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事前指示書が定着 日本でも普及可能
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内側から見た米国医療22
反田篤志 そりた・あつし●医師。07年、東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院での初期研修を終え、09年7月から米国ニューヨークの病院で内科研修。12年7月からメイヨークリニック勤務。
自ら意思決定できない状態に陥った時に、どのような治療を受けたいかを明確にしておく『事前指示書』、日本ではまだあまり普及していません。「日本人の死生観や文化には合わないから仕方ない」という意見もあると思いますが、私は同意しません。
米国で事前指示書が普及した第一の理由は、延命医療の進歩です。経管栄養や人工呼吸器などの発達で、意識がなくなっても"生き長らえる"手段ができました。第二の理由は、患者の権利の向上です。患者は自らの治療方針決定に、より主体的に参加するようになりました
これらの帰結として、"本人や家族の意思に反して"延命治療が施される例が出ます。1970年代に、カレンという名の21歳の女性が植物状態に陥りました。数カ月間人工呼吸器につながれ回復の見込みはなく、両親は人工呼吸の中止を求めます。しかし医師はこれを拒否。裁判となり、最終的には人工呼吸器の中止が認められます。この裁判を機に米国内で同様の事例が続き、患者が終末期の治療方針を決める権利の認知度は徐々に高まっていきます。91年には「患者の自己決定権法」が施行され、治療拒否の権利、事前指示書の有効性が保障されました。この法律は、事前指示書を作成してあるか、作成する意図があるかをすべての入院患者に確認するよう病院に義務づけています。
事前指示書の最大の効用は、恐らく残された家族に対するものです。本人の意思が確認できない状況では、家族は「なんとしてでも生き長らえて欲しい」と考え、本人に訊いた場合より積極的な治療を望む傾向があります。意思決定を代替することは、家族にとって大変な重荷であり、事前指示書の存在はそれを和らげてくれます。
一方で、米国でさえ事前指示書は十分浸透しているとは言えません。最近の調査では、実際に事前指示書を準備しているのは成人の4人に1人で、65歳以上に限っても約半数に過ぎません。「事前指示書が何か知らない」ことが、準備をしていない最多の理由です。また、終末期に関する話をしたことがある人も、約半数に留まっています。
「元気な時から死に際の話をするのは野暮だ」「死ぬ時のことを考えたことがないし、考えたくもない」「家族と話すのは憚られる」という人は米国にも多くいます。この多人種・多文化の環境において死生観は人それぞれです。上記の調査でも、より高度の教育を受け、年収が高いほど事前指示書を準備している確率が高いという結果が出ています。事前指示書を作成するには、終末期のことを考える余裕も必要なのでしょう。
事前指示書は文化や死生観からではなく、より現実的な要請から生まれています。そして、その要請の度合いは日米で大差ありません。したがって、日本でも事前指示書が普及する素地は十分にあるでしょう。事前指示書は、各々が考え、話し合い、答えを出すべき問題です。そして、それだけの時間と労力を使うに値すると私は考えます。