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隠れ脳梗塞は認知症リスクを高める
隠れ脳梗塞の存在がその後の認知機能にどのような影響を与えるのか調査したところ、ベースライン時に隠れ脳梗塞があったかどうかにかかわらず、新たに隠れ脳梗塞が見つかった場合には、有意に認知機能が低下することが分かりました。
Silent Brain Infarcts and the Risk of Dementia and Cognitive Decline
Sarah E. Vermeer, M.D., Ph.D., Niels D. Prins, M.D., Tom den Heijer, M.D., Albert Hofman, M.D., Ph.D., Peter J. Koudstaal, M.D., Ph.D., and Monique M.B. Breteler, M.D., Ph.D.
N Engl J Med 2003; 348:1215-1222March 27, 2003DOI: 10.1056/NEJMoa022066
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
隠れ脳梗塞は、健康な高齢者のMRIでよく見られるもので、認知症や認知機能低下と関連があるかもしれない。
前向きな集団研究であるRotterdam Scan Studyにおいて、60~90歳でベースライン時に認知症や脳卒中のなかった1,015人の対象者での、隠れ脳梗塞と認知症および認知機能低下リスクとの関連を研究した。対象者は、1995~1996年のベースライン時、および1999~2000年に再度、神経心理学的検査と脳のMRIを受け、研究期間を通じて認知症に対しての監視を受けた。年齢・性別・教育水準・皮質下萎縮および白質病変の有無による補正を加え、比例ハザード分析と多重線形回帰分析を実施した。
1人あたり平均3.6年、3,697人年の追跡調査期間中、1,015人の対象者中に30件の認知症発現があった。ベースライン時に隠れ脳梗塞が存在したことが、認知症リスクを倍以上に高め、ハザード比は2.26(信頼区間 95% 1.09~4.70)となった。ベースライン時MRIにおいて隠れ脳梗塞が存在したことは、神経心理学的検査の成績がより劣ること、および全体的認知機能のより急速な低下と関連があった。視床に隠れ脳梗塞があることは記憶パフォーマンスにおける低下と関連があり、視床ではない場所における脳梗塞は精神運動速度における低下と関連があった。ベースライン時に隠れ脳梗塞のあった対象者を、追跡調査期間におけるさらなる脳梗塞があった群となかった群に細分すると、認知機能の低下はさらなる隠れ脳梗塞のあった群に限定された。
隠れ脳梗塞のある高齢者は、そのような病変のない人よりも認知症リスクが高まり、より急激な認知機能低下が見られる。
●背景
認知症は、欧米諸国における大きな健康問題となっている。認知症は、55歳の4人に1人で発現し、認知症患者の数は、平均余命が長くなるとともに増えるであろう。血管異常が認知症発現における役割を担っているというエビデンスが蓄積されてきている。脳卒中患者は、血管性認知症とアルツハイマー病の両方において、より高いリスクを抱えている。検死解剖において小窩性脳梗塞が見つかった人は、脳梗塞のなかった人より認知症であった傾向が高く、そのような梗塞が存在する人においては、認知症の臨床的症状が存在することに対して、必要とされたのはアルツハイマー病のより少ない病態所見であった。アルツハイマー病患者は、MRIにおいて、認知症のない対照群よりも無症候性の隠れ脳梗塞を有している頻度がより高い。隠れ脳梗塞有病率は、認知症のない高齢者においても高いのだが、予後関連性についてはほとんど知られていない。それ故に、本研究では、隠れ脳梗塞と認知症および認知機能低下リスクとの関係を、一般集団において調査した。
●方法
(1)対象者
Rotterdam Scan Studyは、高齢者における脳変化の原因と成り行きを研究するために設定された、前向き集団コホート研究である。1995~1996年に、進行中の二つの集団研究から60~90歳の対象者1,717人を無作為抽出し、五つの年齢層と性別によって階層化した。63パーセントにあたる1,077人の認知症のない高齢者が参加した。不参加者と比較して、参加者は有意により若く、より教育水準が高く、ミニメンタルステート検査での成績がよりよかった。
1995~1996年のベースライン時検査は、脳のMRIスキャンとともに、構造化面接(*1)・健康診断・血液採取・神経心理学的検査によって構成されていた。本研究においては、ベースライン時評価以前に脳卒中歴のあった62人を除外した。1,015人全員の対象者について、研究を通して、ベースライン時後の一般開業医からの死亡および認知的問題・認知症・脳卒中・一過性虚血発作を含む主たる合併症に対する医療記録を再調査することでの監視を続けた。1999~2000年に、1,015人中の914人を第2回検査へと再度誘い、81%にあたる739人が参加した。101人については以下の理由により再度誘うことはなかった。75人は死亡、15人は認知症により施設に収容、7人は1999年にRotterdam Studyの定期検査の一部として既に検査済み、3人は海外へ移動、1人は連絡が取れずとなった。
2回目の検査に不適格、あるいは参加を断った人たちは、2回目検査に参加した人たちよりもベースライン時で有意に年齢が高く、より教育水準が低く、神経心理学的検査の成績がより低かった。2回目検査を断った人たちは、ベースライン時での隠れ脳梗塞の有無に関して2回目参加者との間に有意差はなかったが、不適格者は、有意にではないまでも2回目参加者よりも高い隠れ脳梗塞有病率となっており、年齢と性別による補正を加えた差異は5%(信頼区間95% -3~14%)となった。739人中13人が、MRIに対する禁忌のため2回目の脳MRIスキャン不適格となり、97人は断った。全体で、901人の適格者中70%にあたる629人が、1999~2000年に第2回目MRIを受けた。
(2)脳梗塞および他のMRI測定
1995~1996年に、1,015人全員が脳のMRIを受けた。T1強調像・T2強調像・陽子密度強調スキャンを実施した。1999~2000年に、629人が2回目MRIを同じ手順で受けた。
隠れ脳梗塞の存在は、ベースライン時と追跡調査時で同様に評価された。T2強調像での最低直径3mmの限局性高強度域を脳梗塞と定義した。陽子密度スキャンは、拡張血管周囲腔と梗塞の区別に用いられた。白質での高強度域も、白質病変と区別するために、T1強調像での一致する顕著な高強度がなければならなかった。脳卒中歴および一過性虚血発作歴を知らされていない1人の熟練医師が、ベースライン時および2回目MRI検査で、位置や大きさに関して梗塞の記録を行った。
脳卒中歴および一過性虚血発作歴に関する情報を、MRI結果とは独立して、対象者自身からとすべての対象者の医療記録点検から入手した。経験豊かな神経科医が、引き続いて対象者の病歴とスキャン結果を再調査し、梗塞を隠れ梗塞と症候性梗塞とに分類した。隠れ脳梗塞は、それに一致する脳卒中または一過性虚血発作歴を有さない一つ以上のMRIエビデンスとして定義した。病変とそれに先立つ脳卒中または一過性虚血発作が一致した場合は、症候性梗塞として定義した。症候性梗塞と隠れ梗塞の両方を有する場合には、症候性梗塞群に含めた。
白質病変および皮質下委縮は、ベースライン時MRIスキャンで評価された。T1強度像では顕著な高強度がなく、陽子密度像およびT2強度像において高強度の場合は、白質病変が存在すると考えられた。脳室周囲の白質病変重症度は、0~9までの範囲で数値が高いほど重症度が高い三つの域特定スコアにより決定された。皮質下白質病変容積は、病変の数と大きさに基づき概算され、容積幅は0~29.5mlとなった。脳の皮質下委縮重症度は、T1強度像での、前角・後角・尾状核での評価平均による脳室の脳に対する比率計算により推定した。
(3)認知症
すべての対象者は、ベースライン時に認知症ではなかった。追跡調査において、ミニメンタルステート検査とGeriatric Mental State Schedule(GMS)用いて、すべての対象者の認知症ふるい分けを実施した。ふるい分けで陽性となった対象者は、追加の認知検査をケンブリッジ老人精神障害検査により受けた。その後で認知症があると考えられた人は、神経科医によって検査され、広範囲にわたる神経心理学検査を受けた。さらに、一般開業医の医院および外来精神介護地域研究所においてすべての対象者の医療記録を継続的に監視し、2000年3月1日まで新たな認知症診断情報を入手した。認知症およびその亜型は、標準化された基準に従いすべての入手可能情報を再調査した委員会によって診断された。認知症の発病は、臨床的症状が認知症診断とされることを認めた日付として定義された。本研究では、一般開業医監視システムを通して、すべての対象者での認知症に関する完全な追跡調査データを有した。
(4)認知機能低下
対象者は、ベースライン時に以下の神経心理学的検査を受けた。
1 ミニメンタルステート検査
2 15語聴覚性言語学習検査
3 ストループテスト
4 paper-and-pencil memory scanning task
5 文字数字置換課題
2回目の検査においては、同じ神経心理学的検査の代わりとなる版を用いた。各対象者に対して、ベースライン時および追跡調査時での(個人検査得点-平均検査得点)÷標準偏差によるzスコアを、ベースライン時検査の平均および標準偏差を用いて算出した。記憶パフォーマンスに対する合成点は、15語聴覚性言語学習検査の即時記憶および遅延記憶3回合計のzスコア平均とした。精神運動速度の合成点は、ストループテストの部分タスク・paper-and-pencil memory scanning taskの部分タスク・文字数字置換課題のzスコア平均とした。全体的認知機能合成点は、すべての検査のzスコア平均とした。認知機能低下は、ベースライン時から追跡調査時の記憶パフォーマンス・精神運動速度・全体的認知機能のzスコアを引くことで算出した。
(5)統計分析
1 ベースライン時に認知症および脳卒中のなかった1,015人の対象者において、ベースライン時の隠れ脳梗塞の存在とその後の認知症リスクとの関係を調べるため、比例ハザード回帰分析を用いた。追跡調査の持続期間は、ベースライン時でのMRIを受けた日付から、死亡まで、認知症診断まで、追跡調査終了までで先に起こった時点までとした。白質病変および皮質下委縮と認知症との関連、これらの脳の構造的変化が隠れ脳梗塞と認知症との関係に影響を与えるのかどうかも調べた。
2 ベースライン時での隠れ脳梗塞の存在とその後の認知機能低下との関連を、追跡調査時に神経心理学的検査を受けた739人の対象者での二次標本における多重線形回帰分析により調べた。認知機能低下との関係が、視床に梗塞がある場合とその他の場所にある場合とで異なるのかどうかも、視床核が記憶保持と短期記憶とに関係することから調べた。
3 新たに発見された隠れ梗塞の認知機能低下割合に対する寄与率を調べた。この分析は、2回目MRIにおいて症候性梗塞のなかった619人の対象者に基づいて実施した。
すべての分析は、年齢・性別・教育水準により補正を加えた。認知機能低下分析においては、2組の神経心理学的検査の間隔でも補正を加えた。
●結果
1人あたり平均3.6年、3,697人年の追跡調査期間中、全体の3%にあたる30人に認知症発現が認められ、26人がアルツハイマー病(うち1人は脳血管性認知症併発)・2人が血管性認知症・1人が多系統委縮症・1人は亜分類不明となった。認知症患者のうち4人が死亡したが、検死解剖は実施されなかった。
ベースライン時に隠れ脳梗塞のあった217人中、11人は皮質梗塞で202人は小窩性脳梗塞(うち171人は基底核、31人は皮質下部)、4人は小脳または脳幹に梗塞があった。認知症発現の30人中14人にはベースライン時MRIで1カ所以上の隠れ脳梗塞が存在し、うち7人は多発性脳梗塞であった。
ベースライン時に隠れ脳梗塞が存在したことは、認知症リスクを倍以上に高め、この結果は、白質病変や皮質下委縮の重症度で補正を加えても大きく変わることはなかった。脳室周囲の白質病変重症度がより大きいことも、皮質下委縮の重症度がより大きいこと同様に認知症リスクが高くなることと関連があり、重症度の標準偏差1増加に伴うハザード比は、1.78(信頼区間95% 1.26~2.51)となった。
ベースライン時でのミニメンタルステート検査得点26点未満と26点以上との間、およびアポリポ蛋白E4対立遺伝子保有者と非保有者との間では、有意なリスク差は存在しなかった。ベースライン時でのアスピリンまたは抗凝血剤使用者を除外しても、結果は実質的に変わらなかった。認知症発現者30人中19人は、2回目MRIスキャンまたはCTスキャンを受けており、16%にあたる3人からは症候性梗塞が見つかり、21%にあたる4人からは新たな隠れ脳梗塞が見つかった。この割合は、追跡調査において認知症のなかった618人における2回目MRIスキャンで見つかった、1%にあたる8人での症候性脳梗塞、11%にあたる71人での隠れ脳梗塞割合割合よりも高いものとなった。
全体的認知機能は、ベースライン時MRIスキャンで隠れ脳梗塞のあった対象者で有意により劣っており、補正を加えたzスコア平均差は、-0.11(信頼区間95% -0.20~-0.01)となった。ベースライン時での隠れ脳梗塞の存在は、認知機能のより急激な低下と関連があった。多発性隠れ梗塞の存在は、単一隠れ梗塞の存在よりもより強い認知機能低下を示し、補正を加えたzスコア平均差は-0.34(信頼区間95% -0.51~-0.17)となったのに対し、単一梗塞では-0.07(信頼区間95% -0.20~0.06)となった。視床における単一梗塞は記憶パフォーマンスにおけるより大きな低下と関連があり、他の場所にある場合は精神運動速度におけるより大きな低下と関連があった。ベースライン時での隠れ脳梗塞の存在とミニメンタルステート検査得点での低下との間には関連は存在せず、補正を加えた平均得点差は-0.01(信頼区間95% -0.44~0.33)であった。
ベースライン時および追跡調査時MRIにおいての隠れ脳梗塞の存在有無によって対象者を四つに細分化すると、ベースライン時に隠れ梗塞が存在したかどうかにかかわらず、追跡調査時MRIで新たな隠れ脳梗塞が見つかった人に認知機能低下は限定された。学習効果による期待通り、記憶パフォーマンスはすべての対象者において向上した。これらの細分化された群間で、ミニメンタルステート検査得点での有意変化は認められなかった。
●考察
本研究から、一般集団において、ベースライン時MRIでの隠れ脳梗塞の存在が認知症リスクを倍増させることが分かった。隠れ梗塞のない人と比較して、隠れ梗塞のある人はより急激な認知機能低下に陥るが、この低下はベースライン後に新たな隠れ脳梗塞が見つかった人に限られた。
認知症発現者における新たな梗塞数が多かったこと、および新たな梗塞が見つかった人においてより急激な認知機能低下があったという本研究結果は、隠れ脳梗塞であれ症候性脳梗塞であれ、隠れ脳梗塞のある人はさらなる梗塞を抱えるリスクが高く、それが認知症の原因となるかもしれないという考えを支持するものである。おそらく、既にアルツハイマー病関連の異常により影響を受けている脳における梗塞が、さらに認知機能を損ない、臨床的に明らかな認知症へとつながるのであろう。この考えは、小窩性梗塞がある場合には、より少ない老人斑や神経原線維濃縮体でアルツハイマー病に至るという検死解剖所見が支持していることになる。あるいは、隠れ脳梗塞が老人斑や神経原線維濃縮体発現のきっかけとなる、ないしはアルツハイマー病に関連する異常を増大させる脳の脆弱性またはある特定の血管リスクを反映しているのかもしれない。しかしながら、いくつかの臨床病理学研究が、梗塞のあるアルツハイマー病患者は、梗塞のない患者と同じくらい、ないしはより少ない老人斑と神経原線維濃縮体を有していることを見出しているのである。
結論として、MRIでの隠れ脳梗塞の存在が、隠れ梗塞であれ症候性梗塞であれ、認知機能を低下させるさらなる脳梗塞を抱え続けることにより、認知症リスクの高い人を識別するということになる。