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睡眠のリテラシー38

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※情報は基本的に「ロハス・メディカル」本誌発行時点のものを掲載しております。特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員

 まともに仕事をこなすには、皆さんは少なくとも何時間眠らなければならないでしょうか。この最低限必要な睡眠時間は人によってかなり幅があります。一方、実際に眠っている時間は、この最低睡眠時間より幾分長くなると思われます。

 米国で行われた研究は,これら二つの睡眠時間の差に注目しました。55名の健康な参加者(平均31歳、男女比はほぼ同じ)は普段5.5~9(平均7.5)時間ほど眠っていました。それに対して、「睡眠が何時間を下回ったら、仕事に差し障りが出ますか?」という質問から求めた彼らの最低限必要な睡眠時間は2~10(平均5.7)時間でした。前者から後者を引き算すると、マイナス3時間~プラス5.5時間となり、平均では1.8時間でした。

 この差は本来マイナスになってはならないはずですが、一部の参加者ではそうなりました。このような一群はいわば毎晩、睡眠の借金をしているようなものです。逆に差がプラスである参加者はいわば毎晩、睡眠の預金をしているとも考えられます。

 実際の睡眠時間が最低限必要な時間より短い、あるいは長いということがどのような意味を持つのかを知るために、この実験では参加者の脳の状態を画像検査で調べました。その結果、睡眠の預金の度合いが大きいと、頭の前の方にある脳の神経細胞組織の体積も大きいということが分かりました。

 睡眠の預金と関連の認められた脳の部位は、他人の気持ちを理解したり、自分の感情を統制したりするという、人間関係を円滑にするための重要な働きを持っています。実際、他人に対する思いやりや共感、自分を信じる力や自制心、そして困難な状況でも上手に対処できる能力などを質問紙で測定したところ、先に述べた脳の神経細胞組織の体積が大きいほど良い成績であることも確かめられました。

 必要としている時間より長く眠るから脳の状態が(望ましい方向に)変化するのか、または脳がそもそも特別な状態であるから必要以上の睡眠をとりがちであるかは、この実験では分かりません。何より、最低限の睡眠時間といっても、それを決める基準は参加者の間でまちまちです。さらに、睡眠時間はいずれも本人からの申告に基づき、客観的に測定されたものではありません。

 このように多くの限界はありますが、最低限必要な睡眠時間よりどのくらい長く眠るかは脳の構造の違いに関連し、さらに気持ちの管理のうまさにも関連するというデータは次の研究につながります。

 我が国の睡眠時間は短くなり続けています。働く世代ではさらに短くなっています。それによって得になることがないわけではないでしょう。しかし、健康、生産性、人と人とのつながりなどの面からみて失うものが多ければ、結果として収支は赤字になります。睡眠の借金よりは、いくらかでも預金をしたほうが望ましいと思われます。

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