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中国の食料問題、供給から安全性へ その2

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先週に引き続き、中国の食糧問題です。今回は私たち日本人、そして世界中の人々のの健康にも直結する、安全性の話。外食や加工食品を全く口にしないことは、現代日本人にはなかなか難しいはずですから、誰にとっても他人事ではないですよね。我が身そして家族の命にも影響しかねない問題です。

大西睦子の健康論文ピックアップ77

大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。

大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

中国の急速な産業発展と近代化がもたらした食料供給と安全性への重大な影響について、前回から『ランセット』に掲載された論文をご紹介しています。前回は食料供給の問題を取り上げました。今回は安全性に焦点を当てたいと思います。

Hon-Ming Lam, Justin Remais, Ming-Chiu Fung, Liqing Xu, Samuel Sai-Ming Sun
Food supply and food safety issues in China
The Lancet, Volume 381, Issue 9882
doi:10.1016/S0140-6736(13)60776-X


●問題は、食料供給の懸念から食品の安全性へのシフト

急速に成長する中国経済において、問題は食料供給から安全性へと徐々に変化しています。中国の国内総生産(GDP)※1は世界経済の11.8%を占め、2011年には7•3兆米ドルに達しました。中国全土で生活水準は上昇し、一人当たりの収入は1990年から2008年の間に9倍に増加、食品や食生活に大きな影響を与えてきました。

中国のエンゲル係数※2は、1978年には57.5%(都市部)、67.7%(農村部)だったのが、2011年には36.3%(都市部)、40.4%(農村部)へと改善しました。ちなみに日本のエンゲル係数は、総務省統計局のデータによると、戦後は50%を超えていましたが、2012年には23.5%に低下しています。比べると、中国のエンゲル係数は依然高い状況にあることが明らかです。

さらに、食品が営利のための商品として広く認識されるようになってしまったために、違法行為事件が後を絶たず、食品の安全性に対する国民の信頼を損なってきました。中国で行われた2011年の意識調査では、中国人が最も心配な安全問題について、公共の場の安全性、交通の安全性、健康、環境の安全性を抜いて、食の安全性が第一位にランクされました。


●中国における食品の安全性の問題

中国では過去10年間に2万件弱の食中毒事件が公式に報告されました。例えば2012年に報告された6685事件の内訳としては、ウイルスや細菌などによる微生物汚染(56.1%)が最も多く、次いで有毒な動植物(14.8%)、農薬や産業廃棄物、違法添加物などによる化学物質汚染(5.9%)と続きました。

他国の食品安全性の問題報告と同様に、過少報告が多く、実際の件数は報告よりはるかに多いと考えられます。ただし、報告件数は、米国のような高度工業国からの報告よりも少ない状況です。

また、汚染は、食品製造プロセスの様々な段階で発生します。第一次生産分野では農薬、肥料、農薬、抗生物質によって、また畜産・酪農業では抗寄生虫薬の不適切な使用から、食品の危険な化合物汚染につながります。一方、最適でない貯蔵•輸送から、有害微生物などの毒素による汚染につながる可能性があります。食品加工における不法な添加剤の使用が、食品を汚染する可能性があります。 以下、もう少し掘り下げてみましょう。


●水の問題:

水は食料の生産や準備、処理に欠かせませんが、中国での食中毒(食品媒介疾患)は主に、清潔な水の不足に起因しています。1988年に上海で報告されたA型肝炎※329万2301例の原因は、未処理の下水で汚染された場所から採取した生貝の消費でした。

食料生産に使用される水の汚染から食中毒が発生した経験を持つのは中国だけではありません。2005年にスウェーデンで大腸菌O-157※4が発生、さらに遡って1994年には英国でウイルス性胃腸炎が発生しています。は、先進国からの重要な報告例です。しかし中国は水質管理と衛生設備がかなり遅れた発達段階にあるため、食料供給へのリスクもはるかに大きいのです。食料生産のほとんどを賄っている農村部の約3分の1は、改善された衛生設備へはアクセスできません。その結果、寄生虫などで水が汚染されます。

一方、化学物質による汚染は、農地と淡水供給の双方にとって大きな脅威です。産業施設が急速に発展した農村部では、多くの場合、それらは農地に隣接していて、産業廃棄物による汚染が問題になります。


●重金属の問題:

重金属などの産業廃棄物によって土地が汚染されることによる、食品の安全性の問題が深刻です。例えば、重金属カドミウム※5による土壌や水の汚染が農産物を汚染する可能性があります。重金属汚染された農作物を消費すると、腎不全※6や骨粗しょう症※7、様々ながんのリスクが増加する可能性があります。

食品および環境を通じたカドミウム汚染による死亡例が、中国で報告されています。2007年に報告された、中国の南京農業大学の調査では、6つの農業地域から米のサンプルを集めたところ、10%がカドミウム※7で汚染されていました。また、2008年に中国南部の市場から収集された米のサンプルのフォローアップ調査では、サンプルの70%が国家食品安全基準を超えたカドミウムレベルを示しました。福建省の沿岸地域の別の調査では、米のサンプルの16%以上が鉛の安全基準を超え、11%以上がカドミウムの安全基準を超えていることが示されました。

ただし、重度の重金属汚染は、国内の重要な工業地域数カ所に限定されている可能性があります。中国疾病対策センターが実施した鉛に関する分析では、主に穀物や野菜を通じて食事から検出された鉛の中央値※8は、2007年には2000年よりも下がっていたのですが、2007年に最も高レベルだったグループでは、鉛の値そのものは猛烈に増加していました。これは、特定の地域がひどく汚染された可能性を示唆しています。


●農薬・化学肥料の問題:

特定の農薬や化学肥料の使い過ぎや誤使用も問題です。中国は現在、世界最大の農薬生産国であり輸出国となっています。農薬の過度の使用は残留農薬の問題を引き起こし、実際、中国では重度の中毒事件が報告されています。


●抗生物質の問題:

動物性食品中の動物用医薬品の残留も問題です。特に、動物飼料に混入する形での抗生物質の乱用が横行しています。、現在、中国家庭の食卓で動物性食品の消費が増加しており、それを満たそうとして生産量を安定確保する目的で安易に行われているのです。この問題は中国の国境を遠く越え、地球規模で健康を脅かすものです。


●違法添加物の問題:

違法な添加剤の使用が多く発生し、深刻な食品の安全性を損なう深刻な問題となっています。公衆衛生上の危険、食品業界の社会的不信、そして規制制度に対する国民の信頼の喪失につながります。


中国政府は、法を改正し、モニタリング•システムを確立して食品安全規制の強化に取り組むことを決意しましたが、具体的な実施にはまだまだ問題が山積しているようです。

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