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ノーベル賞の確率、宝くじの確率
駒村和雄の異論、反論(1)
兵庫医科大学非常勤講師(医学博士・総合内科専門医・循環器専門医)
2010年のノーベル化学賞を受賞したパデュー大学特別教授の根岸英一氏は、講演の中でノーベル賞受賞の確率について触れている(1)。彼の見積もりによれば、一千万分の1なのだそうである。一千万分の1の確率はよく落雷で死ぬ確率にたとえられる(2)。さらにまたロト7の1等の確率でもある(3)。彼は10の7乗分の1という確率の中味を分割していって、つまるところ聴衆にとって、勝算が全くないわけでないよ、努力と運でなんとか到達できる確率だよとのメッセージを送っているのだと筆者は解釈した。しかしまた、競争者10人の中でトップに立つレースに7回も勝ち続けるとのたとえ話を知って、到底たどりつけない数字にも思えた。
そんな高い確率をかいくぐった今年のノーベル医学生理学賞受賞の大村智氏や物理学賞受賞の梶田隆章氏の経歴を聞くと、すさまじい「競争」を勝ち抜いた一等賞というイメージとは違うように感じたのだが、読者諸兄はいかに思われただろうか。むしろ競争や先駆者がほとんどない未開の荒野に、自ら飛び込んで轍を刻んだ感がある。もてはやされるアカデミアの中枢ではなく、むしろ周辺で実績をあげて来られたことに筆者も驚き、感銘を受けた。顧みられない熱帯病(neglected tropical disease)や、誰もが怪しんだ幽霊粒子に、自身の人生を賭ける仕事を選んだという「選択」が、筆者には驚異的だった。彼らは「宝くじを買った」人たちだと思った。高輝度LEDの開発について、学会の中枢におられた西沢潤一東北大学名誉教授ではなく、研究の本流だったセレン化亜鉛をわざと避けて窒化ガリウムに賭けた中村修二カリフォルニア大学教授がノーベル物理学賞を受賞したのも、開発されたLEDの素晴らしさと共に、「選択」が評価されたのだろうか。
少ない確率は、よく宝くじを当てる確率にたとえられる。だが、ジャンボ宝くじの当選確率一千万分の1はあくまでも理論上の数字にすぎない(4)。発行された宝くじすべてが売り切れる場合の確率である。実際、宝くじ人口と言われる5592万人しか年末ジャンボ宝くじを購入しないのであれば、それが分母となり(5)、1等がその中に10~30本含まれるから、1人が1本買うという乱暴な設定で「実際の」確率は約500~200万分の1という計算になる。先述のごとくロト7であれば、1等の理論的確率は10,295,472分の1だった(3)。確認するため毎回の販売額をくじ1本の300円で割算すると、平均的な販売宝くじ数は751万本となった。1等が当たらなかったキャリーオーバーを除外すると、最近の連続50回中24回だけで1等が当たった。そして平均販売宝くじ数で割算すると「実際の」確率は約30万分の1となる。事象が起こった後からそれを眺めた数字なので、「理論的」確率とは当然意味合いが異なるのだが、結構大きな数字だなというのが筆者の印象だ。読者諸兄はどう思われるだろうか。
根岸先生によるノーベル賞受賞の「理論的」確率一千万分の1はきっと正しいのだろう。しかし実際に起こった受賞は、「競争」や「一千万分の1」とはかけ離れた気がするのは私だけだろうか。誰にも顧みられない、苦労ばかり多そうでうまくいきそうもない、地味な課題。地味でありながら、しかし、その隠れたインパクトは実は莫大で、多くの人たちに現在のみならず将来に渡って影響し続けるような課題。そんな課題に人生を賭けた「勇気」が評価されたのだろうか。
「勇気」の要る「ノーベル賞の宝くじ」を買う人はきっと少ない。購買者が少ないのなら、切り開く者が誰もいない荒地にチャレンジすれば、一等賞の「実際の」確率は一千万分の1より高くなるのかもしれない。未知の分野に切り込んでゆく事に、勝算が全くないわけではない、とも解釈できる。ただし同時に失敗の確率もかなりのものだろう。ともあれ今回は、米国の製薬大企業や、先駆者としてノーベル賞を受賞するような師匠たち「仲間」がいたから、「勇気」百倍だったのかもしれない。
参考文献
1.平成24年度東京大学学部入学式 祝辞
2.愛知県資料「落雷事故の防止対策」によれば、年平均落雷死亡者数(警察白書1994-2003)は13.8。日本の総人口で割り算すると約一千万分の1。米国国立気象局の統計では、米国の最近10年間の年平均落雷死亡者数は約31名。全人口を約3億人とすれば、約一千万分の1となる。
3.宝くじ公式サイトには理論的当せん確率1/10,295,472が紹介されている。1~37までの数字から7つ選ぶくじなので、組合わせが37C7 = 10,295,472通りとなるため。
4.くじの組が01~100組までの100通り 掛ける 番号が100,000~199,999番までの10万通りで、総計一千万通りとなるため。