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社会的関わりと認知症リスク
今回もホノルル・アジア加齢研究から、中年期および晩年期での社会的関わりと晩年期での認知症リスクとの関連を調査した結果の報告(*1)です。中年期での社会的関わりの多い少ないは晩年期の認知症とは関連がなく、晩年期での社会的関わりが認知症リスクと関係あること、中年期から晩年期で社会的関わりが低下するとリスクが高まることが分かりました。
The Effect of Social Engagement on Incident Dementia
The Honolulu-Asia Aging Study
Jane S. Saczynski, Lisa A. Pfeifer, Kamal Masaki, Esther S. C. Korf, Danielle Laurin, Lon White, and Lenore J. Launer
Am. J. Epidemiol. (1 March 2006) 163 (5): 433-440. doi: 10.1093/aje/kwj061 First published online: January 12, 2006
川口利の論文抄訳
発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。
中年期および晩年期における低レベルの社会的関わりが認知症発症リスクと関連するのかについて、ホノルル心臓プログラムおよびホノルル・アジア加齢研究の一部として1965年から追跡調査をされてきた2,513人の日系アメリカ人で調査した。1991年に認知症評価が開始され、1994年および1997年に222人の認知症発症診断がされた。社会的関わりについては、中年期の1968年と晩年期の1991年に評価された。社会的関わりと認知症リスクとの関係は、比例ハザードモデルによって調査された。中年期における社会的関わりは、認知症との関連がなかった。晩年期においては、晩年期で社会的関わりが最も高かった四分位群との比較で、最も関わりが低かった群は有意に認知症リスクが高くなり、ハザード比は2.34(信頼区間 95% 1.18~4.65)となった。しかしながら、中年期および晩年期の両方において社会的関わりが最も高かった群と比較すると、中年期から晩年期に社会的関わりが低下した群においてのみ認知症リスクが高まり、ハザード比は1.87(信頼区間 95% 1.12~3.13)となった。晩年期における社会的関わりが低いことは認知症リスクと関連はあるが、晩年期における社会的関わりのレベルは、認知障害過程により加減されてきているかもしれず、認知症の前駆症状と関連があるのかもしれない。
●背景
高齢者の神経疾患に関する前向き研究であるホノルル・アジア加齢研究は、対象者が45~60歳だった1965年に日系アメリカ人コホートへの追跡調査を開始したホノルル心臓プログラムの延長である。対象者の96%がまだ仕事を持っていた1968年に社会的関わりに関する調査がされ、類似した社会的関わりに対する調査が、95%が退職した1991年にも実施された。
中年期または晩年期における社会的関わりレベル単独での認知症リスクとの関係を評価するのみならず、本研究では、晩年期における社会的関わりが低くなることへの軌跡をより理解するために、社会的関わりにおける変化を調べた。中年期から晩年期での社会的関わりの低下は、認知症に関係する明確な過程を反映しているのかもしれず、それは、中年期においても晩年期においても社会的関わりが低い場合とは異なるのかもしれない。常に社会的関わりが低いことは、代謝特性、ないしは性格類型のような構成概念を反映するものかもしれない。長期間にわたるストレスへの曝露は認知症リスクを高めるのであり、社会的関わりがストレスを軽減するかもしれないこと、中年期と晩年期でずっと社会的関わりが低い人は長期間ストレスをひき起こす状態に晒されていることが仮定されるのである。
本研究では、中年期および晩年期での社会的関わりを、人と人とのつながりおよび社会的活動への参加を維持することと定義し、高齢者の地域密着型コホートにおいて認知症発症リスクと関連があるのかどうかを調査した。さらに、中年期から晩年期での社会的関わりの変化が認知症リスクに対して与える影響も調べた。
●方法
(1)対象者
ホノルル心臓プログラムコホートは、登録時の1965年にハワイのオアフ島に居住していた、1900~1991年生まれの日系アメリカ人を対象とした。ホノルル心臓プログラムの一部として1965年、1968~1970年、1971~1974年に実施された中年期での3度の検査は、臨床的および人口統計学的情報の収集が含まれていた。1991年に、ホノルル心臓プログラムの延長としてホノルル・アジア加齢研究が開始された。この検査には、ホノルル心臓プログラムコホート生存者の80%にあたる3,734人が参加した。引き続いての検査は、1994年と1997年に実施された。
(2)認知機能および認知症の評価
認知症は、1991~1993年の検査4、1994~1996年の検査5、1997~1999年の検査6で、多段階手順を用いて実施した。全対象者に100点法のCognitive Abilities Screening Instrument(CASI)が実施された。1991年の検査時には、CASIと年齢によって、認知症評価のためのサブグループ識別を行った。1994年と1997年の検査時には、教育水準によって調整を加えた境界点を使い、教育水準の低い対象者は77点、教育水準の高い対象者は79点、あるいは9点以上の得点低下、によって認知症検査のためのサブグループ識別を行った。臨床的認知症評価には、神経心理学的組み合わせ検査・神経学的検査・代理人との面談が含まれた。認知症の基準に適合した対象者は、認知症の型診断のために神経画像検査と血液検査を受けた。診断は、研究担当神経科医と、老人病学および認知症に関する専門知識を有する少なくとも2人の本研究担当医による総意で決定された。認知症診断は「精神障害の診断と統計の手引き-改訂第3版」基準、アルツハイマー病診断は「国立神経疾患・伝達障害研究所、および脳卒中/アルツハイマー疾患・関連疾病協会」基準、血管性認知症は「カリフォルニア州アルツハイマー病診断・治療センター」基準が、委員会での診断に用いられた。検査5で123人、検査6で99人が認知症発症と診断された。認知症診断を受けた222人中、134人がアルツハイマー病、47人が血管性認知症、41人が他の型の認知症であった。
(3)社会的関わりの評価
1 中年期での社会的関わり
中年期での社会的関わりは、認知症診断の平均27.5年前となる、1968~1970年の検査2で評価された。他の研究で用いられているのと類似した社会的関わりの5指標を用いた。
①婚姻状況(0=独身、1=既婚)
②生計状況(0=独居または配偶者とのみ生活、1=拡大家族と生活)
③社会的・政治的・地域的グループへの参加(0=毎週より少ない、1=毎週またはそれ以上)
④同僚との社会的行事への参加(0=毎週より少ない、1=毎週またはそれ以上)
⑤親友関係の存在(0=ない、1=ある)
5指標すべての得点を合計し、中年期での社会的関わりの合成指標とした。合成指標の標本内分布に基づき、以下のように分類した。
①低い(人とのつながり0~1、12%)
②少し低い(人とのつながり2、26%)
③少し高い(人とのつながり3、22%)
④高い(人とのつながり4~5、10%)
社会的関わりは、文化変容質問票の一部として中年期に評価され、コホートがいくつかの質問には否定的対応をしたため、当時の対象者特性と関係ない方法での質問票は中止された。このことにより、765人(30%)は中年期での社会的関わりのデータを有していない。
2 晩年期での社会的関わり
晩年期での社会的関わりは、認知症診断の平均4.6年前となる、1991~1993年の検査4でデータ収集がされた。5指標が評価された。
①婚姻状況(0=独身、1=既婚)
②生計状況(0=独居または配偶者とのみ生活、1=拡大家族と生活)
③社会的・政治的・地域的グループへの参加(0=毎週より少ない、1=毎週またはそれ以上)
④1カ月あたりの親しい友人との面と向かっての、または電話での接触回数(0=4回以下、1=5回以上)
⑤親友関係の存在(0=ない、1=ある)
5指標すべての得点を合計し、晩年期での社会的関わりの合成指標とした。合成指標に基づき、中年期でのグループ分けと同じように以下の分類をした。
①低い(人とのつながり0~1、11%)
②少し低い(人とのつながり2、27%)
③少し高い(人とのつながり3、32%)
④高い(人とのつながり4~5、30%)
3 中年期から晩年期での社会的関わりの変化
前述の通り、婚姻状況・生計状況・グループへの参加・親友関係の存在は、中年期と晩年期の両方で評価された。退職後に生じる社会的関わりの変化をより有効に反映させるため、中年期での同僚との社会的関わりは親しい友人との接触に置き換えられた。対象者は、社会的関わりが高まった・低下した・中年期でも晩年期でも変わらずに高かった・低かったかによって分類された。中年期でのデータが存在しない対象者については、晩年期での状態で分類し、データなし-低い・データなし-高いとした。
(4)共変数評価
認知症および社会的関わりと関連のある多くの因子で調整を加えた。比例ハザードモデルの時間尺度としての年齢と教育水準(0~8年、9~12年、13年以上)は、質問票により評価された。脳卒中歴および冠動脈心疾患歴は、1965~1997年までの継続的な退院監視と死亡記録監視により入手された。検査4では、身体障害と抑うつ測定がされた。身体障害は、日常生活動作の一つ以上に困難があるか、全くないかにより2分類にされた。抑うつ症状は、米国国立精神保健研究所うつ病自己評価尺度簡易版により測定され、9点以上の抑うつ状態ありか、抑うつ状態なしかに2分類された。アルツハイマー病の危険因子であるアポリポ蛋白E遺伝子型は、少なくとも一つのε4対立遺伝子を保有するか、保有しないかに分類された。
(5)分析標本
ホノルル・アジア加齢研究参加者3,734人中、226人は検査4で認知症を有しており除外されたため、3,508人となった。このうち、検査5以前に521人が死亡、359人は検査5に参加せず、115人は晩年期での社会的関わりデータがなかったため、最終標本は2,513人となった。
死亡者または脱落者と比較すると、残った人は、より若く79.2歳対76.8歳(P<0.0001)、CASI得点がより高く78.7点対87.1点(年齢補正P<0.001)、教育水準がより高く9.8年対10.9年(年齢補正P<0.001)、脳血管疾患がより少なく7.2%対2.6%(年齢補正P<0.001)、冠動脈心疾患がより少なく13.2%対9.8%(年齢補正P<0.001)、日常生活動作での支障がより少なく17.8%対3.9%(年齢補正P<0.001)となった。抑うつ傾向とアポリポ蛋白Eε4対立遺伝子保有者割合における差異はなかった。
中年期で完全なデータ保有者と比較すると、中年期での社会的関わりデータのない人は、検査4でのCASI得点が有意により低く87.1点対86.2点(年齢補正P=0.003)となったが、認知症率・年齢・教育水準・心血管疾患・冠動脈心疾患・身体障害・抑うつ・アポリポ蛋白Eε4状態での差異はなかった。
最終標本2,513人と比較すると、晩年期での社会的関わりデータがなかった115人は、検査4での年齢が有意により高く76.8歳対78.1歳(P=0.002)、CASI得点がより低く87.1点対85.9点(年齢補正P<0.001)となったが、認知症率や他のベースライン時特性における差異はなかった。
(6)データ分析
交絡因子で補正を加えた比例ハザードモデルを用いて分析した。認知症発症年齢は、認知症ではなかった最後の検査と、認知症診断がされた最初の追跡調査検査との間隔の中間点とした。死亡者または追跡調査検査への不参加者は、それぞれの最終評価時点で削除された。年齢と教育水準に加え、脳卒中歴・冠動脈心疾患歴・身体障害。抑うつ・検査4でのCASI得点・アポリポ蛋白Eε4で補正をした。
●結果
(1)中年期
社会的関わりの低い群は、関わりが高い群と比較すると、年齢が有意に高く、教育水準が高い分類に入る傾向が少なかった。平均CASI得点・脳血管疾患歴・冠動脈心疾患歴・身体障害・抑うつ・アポリポ蛋白Eε4状態における有意な差異はなかった。100人年あたりの認知症率は以下の通りとなった。
1 低い群 2.0
2 少し低い群 1.6
3 少し高い群 1.7
4 高い群 1.5
5 データなし群 1.7
(2)晩年期
社会的関わりの低い群は、関わりが中程度または高い群と比較すると、年齢がより高く、平均CASI得点がより低く、教育水準が高い分類に入る傾向が少なく、より抑うつ症状を示す傾向となった。脳血管疾患歴・冠動脈心疾患歴・アポリポ蛋白Eε4状態における差異はなかった。100人年あたりの認知症率は以下の通りとなった。
1 低い群 2.6
2 少し低い群 2.2
3 少し高い群 1.8
4 高い群 1.1
(3)中年期および晩年期でのハザードモデル
すべてで補正を加えたハザードモデルにおいて、中年期での社会的関わりと認知症リスクとの関連は存在しなかった。対照的に、晩年期での社会的関わりが最も低い群は、最も高い群と比較して、有意により高い認知症リスクとなった。また、晩年期での社会的関わりが低くなるほど、認知症リスクが高くなる有意な傾向が存在した。結果は、アルツハイマー病および血管性認知症の型による分析でも同様となった。信頼区間95%での中年期および晩年期のハザード比は以下の通りとなった。
1 中年期(P<0.001)
①高い群 1.0比較基準
②少し高い群 1.08(0.63~1.83)
③少し低い群 0.92(0.54~1.56)
④低い群 1.08(0.60~1.92)
⑤データなし群 0.98(0.59~1.65)
2 晩年期(P<0.001)
①高い群 1.0比較基準
②少し高い群 1.38(0.66~2.90)
③少し低い群 1.98(0.98~4.00)
④低い群 2.34(1.18~4.65)
(4)中年期から晩年期での変化
中年期と晩年期との間で、15%は社会的関わりが低下、32%は増加、12%はどちらでも高いまま。10%はどちらでも低いままとなった。
中年期と晩年期の両方で社会的関わりが高い群と比較すると、中年期から晩年期で関わりが低下した群は、認知症リスクが有意により高くなった。中年期と晩年期両方で関わりが低いままの群は、両方で高いままの群よりやや高い認知症リスクとなった。中年期から晩年期で社会的関わりが増加した群は、認知症リスク低下とは関連なかった。信頼区間95%でのハザード比は以下の通りとなった。
1 変わらず高い群 1.0比較基準
2 増加した群 0.93(0.56~1.54)
3 低下した群 1.87(1.12~3.13)
4 変わらず低い群 1.65(0.94~2.90)
5 データなし-低い群 1.38(0.79~2.44)
6 データなし-高い群 1.27(0.75~2.15)
●考察
本研究では、社会的関わりを人と人とのつながりおよび社会的活動への参加を維持することと定義し、高齢の日系アメリカ人男性における認知症リスクとの関連を調査した。晩年期においては、社会的関わりが低いほど認知症リスクが高くなったが、中年期での社会的関わりと晩年期での認知症との関連はなかった。中年期から晩年期で社会的関わりが低下した場合は、認知症リスクがより高くなり、晩年期での社会的関わりの低いことが認知症の前駆症状となるのかもしれない。
高齢者における認知症リスクを低下させるための臨床的介入を計画するにあたっては、中年期と晩年期両方での社会的関わりを考慮することが重要となる。余暇活動がアルツハイマー病に与える影響に関しての先行研究では、晩年期での人生経験と活動を高めるように設計された介入が、認知症リスクを低下させるかもしれないことを示唆している。本研究結果が、晩年期での社会的関わりでの介入を実施する研究者は、認知障害過程が既に社会的関わりを変えてきている可能性を考慮する必要のあることを示している。社会的関わりの中年期から晩年期での軌跡を考慮することが、晩年期に社会的関わりの低い人に関する識見を与え、認知症リスクの最も高い人たちに脚光を当てることになるかもしれない。