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遺伝子型によっては糖尿病が認知症リスクを極めて高める
米国で、糖尿病を有すること、およびアポリポ蛋白E4対立遺伝子を有することと、認知症発症リスクとの関連を調べたところ、両方を有することはアルツハイマー病および混合型アルツハイマー病発症リスクを高めることが分かりました。
Enhanced Risk for Alzheimer Disease in Persons With Type 2 Diabetes and APOE ε4The Cardiovascular Health Study Cognition Study
Fumiko Irie, MD, PhD, MPH; Annette L. Fitzpatrick, PhD; Oscar L. Lopez, MD; Lewis H. Kuller, MD, DrPH; Rita Peila, PhD; Anne B. Newman, MD, MPH; Lenore J. Launer, PhD
Arch Neurol. 2008;65(1):89-93. doi:10.1001/archneurol.2007.29.
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
●背景
大小血管に対する損傷に加え、糖尿病関連血糖調節異常が、脳の構造損傷を引き起こす可能性がある。高血糖症は、酸化ストレス増加、O結合型糖蛋白、終末糖化産物によって神経細胞生存率に影響を与える可能性がある。グルコースの異常代謝は、重要な神経伝達物質であるアセチルコリンの産生を低下させる可能性もある。高血糖症は、高浸透圧症および抗利尿ホルモンバソプレシン増加につながり、最終的には視床下部神経細胞変性という結果になるかもしれない。高血糖症は、海馬神経細胞のカルシウムバランスに対する直接的影響もあり、変性へとつながるかもしれない。
これらの実験的データに基づき、糖尿病は、最も多い認知症型の二つ、アルツハイマー病と血管性認知症両方の病態生理過程特性の原因となることが仮定される。糖尿病とアルツハイマー病、特に血管症状と合併したアルツハイマー病との関連は、異なった民族集団に基づく疫学研究において一致した結果となっている。ある日系アメリカ人男性の研究においては、糖尿病とアルツハイマー病の遺伝的罹患危険因子であるアポリポ蛋白E4対立遺伝子保有との相互関連も報告された。もしこの結果が他のコホートでも繰り返されるなら、糖尿病の病態生理が、直接的または間接的にアルツハイマー病リスクを増大させる可能性があるという仮定を強めることになるだろう。ここに、本研究は、白人およびアフリカ系アメリカ人男女を対象とした前向き研究であるCardiovascular Health Study(CHS)(*1)の付随的研究CHS Cognition Study(認知研究)において、この相互関連を調査するものである。
●方法
(1)対象者
CHSでは、心血管疾患危険因子、不顕性および臨床的疾病測定に加えて、認知機能および脳構造評価も実施された。全般的認知機能検査のため、ミニメンタルステート検査がベースライン時に行われ、引き続き、1998年まで1年に1回、ミニメンタルステート検査改訂版および精神運動機能検査であるDSSTが実施された。脳構造の病理的変化評価には、MRIが用いられた。すべての対象者が、1992~1994年に、そして再度1997~1999年に脳MRI走査を受けるようにと勧められた。CHS Cognition Studyのベースラインは、最初のMRI走査が実施された1992~1994年になっている。
CHS Cognition Studyは、1992~1993年に認知症となった対象者を、その後1999~2000年までに認知症を発現した対象者を識別するために始められた。CHS Cognition Studyコホートのすべての対象者には、コホートの一員であるために、ミニメンタルステート改訂版検査を含め、医療機関訪問が要求された。
(2)認知症例発見
認知機能検査、代理人面接、病歴に基づいて認知症の可能性ありとスクリーニングされた対象者は、より広範な神経心理学的および神経学的検査を通じて認知機能評価を受けるように勧められた。死亡者や検査拒否者は、対象者または代理人への電話面接・医師への質問票・医療記録など、別の方法により認知機能評価が実施された。コンセンサス会議における診断は、CHSの一部として収集された認知機能に関する前向きに入手された情報・CHS Cognition Studyに対して新たに収集されたデータ・他の関連データに基づき実施された。認知症の基準は、2以上の認知領域における障害があり、正常知的機能の病歴があることに基づいた。MRI走査は、認知症型分類のために利用された。国立神経疾患・伝達障害研究所、および脳卒中/アルツハイマー疾患・関連疾病協会のpossible and probable Alzheimer's disease(アルツハイマー病の可能性あり、および可能性大)基準、およびカリフォルニア州アルツハイマー病診断・治療センターの、probable and possible vascular dementia with or without AD(アルツハイマー病を伴うまたは伴わない血管性認知症の可能性大、および可能性あり)基準を含めた、国際的診断ガイドラインに従った。本研究分析では、認知症の三つの亜型に焦点を当てた。
1 血管性認知症のないアルツハイマー病の可能性あり、および可能性大
2 アルツハイマー病のない血管性認知症の可能性あり、および可能性大
3 アルツハイマー病および血管性認知症両方の基準を満たす混合型アルツハイマー病
パーキンソン病を伴う認知症・レビー小体型認知症・特定できない型の認知症を有する対象者は、分析から除外した。
(3)糖尿病およびアポリポ蛋白E遺伝子型測定
12時間絶食後、医療機関訪問時に血液サンプルが採取され、血漿と血清は-70℃に凍結された。
空腹時血糖値、空腹時インスリン値測定が実施された。
MRI走査日に最も近く収集されたデータに基づき、糖尿病と耐糖能障害が、米国糖尿病学会の基準、空腹時血糖値126mg/dL以上・または血糖降下薬使用・またはインスリン治療、に従い定義された。分析に対しては、耐糖能障害対象者は、糖尿病ではない群に含めた。
アポリポ蛋白E遺伝子型特定は、同意した対象者のみに実施し、アポリポ蛋白E4対立遺伝子が存在するか、しないかに分類した。
(4)共変数
以下の人口統計学的、生活様式関連、心疾患危険因子を共変数、または推定上交絡因子として考慮し、分析に加えた。
1 年齢
2 人種(~10%はアフリカ系アメリカ人)
3 教育年数(修了学校教育)
4 喫煙(一度もない・以前ある・現在ある)
5 アルコール摂取(1週間あたりの総杯数)
6 MRI走査日以前の脳卒中
7 BMI
8 足関節上腕血圧指数
9 米国国立精神保健研究所うつ病自己評価尺度10項目版による抑うつ状態(MRI走査時直近)
10 総コレステロール値
11 血圧(正常は140/90mmHg未満、境界域は収縮期血圧140~159mmHg・拡張期血圧90~95mmHgとし高血圧群に含めた、高血圧は160/95mmHg超・自己申告による高血圧に対して降圧剤を利用・正常血圧値だが降圧剤を使用)
本分析に使用されたすべての測定値は、CHS Cognition Study登録時である最初のMRI走査受検時、あるいはそれ以前のデータを使用した。
(5)統計分析
MRI走査受検時に認知症ではなく、アポリポ蛋白E遺伝子型および糖尿病状態に関する情報がすべて揃った2,547人が分析対象となっている。軽度認知障害があると分類された577人は除外した。2,547人中、新たに411件の認知症発現があり、207件のアルツハイマー病、132件の混合型アルツハイマー病、58件の血管性認知症が含まれていた。平均追跡調査期間は5.4年、追跡調査登録時平均年齢は74.7歳、脱退時平均年齢は80.1歳となった。
認知症および亜型であるアルツハイマー病・混合型アルツハイマー病・血管性認知症のリスクは、年齢を時間尺度として比例ハザードモデルにより推定した。認知症発現年齢は、MRI走査受検日から認知症診断までの追跡調査期間年数加算により算出した。糖尿病ではなくアポリポ蛋白E4対立遺伝子も持たない群を比較対象とし、糖尿病だけ有する群・アポリポ蛋白E4対立遺伝子だけ有する群・両方を有する群との比較を実施した。
以下の2モデルを組み立てた。
1 モデル1 年齢・人種・教育年齢で補正
2 モデル1補正因子に加え、高血圧・総コレステロール値・喫煙・アルコール摂取・BMI・抑うつ状態・足関節上腕血圧指数・脳卒中で補正
●結果
(1)対象者特性
糖尿病を有する対象者が全体の12.6%にあたる320人、アポリポ蛋白E4対立遺伝子を有する対象者が全体の23.6%にあたる602人いた。糖尿病を有する群は、有しない群と比較して、足関節上腕血圧指数同様に、より高い収縮期血圧値・総コレステロール値・BMI値とより悪い心疾患リスクプロフィールとなっていた。
(2)認知症と糖尿病・アポリポ蛋白E4対立遺伝子との関連
認知症を発症しなかった群と比較すると、発症した群では、糖尿病有病率・インスリン使用・平均血清血糖値がより高くなっていた。認知症発症率が最も高かったのは、糖尿病とアポリポ蛋白E4対立遺伝子両方を有する群で31.3%となったのに対して、どちらも有さない群では10.3%と最も低い発生率となった。
(3)比例ハザードモデル
多変量比例ハザードモデルによる結果は以下の通りであった。
1 糖尿病またはアポリポ蛋白E4どちらかを有する群は、認知症全体・アルツハイマー病・混合型アルツハイマー病では、比較基準群よりもリスクが高かったが、血管性認知症では高くならなかった。
2 糖尿病とアポリポ蛋白E4両方を有する群と片方のみを有する群で比較すると、二つの危険因子間には相乗的相互作用が見られた。糖尿病のみを有する群でのアルツハイマー病相対危険度は1.62(信頼区間95% 0.98~2.67)、アポリポ蛋白E4のみを有する群でのアルツハイマー病相対危険度は2.50(信頼区間95% 1.84~3.40)となり、両方を有する群での相対危険度は4.99(信頼区間95% 2.70~9.20)となった。二つの危険因子が加算的であるとすると、予測より高い危険率ということになる。
3 人種による層分けでのアルツハイマー病リスクは、全体分析と同様となり、糖尿病とアポリポ蛋白E4両方を有する群では、アフリカ系アメリカ人のハザード比は5.70(信頼区間95% 1.41~23.0)、白人のハザード比は4.91(信頼区間95% 2.43~9.89)となった。
4 混合型アルツハイマー病リスクに関しては、糖尿病のみを有する群のハザード比は1.75(信頼区間95% 1.00~3.04)、アポリポ蛋白E4のみを有する群は2.35(信頼区間95% 1.57~3.52)、両方を有する群は4.23(信頼区間95% 1.76~10.14)となった。男性と女性を比較すると、両方を有する群において女性の方でリスクが高く、ハザード比10.37(信頼区間95% 2.94~35.53)に対して男性は2.19(信頼区間95% 0.62~7.64)となった。
5 人種別では、アフリカ系アメリカ人の方が白人よりもリスクが高く、アフリカ系アメリカ人ハザード比5.89(信頼区間95% 1.29~27.0)に対し、白人2.91(信頼区間95% 0.88~9.64)となった。ただし、男女間および人種間での分析標本規模は、比較的小さなものであったことを付加しておく。
●考察
本研究からのデータは、糖尿病とアポリポ蛋白E4対立遺伝子の両方を有することが、認知症、特にアルツハイマー病と混合アルツハイマー病リスクを、それぞれの危険因子単独でのリスクよりも高めることを示している。信頼区間95%での糖尿病とアポリポ蛋白E4両方の影響に対するリスク比は、それぞれの危険因子単独でのリスク比を合わせたものとなった。しかしながら、両方の危険因子を有することがより高いリスクを負うことが別のコホートでも観察されており、これも神経病理学的エビデンスを有していた。それ故に、糖尿病を有する人にとってアルツハイマー病リスクはアポリポ蛋白E4により変更され、糖尿病は直接的または間接的に神経細胞および血管損傷をひき起こすかもしれないという仮定を調査するさらなる実験的研究が正当化されることになる。そのうえ、本研究結果は、他の研究結果と合わせた時に、糖尿病を有する高齢者は臨床的に重要となる認知障害リスクが高まっていることを示しており、特に疾病管理実施計画が患者に示される際に、糖尿病を抱える高齢者の介護において考慮に入れられるべきことである。