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極端なダイエット願望が自殺につながる危険

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 今回は少し趣向を変えて、ダイエットそのものより、その根底にある「自分の容姿へのコンプレックス」が病的に高まった状態(身体醜形障害)を扱います。多くにダイエット願望が見られるだけでなく、自殺未遂の率が非常に高いそうなのです・・・。

大西睦子の健康論文ピックアップ12

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

 私たちは誰しも自分の外観について、目が小さい、顔が大きい、鼻の形が悪い、足が太い、胸が小さいなど、多少なりとも何らかのコンプレックスがあると思います。ただし多くの場合、そうした外観の悩みがあっても、日常生活に支障をきたすことはありません。ところが、自分の外観についての悩みが病的に深まり、日常生活もままならなくなってしまうことがあります。「身体醜形障害」(しんたいしゅうけいしょうがい、Body Dysmorphic Disorder:BDD)と呼ばれます。

 身体醜形障害とは、一口に言えば、他人から見ればまったく問題が感じられないのに「自分の容姿が醜い」と苦悩する心の病です。毎日何時間も、自分の外観の美醜に関して考えるようになり、コントロールできなくなります。他人が「あなたの外観は、ぜんぜん問題ないですよ」と言っても、全く信じることができず、悲観的な考えから精神的苦痛を生じ、日常生活に支障が出ます。一種の心気症※1と考えられており、日本では「醜形恐怖」とも呼ばれます。仕事や学校にも行けなくなり、家族、友達から離れ、社会から孤立します。不必要な美容整形手術を受け、それで決して満足することはできず、最終的には自殺に至ることもあります。

身体醜身形障害の原因は不明ですが、生物学的要因と環境的要因が考えられています。

身体醜形障害者は、極端な低体重など偏ったボディーイメージを持っています。ボディーイメージとは、無意識あるいは意識的に抱く自分の身体像・容姿であり、それに対する自己評価や願望を伴います。男女差はありませんが、10代に発症することが多く、特に、自分の髪の毛、皮膚、鼻、胸、目、顔全体などにこだわりが見られ、それ以外にも、唇、脚、歯、顎など、様々な部分が対象となります。

 その結果、自分の醜いと信じている部分を化粧、衣類や帽子などで隠す、鏡で頻繁に自分の姿を見続ける半面、醜い自分の姿を見ないよう鏡を避ける、他人の外見と比較する、美容整形を求める、極端なやせ願望、皮膚のピッキング※2、過度の運動や着替えなどの症状が現れてきます。身体醜形障害者は、強迫性障害※3や社交不安障害※4、さらにはうつ病、摂食障害※5や統合失調症※6ともなります。

 アメリカにおける1995年の調査では人口の1%に身体醜形障害が見られるとされていますが、実際にはより多数の患者が推測されています。日本では1990年頃から増えています。また欧米では身体醜形障害は独立した専門分野として治療されていますが、日本では、強迫性障害や統合失調症の兆候として現れる症状と診断されているケースも多いようです。専門家による正しい診断と治療が必要です。

 今回ご紹介する論文は、米国ロードイランド病院とオーバーン大学の研究者による身体醜形障害と自殺の関係です。

The relationship between body dysmorphic disorder behaviors and the acquired capability for suicide. 
Witte TK, Didie ER, Menard W, Phillips KA,
Suicide Life Threat Behav. 2012 Jun;42(3):318-31. doi: 10.1111/j.1943-278X.2012.00093.x.


 著者らは、身体醜形障害と診断された14〜64歳の200人(68.5%は女性)を対象に、自殺の対人関係の心理学理論を利用して、自殺リスクと考えられる行動を調べました。著者らは特に、『物理的な痛みに耐える力が、死への恐れを軽減させる』という点に注目し、過度の運動、食物摂取制限、物理的な自傷、美容整形と皮膚ピッキングなど、物理的に痛みを伴う身体醜形障害に関連した行動と自殺未遂との関係を評価しました。

 対象者の78%は自殺を考えたことがあり、0~25回の自殺未遂があります。中でも、食事制限や過剰なダイエットをしている人は、自殺未遂の数が倍増しました。なお、身体醜形障害から食事制限をしている対象者のうち半分は摂食障害ではなく、また、摂食障害の症状をコントロールした後も食事制限と自殺未遂の関係は維持されました。摂食障害が自殺未遂の原因なのでなく、あくまで身体醜形障害が自殺未遂を引き起こしている、ということです。

 一方、身体醜形障害とされる中でも、過度の運動をした人は、過度の運動をしたことがない人に比べて自殺未遂者の数が半分以下でした。また過去の研究では、美容整形手術と自殺の関係も報告されていますが、今回の研究では自殺未遂のみを扱ったこともあってか、特段の関係は見られませんでした。身体醜形障害による食事制限が永きにわたるのと比べ、美容整形手術の苦痛は一過性であること、申し込んでしまえば手術そのものはあくまで受身の行為であることも、関係性が見られなかった理由かもしれません。

 このことから、今回の研究では、身体醜形障害からくる食事制限が自殺未遂の予測因子となり得ることが導かれました。

 研究者の一人、フィリップス博士は、次のような仮説を述べています。
「極度な食事制限は、私たちの自然な本能に反し、身体的苦痛を伴う。その苦痛に耐えていることで、自傷行為による痛みにも耐えることができるようになるのかもしれない。このことから、長期の極端な食事制限は、身体醜形障害者において自殺の予測因子になりうる」

 フィリップス博士は、国際的に有名な身体醜形障害の専門家です。博士らは認知行動療法※7の有効性を検討し、身体醜形障害の症状に合わせ、患者の考えや行動の変化に焦点を当てた実践的な治療法を開発、提供しています。また、博士らの精神療法では、患者との良好な関係の維持、適応能力の支持、自尊心の向上、感情の表現の確立に焦点を当てています。

 さらに共著者であるダイディー博士も、次のように結論づけています。
「身体醜形障害における美容整形や皮膚のピッキングなどの体の外側からの痛みはとても辛いものだが、極度なダイエットや摂食制限による苦痛のレベルに慣れると、そうした痛みも我慢できるようになる。つまり、極度なダイエットや摂食制限は、肉体的な痛みや不快感を我慢することを可能にし、さらに自傷行為による不快にも耐えることを可能にする」

 2009年の世界の自殺率ランキング(WHO)によると、日本は米国の約2倍で、韓国、リトアニアなどに続き第5位と世界的にもトップクラスです。なお、最近は韓国における自殺者が急増し、2009年の調査では人口10万人あたり28.4人、日本では25.8人と報告されています。

 日本の自殺者は14年間連続で3万人超。全体の自殺者数は上がり止まったものの、特に若者の自殺の増加が問題となっています。政府は今年の6月、2012年版「自殺対策白書」を閣議決定しました。若者の自殺の原因としては、特に就職難が原因と考えられています。

 ただ、気がかりは日本人の若い女性の著しい"痩せ願望"です。厚生労働省によると、若い女性では「痩せ」(BMI<18.5)※8の増加が著しく、20歳代女性で20年前の14.2%から23.3%に増加しています。のみならず、最近は若い女性だけではなく、若い男性の痩せ願望も増えています。特に、日本の若者における「痩せている=美しい』というイメージは非常に強く、「痩せて幸せになる」という願望が大きくなっています。

 ところが、痩せすぎは、骨粗鬆症※9、貧血や不妊などの様々な身体的な問題だけではなく、心に大きな問題を起こします。症状が強くなると、摂食障害により自殺を図る場合もありますし、死に至る場合もあります。

 何が「美」で何が「幸せ」か――。現在社会ではメディアなどの影響が非常に強いためでしょうか、表面的な追求に終始してしまうことが多いように思います。今後は、もっと深い意味での、真の「美」そして「幸せ」を追求していくべきではないでしょうか。

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