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牛乳とがん
今回は、食生活が豊かになった日本人には珍しく不足しているカルシウムの大事な補給源、「牛乳」の、ちょっと心配な話です。
大西睦子の健康論文ピックアップ4
大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。
ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。
今回の話題は、『牛乳や乳製品とがんの関係』です。
牛乳や乳製品は、カルシウム、リン、マグネシウム、タンパク質、脂溶性ビタミンを含み、古代から人間の健康を支えてきました。近年では技術の進歩によって様々な種類の牛乳や乳製品が開発され、より多様な食習慣やニーズに応えてきました。しかしながら、米農務省のデータによると、1980年の米国民1人あたり年間の牛乳や乳飲料の消費が28.5ガロン(107.9リットル)であったのに対し、2009年は23.5ガロン(88.9リットル)となっており、牛乳や乳製品の消費量は減少傾向にあります。
その理由の一つは、「牛乳や乳製品の消費と、ある種のがんのリスク上昇には、何らかの関係があるのではないか」という可能性です。何より、乳製品は「インスリン様成長因子1」(insulin-like growth factor 1、IGF-1)※1というホルモンを含み、このIGF-1が、前立腺がんや乳がん等の発症の危険性を上昇させるという報告が出されています。
今回ご紹介する論文は、様々な国の研究グループが今日までに発表してきた『牛乳や乳製品とがん』に関する報告を再調査したものです。
Evaluating the links between intake of milk/dairy products and cancer.
Chagas CE, Rogero MM, Martini LA.
Nutr Rev. 2012 May;70(5):294-300.
結論から言えば、1日あたり大きめのコップ3杯 (240ml×3杯)までの牛乳・乳製品は安全で、がんの発症は増えないことが示されました。さらに著者らは今回の再調査に基づき、牛乳や乳製品を摂るのであれば、発酵乳、ヨーグルト、低脂肪の乳製品を選ぶよう推奨しています。ただし気になるのは、牛乳の生産を上げるために遺伝子組み換え牛成長ホルモン (recombinant Bovine Growth Hormone: rBGH)※2を使用した牛から採れた牛乳は、IGF-1の濃度が非常に高いことです(それについては最後に検討します)。
牛乳には、IGF-1をはじめとする様々な生理活性物質(ホルモン)※3が含まれています。私たちが牛乳を摂取すると、牛乳の一成分であるカゼインが、IGF-1が小腸から吸収されるのを促進します。摂取量にもよりますが、牛乳を飲んでから、IGF-1の血清※4濃度は成人で10%〜20%、子どもは20%〜30%増加すると言われています。血液中に入ったIGF-1は肝臓や他の末梢組織(筋肉、骨、腎臓、神経、皮膚や肺の細胞)に働きかけます。この細胞レベルでのGIF-1の「働き」について、ざっとご説明します(論文ではFigure1に示されています)。
IGF-1(論文では緑色の楕円で表現)はまず、細胞の膜にある受容体に結合します。この結合によって細胞内に様々な信号が伝わり、最終的には三つの現象(論文では赤い四角で表現)、すなわち「細胞増殖(Cellular proliferation)」と「蛋白質の合成(Protein synthesis)」が促進され、「細胞死(Apotosis)」が抑制されます。要するにIGF-1は、細胞の成長や分裂を促進し、細胞死を抑制している、私たちの健康維持や成長に非常に重要なホルモンと言えます。しかし、IGF-1を過剰に摂取すると、異常な細胞増殖、すなわちがん化につながると考えられます。
著者らは、これまでの研究報告をまとめ、牛乳や乳製品と膀胱がん、前立腺がん、乳がん、大腸がんの発症リスクとの関係を再評価しました。その結果は次のようなものです。
●膀胱がんは、1日あたり大き目のコップ(240ml)3杯の牛乳や乳製品の摂取なら安全で、発症の危険性は増えないと述べています。それどころか、乳製品の摂取によって、膀胱がんの予防効果があることを示している報告までありました。
●ちなみに、脂質の役割や無脂肪・低脂肪の乳製品等の情報が欠如しているものの、オランダで行われた研究結果によるとバターの摂取は膀胱がんの発症に関与しているとのことです。
●前立腺がんはこれまで、牛乳や乳製品によって発症リスクが高まると言われていましたが、実際の危険性は少ないと結論づけています。
●乳がんに関しては、牛乳や乳製品の接種と発症リスクの間には負の相関がある、つまり、むしろ牛乳や乳製品の接種が発症の危険性を下げる効果があると論じています。(しかし、牛乳の脂肪摂取が増えると乳がんの発症は増える傾向にあります。また、ヨーロッパのコホート研究※5で、閉経前の女性において、バターの消費量が乳がんの発症に影響したという報告がありました。)
●大腸がんも、牛乳や乳製品の摂取によって、発症が減少しています。
以上から、今回の調査の結果、著者らは、牛乳や乳製品の消費量は前立腺がんのリスクを増加させることはなく、膀胱がん、乳がん、大腸がんの発症を防ぐと結論づけています。
しかし、今回の論文では、深く触れていない大きな問題があります。それは、遺伝子組み換え牛成長ホルモン(rBGH)の問題です。現在、アメリカの牛の約3分の1が、rBGHを投与されているといわれています。rBGHを投与すると、乳牛の成長が早まり、牛乳の生産量が増えます。しかし、rBGHを注射された牛は乳腺炎になりやすく、抗生物質を投与されます。従って、牛乳に抗生物質や膿汁が混ざる可能性があるのです。さらに、rBGHを投与された牛乳にはIGF-1が非常に高レベルで含まれています。過剰なIGF-1の摂取により、乳がん、前立腺がんの発症やホルモンバランスに対する悪影響が報告されています。
アメリカには、rBGHが入っている牛乳や乳製品がたくさんあります。アメリカは先進国で唯一のrBGH認可国であり、現在アメリカではrBGHの使用に対する反対運動が起こっています。ちなみに日本、EU全国、カナダ、オーストラリアなどでは、rBGHの使用は禁止されています。しかし残念なことは、rBGHの表示が義務付けられていないため、輸入された乳製品や牛肉の状況はわからないことです。
今回の論文では、著者らは、牛乳や乳製品の消費量は前立腺がんの発症リスクを増加させることはなく、膀胱がん、乳がん、大腸がんの発症を防ぐと述べていますが、牛乳や乳製品の質により、この結果を単純に鵜呑みにはできないと思います。実際、食生活の欧米化に伴い、私たちの病気の傾向が変化しているからです。私は、今後、この問題を慎重に考えていくべきだと思います。