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健常者でも女性のアポリポ蛋白Eε4対立遺伝子保有者は認知症に要注意

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 アメリカでの研究において、静止状態でのMRI画像により、脳内のデフォルト・モード・ネットワークの接続性とアポリポ蛋白E遺伝子型および性別との関連を調べたところ、女性でε4対立遺伝子を保有する場合、有意にネットワーク接続が低下することが分かりました。

Gender Modulates the APOE ε4 Effect in Healthy Older Adults: Convergent Evidence from Functional Brain Connectivity and Spinal Fluid Tau Levels
Jessica S. Damoiseaux, William W. Seeley, Juan Zhou, William R. Shirer, Giovanni Coppola, Anna Karydas, Howard J. Rosen, Bruce L. Miller, Joel H. Kramer, Michael D. Greicius, and Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative (ADNI)
J Neurosci. 2012 June 13; 32(24): 8254-8262.
doi: 10.1523/JNEUROSCI.0305-12.2012

川口利の論文抄訳

発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。

 本研究では、アポリポ蛋白E(APOE)遺伝子型が脳機能の接続性に与える影響は、健康な老齢者において性別によって変わるのかどうかを調査した。本研究結果は、健康な老齢者において、ε3同型接合体群と比較して、ε4保有者群でデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)での接続性が有意に低下することを確証した。より重要なのは、さらなる試験によって、デフォルト・モードの中枢神経系である楔前部において、APOE遺伝子型と性別の間での有意な相互作用が明らかになった。女性のε4保有者群は、女性のε3同型接合体群または男性のε4保有者群との比較において、有意にデフォルト・モード接続性の低下を示したが、男性のε4保有者群では、男性のε3同型接合体群と最小限での差異しか認められなかった。脳脊髄液のタウ蛋白値というアルツハイマー病の独立したマーカーを用いて、健康な老齢者の独立標本において追加分析をしたところ、性別によるAPOEの相互作用に対して、一致するエビデンスを提供した。全体として、これらの結果は、アルツハイマー病の女性においてε4対立遺伝子保有率がより高いことを示している先行研究と合うものであり、批判的に、APOE遺伝子型と性別の相互作用が、症状発現前の期間において検出可能であることを証明するものである。

●背景

 知られている最も重要なアルツハイマー病に対する危険因子は、APOE4型対立遺伝子(APOEε4)である。ε4対立遺伝子保有者は、最も多いAPOE遺伝子型であるε3対立遺伝子の同型接合体を有する人と比較すると、アルツハイマー病発現リスクが高まっている。見落とされがちな重要な所見は、このAPOE影響は性別によって異なるということである。ほとんどの年齢やAPOE遺伝子型にわたり、男性よりも女性がアルツハイマー病をより発現しやすいように思われるが、この違いは、APOEε3/ε4遺伝子型の人において有意により表明されるもので、APOEε3/ε4遺伝子型の女性は約4倍リスクが高いが、同じ遺伝子型の男性ではリスクがほとんど、または全く高くならない。アルツハイマー病に対するリスクが高まることに加えて、アルツハイマー病の前兆である軽度認知障害を有する女性のε4保有者は、同様の男性と比較して、より少ない海馬容積やより悪い認知得点などの顕著な表現型特徴も示す。大規模な検死解剖が、女性のε4保有者は、最も多いアミロイド班や神経原線維濃縮体の病態も有することを見出した。今日まで、アルツハイマー病リスク・軽度認知障害表現型・検死解剖データにおいて明らかな性別とAPOE状態との相互作用は、健康な老齢者の生体内で調査されてきてはいないのである。

 先行する静止状態での機能的MRI(functional magnetic resonance imaging = fMRI)研究は、機能的接続性が軽度認知障害とアルツハイマー病におけるDMNで変化すること、このデフォルト・モード機能的接続性は病気が進行するにつれて悪化することを示してきている。最近の静止状態でのfMRI研究は、健康なε4保有老齢者において脳機能接続性の同様の変化を検出できるかどうかを調査してきている。ある研究者たちは、DMN接続性におけるAPOE関係の差異は見出さなかった。他の3研究は、結果に実質的な変動性はあるものの、ε4保有者群とε3同型接合体群との間で、有意なDMN接続性の差異を示している。これらの研究のいずれもが、観察されたデフォルト・モード機能的接続性の差異が性別によって変化するのかどうかを調べてはいない。

 本研究においては、健康な老齢者において、デフォルト・モード機能的接続性に対するAPOE遺伝子型と性別の影響を調査した。先行する研究に則して、アルツハイマー病で観察したことと類似の傾向を予想した。すなわち、DMNにおける接続性の低下であり、女性のε4保有者において最大の影響があるというものである。これらの画像所見に対する収束性エビデンスを得るために、本研究では、Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)(*1)データセットからの健康な老齢対照群における脳脊髄液蛋白値の分析で、同一モデルの試験も実施した。

●方法
(1)カリフォルニア大学サンフランシスコ校/スタンフォード大学研究の参加者
 健康な老齢者が、カリフォルニア大学サンフランシスコ校での、正常老化に関する縦断的研究の一環として募集された。本研究の除外基準は以下の通りであった。
1 左利き
2 著しい医学的・神経的・精神的疾病がある
3 脳損傷歴がある
4 精神興奮薬の使用
5 データの質が低い
6 APOEε2対立遺伝子保有者(APOEε2は、アルツハイマー病に対して予防的効果があるかもしれないので)

 静止状態でのfMRIデータとAPOE遺伝子型は、234人から入手された。このうち、左利き27人、過度の頭の動き・重要な信号損失・部分的な脳範囲しか捉えていないといったデータの質の低さで22人、精神興奮薬使用で36人、ε2対立遺伝子保有で18人が除外され、残った131人が研究に含まれた。131人中、43人がε4保有者で、男性2人女性2人の合計4人はε4同型接合体・男性24人女性15人の合計39人はε3/ε4異型接合体、男性34人女性54人の合計88人はε3同型接合体であった。

(2)神経心理学的評価
 すべての対象者は、広範囲にわたる神経心理学的評価を受けた。本研究に対しては、ミニメンタルステート検査と記憶機能を目標とする神経心理学的検査のCalifornia Verbal Learning Testの即時想起および遅延想起とBenton Complex Figure(幾何学的図形模写)の結果のみを考慮した。粗点について、APOE遺伝子型、性別、これら二つの相互作用間での差異分析をP<0.05での多変量分散分析により実施した。

(3)APOE遺伝子型評価
 APOE一塩基多型遺伝子型判定は、即時PCR(ポリメラーゼ連鎖反応法)によって実施された。プロトコルは、分析機器製造会社の使用説明書の概略に沿い、すべての分析は正副二つ実施された。検量線増幅プロトコルの他に、対立遺伝子識別処置を加え、2対立遺伝子とそれぞれのレポーター色素との間の対比を容易にした。

(4)MRIデータ入手
 fMRI撮影は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校神経科学画像センターで、Echo Planar法によるT2スター強調画像撮影が行われた。すべての対象者は、目を閉じて覚醒しているようにだけ指示を受けた後、8分間の静止状態でのfMRIを受けた。脳全体のT1強調画像は、容積測定MPRAGE法による撮影で入手した。

(5)MRIデータ分析
 まず、形態画像が引き出され、次に組織型の分割がされた。合成灰白質部分容積画像がMontreal Neurological Institute(MNI)の標準脳への変換テンプレートへと配置された。fMRIデータ分析におけるヴォクセルワイズ(ヴォクセル様式)独立変数としての灰白質容積を使うために、それぞれの対象者の標準的空間灰白質画像を鎖状につなぐことで、四次元画像を作成した。灰白質容積の直接比較のため、個々の標準的空間灰白質画像が、研究独自のテンプレート作成のために平均化され、もともとの灰白質画像は非線形に登録された。登録された部分容積画像は、域的拡張縮小に対する修正がされた。最後に、ε4保有群とε3同型接合体群での有意差を調べるために、ヴォクセルワイズ線形モデルが適用された。

 DMNは、独立成分分析の目視検査により識別された前方・後方・腹側DMNの3副経路に分けられた。これらの経路の調節におけるいずれかの潜在的差異評価のために、3経路および変化はないと予測した主要視覚経路とを分析に加えた。

(6)ADNIデータ
 研究のこの部分に使用されたデータは、ADNIデータベースから入手された。ADNIの第一目標は、連続的なMRI・PET・他の生物標識と臨床的および神経心理学的評価が、軽度認知障害や初期アルツハイマー病の進行測定のために結合され得るのかどうかを調べることである。非常に初期のアルツハイマー病に対する感度の高い特殊なマーカーの識別は、研究者や臨床医が新しい治療を開発し、有効性を監視し、臨床試験の時間と費用を削減する助けになるように向けられている。

 初期の目的は、55~90歳までの800人を研究参加に募集することで、200人は認知正常者で3年間の追跡調査をし、400人は軽度認知障害者で3年間の追跡調査をし、200人は初期アルツハイマー病者患者で2年間追跡調査をするというものであった。これらの初期目的は達成され、ADNIプロジェクトは、現在ADNI-2へと延長されている。

 ADNIデータの中で、三つの異なるデータ表が脳脊髄液(CSF)測定値を有しており、本分析には、ペンシルベニア大学データ表からADNIベースライン時データを用いた。このデータ表には、114人の健康な対照群のCSFデータが入っていた。そのうち、21人はε2保有者のため分析からは除外された。残りの93人が分析に含まれ、男性1人女性1人の合計2人はε4同型接合体、男性16人女性8人の合計24人はε3/ε4異型接合体で26人がε4保有者となり、男性32人女性35人の合計67人はε3同型接合体となった。

CSF標本はADNIのそれぞれ異なる場所で採取され、夜のうちにドライアイスに乗せられペンシルベニア大学メディカルセンターのADNI Biomarker Core Laboratoryへと輸送された。すべての分析はそこで実施され、ミリリットルあたりのピコグラム単位で総タウ蛋白・アミロイドβ1-42(Aβ1-42)・リン酸化タウ蛋白平均値が、P<0.05での分散分析を用いてアポリポ蛋白E遺伝子型・性別・2者間の相互関係における差異検査をされた。引き続いての事後比較は、Mann-Whitney U検定によって実施した。

●結果

(1)人口統計
年齢および教育年数におけるAPOE遺伝子分類での有意差は認められなかった。APOE分類にわたる性別分布には有意差があった(P=0.019)。APOE遺伝子型と性別との相互作用は観察されなかった。

(2)神経心理学
ミニメンタルステート検査得点、またはCalifornia Verbal Learning Test即時想起および遅延想起・Benton Complex Figure想起で測定された記憶特性に対して、APOE遺伝子型分類間での性別による有意な相互作用は見出せなかった。

(3)機能的接続性に対するAPOEε4影響
 すべてのε4保有者群とε3同型接合体群との間で、灰白質容積に対するヴォクセルワイズ(ヴォクセル様式)で修正を加えながら、4ネットワーク内での機能的接続性を比較した。前方デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の二つの大きな前方クラスターと後方DMNの後帯状クラスターにおいて、ε3同型接合体群との比較において、ε4保有者群で接続性が減少しているのが分かった。反対側の方向には差異は認められず、腹側DMNおよび主要視覚経路における差異はなかった。

 遺伝子型と性別にわたって観察された影響の分布を視覚化するために、ε4保有者群とε3同型接合体群との間で有意差を示したそれぞれの経路における重要クラスターに対して、群ごとの平均パラメーター推値を出した。前方DMNに対しては右側前帯状回にあるクラスターを選択し、後方DMNに対しては左側後帯状回にあるクラスターを選択した。両クラスターにおいて、ε4保有の女性が最も低い平均値となった。両遺伝子型にわたる差異(P<0.001)と性別にわたる差異(P=0.005)は、前帯状回に対して有意となった。後帯状回に対しては、遺伝子型にわたる差異(P=0.001)のみが有意となった。

(4)APOE遺伝子型と性別の相互作用
 灰白質容積に対してヴォクセルワイズ修正を加え、ε4影響を示した2経路である前方および後方DMNにおける、性別によるAPOE相互作用に対するヴォクセルワイズを調べた。この分析で、後方DMN内の中枢である楔前部において有意な相互作用が明らかになった。当然のことながら、この領域での遺伝子型と性別にわたる相互作用は有意(<0.001)だったが、遺伝子型と性別の主作用は有意ではなかった。前方DMNにおいては、APOE遺伝子型と性別との間の相互作用は有意ではなかった。後方DMNにおける有意な相互作用を考慮して、以下の三つの特定対比に対して、事後比較ヴォクセルワイズ試験をこの経路に対して実施した。
1 女性のε3同型接合体群>女性のε4保有者群
2 男性のε3同型接合体群>男性のε4保有者群
3 男性のε4保有者群>女性のε4保有者群

 結果は、楔状皮質・楔前部・後帯状回を含む2,000ヴォクセルを超える大きなクラスターにおいて、女性ε3同型接合体群と比較しての女性ε4保有者群で、後方デフォルト・モード機能的接続性における最も顕著な低下を示した。男性ε4保有者群は、男性ε3同型接合体群と比較して、左側上頭頂皮質16ヴォクセルの小さなクラスターにおいてのみ、後方デフォルト・モード接続性の低下を示した。さらに、女性ε4保有者群は、男性ε4保有者群と比較して、後方DMNの楔状部・楔前部クラスターにおいても、機能的接続性の低下を示した。

(5)灰白質容積に対するAPOEε4影響
 さらに、灰白質容積に対するε4の影響も調べた。有意な群間差異または性別によるAPOE遺伝子相互作用は見られなかった。

(6)ADNI CSF
 画像所見に収束するエビデンスを得るために、ADNIデータセットからの健康な老齢対照群93人において、CSF蛋白値分析での同じモデル検査を実施した。画像データセット同様に、年齢や教育年におけるAPOE群間の有意差はなく、どの測定値に対してもAPOE遺伝子型と性別との間に有意な相互作用は存在しなかった。ε4保有者群とε3同型接合体群との間で、三つのCSF蛋白測定値すべてで差異が認められ、総タウ蛋白(P=0.022)、Aβ1-42(P<0.001)、リン酸化タウ蛋白(P=0.02)となった。さらに、総タウ蛋白値に対する性別によるAPOE遺伝子型の有意な相互関連を見出し、P=0.024となった。総タウ蛋白値は、女性ε4保有者群で最も高く平均値は99±56pg/ml(ミリリットルあたりのピコグラム量)、女性ε3同型接合体群で最も低く平均値は65±21pg/mlとなり、有意差はP=0.046となった。男性における同じ比較では有意差は見られず、男性ε4保有者群では平均値72±28pg/mlであったのに対し、ε3同型接合体群では71±32pg/ml、P=0.446となった。他のペア間対比では有意差は見られず、女性ε4保有者群対男性ε4保有者群でP=0.144、女性ε3同型接合体群対男性ε3同型接合体群でP=0.319となった。Aβ1-42(P=0.418)またはリン酸化タウ蛋白(P=0.645)では、有意な相互関連は見られなかった。

●考察

 本研究は、性別がDMNとCSFタウ蛋白値の両方に対して、APOE遺伝子型作用に影響を与えることを証明し、ε4対立遺伝子の有害影響は女性において最も表明されると決めるに至っている。本研究結果は、アルツハイマー病の女性においてε4対立遺伝子保有率がより高いという先行研究を支持するもので、より批判的に言うなら、APOE遺伝子型と性別との相互作用は、症状発現前の期間において検出可能であると証明しているのである。病気の症状発現前の段階における生物標識を用いたさらなる研究が、アルツハイマー病の病態に対して中核的に見える、この相互作用の底に潜む環境的・ホルモン的・遺伝的因子を精査することを可能にするべきなのである。

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