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続 高脂肪・高ショ糖食と認知障害

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 今回も、高脂肪・高ショ糖食が脳に与える影響についての話です。前回から"おあずけ"となっていた、高脂肪・高ショ糖食のせいで私たちの脳や体でどんなことが起きて、どう具体的に問題が起きてくるのか、という一番気になる部分に踏み込みます。

※今回は担当の堀米がインフルエンザにかかったために更新が遅れました。お詫び申し上げます。

大西睦子の健康論文ピックアップ26

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

 前回もご説明したとおり、ファーストフードや加工食品など、飽和脂肪酸※1や精製された炭水化物を多く含む、いわゆる欧米型の食事は、「high-fat(脂肪)/sucrose(ショ糖※2) diet(食事)」」の頭文字を取って「HFS diet」(高脂肪・高ショ糖食)とも呼ばれます。引き続き、HFS diet(高脂肪・高ショ糖食)が認知機能※3に及ぼす影響についてお話ししていきますね。

 今回は前回と同じ論文から、脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor;BDNF)、酸化ストレス、神経の炎症や血液脳関門などにHFS dietが与える影響について、順を追ってご紹介いたします。

Francis H, Steven
doi: 10.1016/j.appet.2012.12.018. son R.
The longer-term impacts of Western diet on human cognition and the brain.
Appetite. 2013 Jan 3.
pii: S0195-6663(12)00514-4.


1)脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor;BDNF)

 BDNFが何かをご説明する前に、まずひとつ質問です。私たち人間の脳とコンピューターは何が違うのでしょうか。コンピューターは情報処理が早く、記憶容量も驚異的ですよね。一方、私たちの脳は、コンピューターに比べてスピードが遅く、すぐに忘れてしまいます。ところが、脳にはコンピューターにない「知能」があります。脳には千億ともいわれる神経細胞がありますが、これらの神経細胞はシナプスと呼ばれるつなぎ目を介してネットワークを作り、膨大な情報の処理・記憶を行っています。脳がコンピューターと違うのは,発育期に脳や神経細胞が育つ過程で、さらに成熟した大人でも、この神経ネットワークが変化しうる点です。これをシナプスの可塑性と言います。ですから私たちの脳は、コンピューターよりはるかに柔軟性があり、次々と入ってくる情報を、自分の経験などから状況に応じて判断できるのです。

 さて、このように私たちの学習や記憶の基礎であるシナプスの可塑性にとって、重要な栄養となるのがBDNFです。BDNFは、記憶や学習能力を司る海馬※4や大脳皮質に豊富に存在し、脳内の神経細胞の成長を促したり維持したりする作用をもつタンパク質です。さらにこのBDNFは、食欲を抑え、エネルギーの代謝を亢進する作用を持つことも分かってきました。ところがHFS dietは、動物モデルにおいて 海馬のBDNFを減らすことが報告されています。HFS dietが人間にも同じ影響を与えるのかどうか、まだ確認はされていませんが、今後の研究成果が注目されます。

2)酸化ストレス

 酸素は私たちの生命を維持するために不可欠ですが、呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部は不安定で、活性酵素※5やフリーラジカル※6になります。活性酵素は諸刃の剣であり、その強い酸化力で、体内に侵入したウイルスや細菌を退治する際に免疫系に重要な働きをする一方、過剰になると酸化ストレスとなり、健康な細胞まで酸化させて老化やがん、動脈硬化などの引き金となります。

 いくつかの動物実験で、HFS dietが血糖を上げることが報告されていますが、血糖が慢性的に高いと活性酵素が上昇します。さらに、脂質もフリーラジカルを生成し、細胞に損傷を与えます。つまり、糖質や脂質の多い食事は酸化ストレスを増加させるということです。実際、HFS dietによる酸化ストレスの増加や認知障害との関連が、複数の動物実験から報告されています。加えて酸化ストレスは、アルツハイマー病※7やパーキンソン病※8などの神経変性疾患の病因とも考えられています。

3)神経炎症

 食品には、魚油のように抗炎症作用があるものと、逆に炎症作用のあるものがあります。炎症作用を起こす食品を摂り続けると、徐々に脳などの組織を傷つけると考えられています。実際、肥満の人は痩せている人にくらべて、炎症性マーカー※9が上昇しています。これまでの動物実験で、飽和脂肪の多い食事が、体や脳の炎症反応を増やすことが証明されています。また、食事による炎症反応は、大脳皮質のBDNFの低下とも関連づけられています。

4)血液脳関門

 血液と脳のあいだには「血液脳関門」※10と呼ばれる関所があります。ここでは、血液中の物質を脳へ簡単に通さないようにして、脳を毒物から守る働きをしています。ところが血液脳関門は、代謝や栄養因子に対しては"隙"があるため損傷が起こります。例えば、中年期にBMI※11の高い(体重過多~肥満の)人たちは、24年後に血液脳関門の障害が生じることが報告されています。ラットの実験では、高脂肪•高コレステロール食を6ヶ月間与えると、海馬の血液脳関門の透過性が増加する(=関門としての機能が低下する)原因となりました。さらに、飽和脂肪酸の高い食事が、ラットの海馬と血液脳関門の機能を変化させることも報告されています。

5)食欲

 HFS dietが食欲の調節に影響し、影響されることも示されています。一般に、食事の量の増減の決定には、いつ、どのくらい食べたかという記憶が、大切な役割を果たしています。ですから例えば逆に、両側の海馬に損傷のある健忘症の患者さんの場合、食後10〜30分後、食事をしたことを忘れて再び食事をしようとしていました。また、前頭葉※12の障害による痴呆の患者さんは、摂食量の増加がよく見られます。正常体重の男性による実験では、 空腹よりも満腹時に、前頭前野※12の血流が増加しました。前頭前皮質や海馬の機能は、脳のネットワークの一部として、食欲に関与しているのです。このことから、次のような悪循環がおこります。

HFS dietの摂取は、BDNF、酸化ストレス、神経炎症や血液脳関門に作用します。
⇒それらの作用は、前頭前皮質や海馬に影響します。
⇒前頭前皮質や海馬は、記憶や認知に影響します。
⇒前頭前皮質や海馬は、食欲やエネルギー規制にも影響します。
⇒そして、HFS dietの摂取が増加します。
⇒するとさらにBDNF、酸化ストレス、神経炎症や血液脳関門に作用し・・・

 これは、2005年にデビットソンらによって提案された、肥満の"悪循環"のモデルと一致しています。物忘れや太り気味の予防・解消に、食事の改善をしてみませんか? 悪循環から脱出するには、一歩踏み出す勇気が必要です。でも、まず今日の食事をHFS dietから、バランスの良い食事に変えてみて下さい。積み重ねていくと、いつの間にか新しい自分を発見できますよ!

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