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睡眠のリテラシー20
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高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員
仕事で海外に行き始めた頃、いわゆる時差ボケのつらさが身にしみて分かりました。現地の夜にはぐっすり眠れないし、昼間にはうとうとしてしまい、大変でした。
もう一つ気がついたのは、些細なことにも「ムカつく」ようになることでした。例えば、一緒に出張した仲の良い同僚と食事に出かけた時です。ある店に入ろうと彼が言いました。私は別な店でもよいかもしれないと感じながらも、彼の提案に従って、その店に入りました。
ところが、時間が経つにつれて、なにか面白くない気分が高まってきました。しまいには、不愉快になり、せっかくのおいしい料理も楽しみながらいただくことができませんでした。
日本であれば、このような気分にはならなかったはずです。そもそも気の合う仲間との時間ですし、その店でもし満足できなければ、早めに切り上げて次の店に行くこともできるわけです。
しばらくの間、なぜ海外でイライラしがちであったのか、よく分かりませんでした。良い睡眠は身体の健康だけではなく、心の健康にも必要と言われます。このことは直感的には理解できますが、最近はしっかりとした研究によって裏付けられるようになりました。
普通に睡眠をとった群と徹夜をして起きていた群に対して、気分が悪くなるような写真を見せ、脳の状態を比べた実験があります。怖さや不安などの感情を処理する働きのある脳の部位を詳しく調べると、睡眠をとらなかった群では、その部位の活動が活発になることが分かりました。
通常であれば、その部位の活動が激しくなり過ぎないよう、脳の別の部位が抑えるように調整します。ところが、睡眠を奪われた群では、その抑える効果も弱くなっていました。
以上をまとめると、睡眠がまともにとれない場合、脳の状態が変わって、不快な感情をより強く感じるようになると言えるでしょう。最新の研究では、一晩の徹夜ではなく、4時間に縮めた睡眠を数日間にわたって続けた後に同じ検査を行っても、同じような結果が得られることが確かめられています。
では、睡眠の何が心の安定につながるでしょうか。その後の研究によれば、レム睡眠が大きな役割を担っているようです。レム睡眠は寝付いてからすぐではなく、およそ90分ごとに現れます。7時間の睡眠であれば、レム睡眠は4回ほど含まれます。
徹夜をすると、すべてのレム睡眠がとれません。4時間睡眠であれば、レム睡眠は半分ほどに減ります。いずれの条件でも、実際の不快さ以上に不快さを感じてしまいます。
毎日の生活では、困ったことや嫌なことがなくなることはありません。ですが、それらをどのように受け止めるかによって、心のあり方は変わってきます。睡眠、特にレム睡眠を確保することは、冷静に、心穏やかに暮らすために大事な条件のようです。
たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。