかし日本ではBMI25以上を「肥満」としています。欧米と日本では、肥満の定義が明確に違うのです。こういうことが起きるのも、インスリン分泌を始めとする体質やその影響が欧米人と日本人では違う結果とも言えるのではないでしょうか。要するに、日本人の方が体重増加による影響が大きく、欧米人にとってはやや太り気味程度であっても、日本人はより深刻に受け止める必要があるということです。
いずれにしても肥満やインスリン抵抗性、あるいは糖尿病への一番の対策は、バランスのいい食事と適度な運動、その継続です。当たり前ですが、それしかありません。インスタントな方法はないし、無理をしても良い結果にはなりません。人の体には恒常性を維持するシステムが備わっています。必要なものを必要なだけ摂取して、必要なだけ消費していれば、体は自然に最適な状態に保たれ、結果的に長期的な体重維持につながります。そもそも、体重を増やしたり減らしたりすることは本来、健康の目的ではないですよね。体重はあくまで指標です。健康を維持できれば、自然と体重も適正値に収まってくるのです。
さて、次回は肥満や糖尿病とは対照的な問題についてご紹介します。栄養状態が良いはずの先進国での「やせ」あるいは「やせ願望」についてです。やせすぎも将来の健康に深刻な影響を及ぼす危険があり、肥満と同様に問題です。心の健康の危険信号でもあるため、ともすれば肥満以上に現代的な健康問題と言えるかもしれません。