全国の基幹的医療機関に配置されている『ロハス・メディカル』の発行元が、
その経験と人的ネットワークを生かし、科学的根拠のある健康情報を厳選してお届けするサイトです。
情報は大きく8つのカテゴリーに分類され、右上のカテゴリーボタンから、それぞれのページへ移動できます。

濃い塩味がまずい理由

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

健康維持のための食事として、一般的にも「低塩」が言われますよね。もちろん本能的にも、極端にしょっぱすぎる食べ物は口に入れてすぐ体が拒否反応を示すものです。味を私たちはどうやって感じ取っているのか・・・?実はその道筋は1つではないらしいのです(奥が深い・・・)。

大西睦子の健康論文ピックアップ29

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

↓↓↓当サイトを広く知っていただくため、ブログランキングに参加しました。応援クリックよろしくお願いします。

 私たちの味覚には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの基本味があります。基本味の受容体は、主に私たちの舌にあります。2000年以降、味覚の受容体が次々と発見され、これまでに甘味、うま味、苦味受容体が遺伝子レベルで同定されました。一方、酸味と塩味を感じるのは、イオンチャネル※1と考えられていますが、受容体はまだ不明です。

 ところで、私たちの味覚は、28週くらいの胎児期に発達してきます。胎児期の赤ちゃんは母親の子宮の羊水の中で生活をしていますが、この頃に羊水を飲み始めるのです。羊水にはもともと少し甘みがあります。昔行われた研究から、この羊水に甘みを加えると胎児が羊水をたくさん飲むことが分かっています。逆に、嫌な味、苦味を加えると、胎児は羊水を飲まなくなり顔をしかめることもわかっています。

 生後、子供たちは、成長とともに嗜好を形成していきます。離乳後、子供は自分で食べ始めますが、新しい食べ物に拒否反応を示し、少なくとも繰り返し10回以上経験して、ようやく受け入れると言われています。例えば酸味のある食べ物は、経験の少ない子供たちは本能で腐った食べ物と思い、不快を感じます。また、苦みのある食べ物は毒だと思い、飲み込めず、思わず口から出してしまいます。ところが一方、私達は甘いものが大好きなのです。甘みイコール本能的に体にエネルギーと喜びを与えてくれる食べ物と知っていて、積極的に取り入れようとします。同じように、私たちはうま味にも魅了されます。

 さて塩味はどうでしょうか?塩分※2は濃度によって反応が変わるのです。少なめの塩味(100 mM※3以下の塩分)には魅了されますが、濃すぎる塩味(300 mM 以上の塩分、ちなみに海水は約500 mM の塩分)には嫌悪感を感じるのです。例えば、海水の高濃度の塩分を摂取すると、極度の脱水状態、腎不全※4や死亡につながります。高濃度の塩味を嫌悪することで、命を守っているのです。

 先日、ニューヨークのコロンビア大学の研究者らが、動物モデルを使って、高濃度の塩味を舌がどのように感じているかを発見し、『Nature』誌に掲載されました。

Yuki Oka, Matthew Butnaru, Lars von Buchholtz, Nicholas J. P. Ryba & Charles S. Zuker
High salt recruits aversive taste pathways
DOI: 10.1038/Nature11905
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature11905.html

 研究者らは、濃い塩味の受容体が存在すると予想し、その受容体を探していました。そうしている過程で、ワサビやカラシの辛味成分であるアリルイソチオシアネート(allyl isothiocyanate ;AITC)※5が、少なめの塩味の反応には影響を与えない一方、濃い塩味の反応を抑えることが分かったのです。面白いことに、AITCは濃い塩味だけではなく、苦味の反応も抑えていることが分かりました。そこで著者らは、濃い塩味の受容体ではなく、苦味の受容体が濃い塩味を感じているのでないかと考えました。そして研究者らは、細胞内でカルシウムイオンと結合すると光り方が変化する緑色蛍光タンパク質を用いて、苦味に反応している細胞が濃い濃度の食塩にも反応していることを確認したのです。

 次に著者らは、もし苦味の受容体が濃い塩味も感じるのであれば、苦味を感じることができないマウス(苦味受容体をノックアウト※6したマウス)は濃い塩味を感じず、濃い食塩水を飲むと考えました。ところが、マウスに濃い食塩水飲ませたところ、予想に反して、マウスは濃い食塩水を嫌がったのです。さらに、同じように、酸味を感じることができないマウス(酸味受容体をノックアウトしたマウス)に濃い食塩水を飲ませたところ、マウスは濃い食塩水を嫌がりました。

 にもかかわらず、苦味も酸味も両方感じることができないマウス(苦味と酸味受容体のダブルノックアウトマウス)は、濃い食塩水を喜んで飲んだのです。つまり苦みと酸味の経路のどちらかを感じなくなると、高濃度の塩味への嫌悪感は、減少しますが排除まではされません。ところが、苦みと酸味ともに感じられなくなると、濃い塩味への嫌悪感がなくなるのです。このことから、濃い塩味の受容体の正体は、苦味と酸味の受容体であるようです。

 味覚の受容体に関しては、分からないことがまだまだたくさんあります。最近、甘み、苦みやうま味の味覚受容体は、舌だけではなく、胃、腸や膵臓にもあることが報告されました。これらの腸にある甘みの受容体は、舌のように「甘さ」を感じているのではなく、糖分の吸収をコントロールし、インスリンの分泌や食欲をコントロールするホルモンの調整をしていると考えられています。味覚は私たちの食欲に直結しますから、今後の展開が楽しみですネ!

1 |  2 
  • 患者と医療従事者の自律をサポートする医療と健康の院内情報誌 ロハス・メディカル
月別アーカイブ
サイト内検索