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なぜ運動で老化を防止できる?

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運動が体にいい、長生きにつながる、ということはなんとなくイメージできますし、前回、科学的検証も報告してもらいました。でもなぜ?今回の続編では、そんなもっともなギモンに答えてくれるようです。

大西睦子の健康論文ピックアップ32

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。


さて前回に引き続き同じトピックですが、今回はさらに一歩進めて、なぜ運動をすると老化によい影響があるのかを考えたいと思います。

Vincent Gremeaux, Mathieu Gayda, Romuald Lepers, Philippe Sosner, Martin Juneau, Anil Nigam
Exercise and longevity
Maturitas, Volume 73, Issue 4 , Pages 312-317, December 2012
PII: S0378-5122(12)00301-5
doi:10.1016


1)心臓や血管への効果

私たちの動脈は、内膜、中膜、外膜の3層構造からなっていますが、内膜は一層の血管内皮細胞※1で覆われ、血液の循環する空洞(内腔)と接しています。この血管内皮細胞の機能が低下すると、動脈硬化が起こりやすくなります。運動は、血管内皮機能を改善し、動脈硬化の予防となることがわかってきました。また運動によって、中性脂肪※2とLDL(悪玉)コレステロール※3が減少し、HDL(善玉)コレステロール※4が増加します。さらに血圧や体脂肪量を下げ、インスリン抵抗性※5が改善し、心血管疾患の危険因子を是正します。血栓(血管の中にできる血の塊)の形成も防ぎ、脳血栓や心筋梗塞※6などの予防に効果があります。


2)最大酸素摂取量の向上

最大酸素摂取量とは、私たちが1分間あたりに体内に取り込むことのできる酸素の最大量です。最大酸素摂取量が大きいほど、全身持久力としての体力が優れていると評価されます。誰しも老化によって最大酸素摂取量が減少しますが、トレーニングを受けた高齢者の最大酸素摂取量は、座りがちな生活を送っている若年者の最大酸素摂取量と同程度であることが報告されています。老化に伴い、10年間あたり最大酸素摂取量は5〜10%減少しますが、定期的な運動で抑えることができるという報告もあります。ただし、トレーニングを受けている人と座りがちな人との最大酸素摂取量の減少の違いについては、まだまだ議論すべきことがあります。 なぜなら、これまでの研究報告は、一般的に小さな集団を対象とした検証で、偏りがある可能性があるからです。

高い持久力が必要とされる強度の運動ができる高齢者は、トレーニングによって最大酸素摂取量が約15%向上しました。また、最大酸素摂取量の低い高齢者でも、一般的に、トレーニング後には最大酸素摂取量の改善が認められます。高齢者人口の増加に伴い、中高年齢層のアスリートの数も増加しています。高齢アスリートの中には、優れた最大酸素摂取量を持つ人もいます。なお、子供の頃にトレーニングを始めた人と、40歳以降に運動を始めた人とで、最大酸素摂取量に違いが出るかどうかは、まだ報告がなく不明です。

それでも一部の高齢者は"successful aging"を獲得し、若い年齢で達成した能力をさらに改善することができます。そうした最大運動能力の獲得年齢は、さらに高齢化し続けています。例えば、ニューヨークマラソンの調査から、65歳以下の男性、45歳以下の女性ランナーは、まだマラソンの限界に達していないことが示唆されています。今後、「マラソンなどのスポーツが運動能力にどう関係するか」という観点での研究が、老化プロセスの再評価につながっていくはずです。


3)骨格筋機能の改善

ダンベルや専用マシーン等を使って筋肉に一定の負荷をかけて筋力を鍛えるトレーニングを、レジスタンス・トレーニング(resistance training)と言います。レジスタンス・トレーニングは、筋肉の量と強さを改善し、高齢者の生活の機能的自立と質を維持し、健康的で幸せな生活を導きます。


4)骨密度の改善

運動を通じて骨に力学的負荷をかけると、骨形成が促進します。力学的には負荷の大きさや速さ、量が問題になりますが、負荷を増やすことで転倒や骨折のリスクも懸念されます。さらに、負荷がかかった部分のみの骨密度が改善することも考えられます。最近のレビュー※7では、閉経後女性の骨粗しょう症※8に対する運動の影響と、骨密度に対する運動の効果は、統計的な差が比較的小さいことが報告されています。ただしこれまでは、骨密度の評価に二重エネルギー X線吸収法(dual energy X-ray absorptiometry;DXA。二種類の異なる波長のX線を骨に当てて、骨と他の組織との吸収率の差から骨密度を測定する方法)が最も広く使用されてきましたが、最近は、末梢定量的コンピュータ断層撮影法(peripheral quantitative computed tomography;pQCT。CTを使って末梢骨端の単位体積当たりの骨密度を調べるもの)により骨密度を高い精度で測定できるため、再評価が期待されます。

実際、最近の複数の研究で、DXAでは認められなかった骨量変化が、pQCT測定によって明らかになってもいます。ただし、運動トレーニングプログラムの種類、運動の強度と持続時間、年齢、性別、対象者の特徴(内服歴や他の合併症)、栄養状態(カルシウムやビタミンD摂取量)など、いろいろな個人差が問題となるため、骨量に対する運動の影響についての評価は難しいのです。


5)新しいメカニズム

染色体の末端にある「テロメア」と呼ばれる部分は、染色体を保護する構造です。テロメアは細胞の分裂ごとに短くなり、一定の長さ以下になると細胞分裂は止まります。そのためテロメアは「分裂時計」とも言われ、テロメアが短いと寿命が短いと考えられています。最近の研究で、身体活動はテロメアの長さを維持するのに役立つことが示唆されました。運動している人は、運動していない人のテロメアより、平均200ヌクレオチド(DNAやRNAの構成単位)も長く、約10年も若いことを意味しました。


6)認知機能の改善

運動は、高齢者の認知機能を向上させることが報告されています。例えば、60分の有酸素運動※9を週3回6週間続けることで、特定の認知機能が改善したのです。今後の研究により、認知機能における有酸素運動の効果を確認し、認知機能を向上させるための最適なトレーニングのプログラムの作成が期待されます。


7)具体的な運動の方法

2007年、米国スポーツ医学会(American College of Sports Medicine;ACSM)とアメリカ心臓協会(American Heart Association,;AHA)は、新たな身体活動の包括的ガイドラインを以下のように作成しました。

1)中等度から強度の有酸素運動を週に最低30分×5日、または、強度の有酸素運動を週に20分間×3日行う
2)筋力トレーニングを週に2日以上行う
3)柔軟性トレーニングを少なくとも週に10分間、2日以上行う
4)特に転倒のリスクが高い人はバランス練習を行う


最近、大規模な観察研究から、余暇時間の身体活動量(15分/日を 週に6日)は、総死亡率や心血管疾患あるいはがんの死亡率および死亡を減少させることが報告されました。ウォーキングやサイクリング、水泳など心肺機能の向上を目的とする有酸素運動は、老化の防止になります。ただし、高齢者は体力が低下している場合が多く、運動を始めるのが難しいことが多いですよね。レジスタンス・トレーニング、柔軟体操、バランス訓練など、ゆっくりとした、間隔をおいた有酸素運動の組み合わせは有用かもしれません。安全性のため、監視つきのトレーニングプログラムをお勧めします。


というわけで、みなさん、運動がどうして老化にいいのか、ご納得いただけましたか?まだ納得できない方も、ともかく今日から体を動かし始めてみてください!そうしてご自身で経験されるのが何よりです。すぐに効果が出なくても、継続することが成功の鍵です。特別な運動をお金をかけて始める必要はありませんから、まず、一歩外に出てみましょう!運動で"successful aging"を獲得し、楽しい人生をプラスしていきましょう!


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