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過去がどうであれ、未来は必ず明るい!

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ボストン在住の大西睦子医師は先日の凄惨なテロ事件をごく間近に経験した一人です。しかし人は生きている限り、悲しく痛ましい出来事を経験したとしても、それを乗り越えていかなければなりません。時には生涯を通じて消えることがない心の傷を負ってしまうこともありますが、それほどのことでないならば、人には誰しも、過去の困難に打ち克つたくましい性分がもとから備わっているようです・・・。

大西睦子の健康論文ピックアップ38

大西睦子 ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

ハーバード大学リサーチフェローの大西睦子医師に、食やダイエットなど身近な健康をテーマにした最新学術論文を分かりやすく解説してもらいます。論文翻訳のサポートとリード部の執筆は、ロハス・メディカル専任編集委員の堀米香奈子が担当します。

「昨年はいい年だった?」、「来年はいい年になるかな?」。私たちは、過去の嬉しかったこと、悲しかったことなど、いろいろな経験を思い出して、次にどんなことが起こるのかを想像しますよね。


「流暢性(りゅうちょうせい)」とは、私たちが、情報を適切に、素早く、数多く処理し出力する能力・特性のことを示します。ミシガン大学のオブライアン氏は、この流暢性が、私たちが感じる幸福の鍵を握っていると考えました。オブライアン氏は、オンラインで「過去の経験、将来に起こりうることと、幸福についての認識」について質問し、5つの調査を行いました。この結果が先日、雑誌『Psychological Science』に報告されました。

O'Brien E.
Easy to Retrieve but Hard to Believe: Metacognitive Discounting of the Unpleasantly Possible.
Psychol Sci. 2013 Apr 4. PMID:23558549


一般に、私たちのポジティブな考え方や欲望、そして今までの成功体験は、日々の行動における選択の際の道案内として、非常に有用です。例えば、朝起きて「今日も職場に安全に通勤にする」といういつもの行動から、さらにもっと先の「日々の努力が成功につながる」という目標に至るまで、様々な見通しを導きます。未来の認識は、不快な経験よりむしろ楽しかった経験によって支配されているのです。実際、この考え方は2件のパイロット調査※で確認されています。


ところで、従来の理論では、「ポジティブなことをたくさん考えられる人は、少ししか考えられない人に比べて、幸せをたくさん感じやすい」、「ネガティブなことばかり考える人は、あまりネガティブに考えない人に比べて幸せを感じにくい」と考えられていました。ところが、今回の調査の結果から、実はそうではないことが判明しました。


まず興味深いことに、12のポジティブな経験を思い出すよりも、かえって、3つだけ思い出したほうが、幸せを感じるという結果になりました。同様に将来の予測についても、ポジティブなイベントを12挙げた人より3つ挙げた人のほうがより幸せな見通しとなったのです。ところが、ネガティブな経験では、この傾向は適用されませんでした。過去のネガティブな経験を12思い出すほうが3つ思い出すより幸せを感じ、さらには将来のネガティブなイベントを3つ考えるのと12考えるのとで、幸福の予測に差はありませんでした。


私たちは皆、もとより、自分には悪いことよりも良いことのほうが多く起きるものだと考えています。ただ、良い出来事をイメージしようと苦心してしまうと、かえって心象が悪くなって将来の幸福の見通しも下がってしまうのです。逆に、悪い見通しについては、状況を回避して考えて、そんなことは実際には起こらないと判断します。ですから、過去に良い出来事と悪い出来事の両方の瞬間を経験したにもかかわらず、私たちは将来良くなるだろうと想定するのです。


また、参加者が友人の将来を考えた時には、友人に悪い事は起こりえない、とまでは言いませんが、友人がネガティブな経験をしても、それが友人の幸せを導くと予測しました。


以上からいえるのは、流暢性の要はメタ認知ではないかということです。メタ認知とは、認知に対する認知のことです。「メタ」とは「高次の」という意味であり、私たちの思考、知覚、記憶や学習などの認知活動をより高い視点からとらえた認知を意味します。ですから、メタ認知能力とは、自分自身を客観的に見ることができる能力のことを指します。第三者的な視点から自分をモニタリングし、自分をコントロールする力といえます。私たちは、メタ認知的な経験で簡単に思考が回復し、多かれ少なかれ幸せをもたらします。私たちは、悪いことが起こる可能性があっても、多く見積もっているより実際にはたいした事はないので、将来的に幸せになるだろうと考えています。ポジティブとネガティブ両方の過去の出来事を思い出すものの、そこにメタ認知を経ることで、適切な判断が下されるのです。


ただし人の想像というのは、すごく簡単に処理され、回復するものなので、ポジティブに想像するかネガティブに想像するかで、その対象をどう解釈するか、心象に違いが出てしまいます。ですから、心が満たされている時には物事が簡単に感じたり、あるいは心に不満がある時には難しく感じたりしますよね。確かに、例えば昨年に起こった悲しい出来事をよく覚えていてネガティブになっている人は、もし実際幸せであっても、「私は幸せになれない」と考えがちです。それでも少したって心が落ち着けば、メタ認知を取り戻し流暢性を発揮して、将来に対するネガティブな考えはかなり希釈されるというわけです。


これらの結果から、私たちは、嫌なことがあっても、未来は明るいと考える流暢性を備えていて、幸せの量より質が、より多くの幸福をもたらしてくれることがわかりました。私は、この論文を読んでいて、ふとモーリス•メーテルリンクの『青い鳥』の「なんだ、あれが僕たちのさがしている青い鳥なんだ。僕たちは、ずいぶん遠くまでさがしにいったけど、ほんとうはいつもここにいたんだ」という名言を思い出しました。嫌なことで落ち込んで、「どうして私だけこんなに不幸なんだろう」「みんなはすごく幸せそうにみえる」「たくさんの幸せが欲しい」と考えたことありませんか? 実は、本当の幸せは、私たちのすぐそばにあるのかもしれませんネ。

※詳細, 調査の企画段階で、必要なデータの収集のために実施される事前調査。予備的な調査。

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