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がんとアルツハイマー病の関係

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 Framingham Heart Studyコホートで、がんとアルツハイマー病の関連を分析したところ、がんのある人はアルツハイマー病になりにくく、逆にアルツハイマー病のある人はがんになりくいという結果が出ました。

Inverse association between cancer and Alzheimer's disease: results from the Framingham Heart Study
Jane A Driver, assistant professor of medicine, Alexa Beiser, professor of neurology and biostatistics, Rhoda Au, associate professor of neurology, Bernard E Kreger, assistant professor of medicine, Greta Lee Splansky, director of operations, Framingham Heart Study, Tobias Kurth, director of research, Douglas P Kiel, professor of medicine, Kun Ping Lu, professor of medicine, Sudha Seshadri, associate professor of neurology, Phillip A Wolf, professor of neurology
BMJ 2012; 344 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.e1442 (Published 12 March 2012)
Cite this as: BMJ 2012;344:e1442

川口利の論文抄訳

発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。

●背景

 がん生存者はアルツハイマー病リスクが低く、アルツハイマー病を有する人はがんリスクが低いということを示すデータがある。パーキンソン病とほとんどのがんとの負の相関エビデンスは、今や確証的なものである。がんと神経変性とのつながりは、細胞周期の不適当な活性化や脱制御を含めて、いくつかの遺伝子や生物学的経路を共有するのでもっともらしいものとなる。これらの経路での信号伝達は、逆の終末点に至り、がんの場合は制御されていない細胞が激増し、神経変性の場合はアポトーシス細胞が死ぬことになる。アポトーシスの主要な調節機能であるp53や細胞周期調節と蛋白質フォールディング(*1)と二重の働きを有するPin 1のような蛋白質が、アルツハイマー病とがん両方の病態生理において鍵となる役割を担っているのである。これら二つの病気群間の生物学的つながりをさらに理解することが、既に新たな治療的視野を開いている。

 ある集団ベースコホート研究において、がん罹患者はアルツハイマー病発現リスクが43%低下し、アルツハイマー病有病者はがんにより入院するリスクが69%低下した。これらの結果は興味をそそるものではあるが、加齢性疾患における関係を確立するのは複雑であり、がんとアルツハイマー病の関連が真実であると結論づける以前に、いくつかの問題が処理されなければならない。重度の認知障害はがん症状のスクリーニングや報告が減ることにつながるので、アルツハイマー病の人においてより低いがん割合が、どの程度まで発症が低いことによるのか、あるいは過小診断によるのかを知ることは困難である。この理由により、ベースライン時に認識力に関して問題のないがん生存者においてアルツハイマー病の発症を評価するのが、より好ましい分析となる。ここで大きな問題となるのが、選択的死因であり、がん生存者のアルツハイマー病リスクがより低いのは、単に発現以前に死亡する傾向があるからかもしれないからである。先行する分析のさらなる限界は、アルツハイマー病より前だがベースライン時より後で発現したがん発症を分析から除外し、がん識別を自己申告または医療記録システムに依存していることにある。本研究では、がんとアルツハイマー病の関係を、対象者を頻繁に検査し、アルツハイマー病とがん両方において前向きな妥当性があり、50年を超えて追跡調査を実施している前向きコホート、Framingham Heart Studyデータを用いて調査した。

●方法

(1)対象者
 Framingham Heart Study(*2)オリジナルコホートに属する65歳以上の認知症ではない対象者で、1986~1990年に実施された20回目検査に参加した1,278人が、初期調査標本を形成した。この対象者を、平均10年間認知症発症に関して追跡調査した。コホート内症例対照研究では、オリジナルコホートとFramingham Offspring Study(*2)コホート両方からの1,485人を対象とした。

(2)がん症例の評価
 Framingham研究においては、定期検査において、あるいは、対象者が検査に参加しなかった場合には郵送調査や電話面接によりがん症例可能性を識別し、健康情報を更新した。症例は、Framingham病院への入院監視や死亡記録からも識別された。一度症例が識別されると、病理報告も含め対象者の医療記録から診断確認を行った。2人の人間がそれぞれ医療記録を再調査した。ほとんどのがんは、病理報告により確認され、3.4%未満の診断が死亡診断書または臨床的診断のみに基づき確認された。主要ながんをICD‐O(国際疾病分類腫瘍学)区分によりコード化した。本研究分析では、非悪性新生物および非メラノーマ性皮膚がんは、がんの定義に含めなかった。

(3)認知症の症例評価
 オリジナルコホートの14回目検査、Offspringコホートの2回目検査以降、7,809人の認知症ではないコホートが認知症やアルツハイマー病発現に対する継続的監視を受けてきている。ミニメンタルステート検査が定期的検査で実施され、カットオフ点より下回った場合や前回検査よりも3ポイント下がった場合、あるいは全体として5ポイント下がった場合は、詳細試験を受けた。対象者は、自分自身または家族の誰かが記憶喪失症状を報告するか、Framingham研究担当医師またはスタッフから神経症状評価の照会を受けるかした場合も、詳細試験を受けた。少なくとも1人の神経科医および1人の神経心理学者を含む委員団が、認知症の症例・診断日・サブタイプを、入手可能であれば神経科医の検査・神経心理学試験結果・Framingham研究の記録・病院の記録・家庭医からの情報・家族との面接・CTやMRI画像記録・解剖所見確認からのデータを用いて決定した。認知症は、診断が確定する以前に、追跡調査期間の最低6カ月間存在していることが求められた。認知症があると識別されたすべての対象者が、臨床的認知症尺度で1以上の軽度以上であった。アルツハイマー病の症例は、国立神経疾患・伝達障害研究所、および脳卒中/アルツハイマー疾患・関連疾病協会のpossible and probable Alzheimer's disease(アルツハイマー病の可能性あり、および可能性大)区分に従った。認知症を、アルツハイマー病も含むいずれかの認知症区分を満たすと定義し、possible Alzheimer's disease(アルツハイマー病の可能性あり)は、アルツハイマー病の臨床的区分を満たすが認知症の原因となる別の進行の非定形経過やエビデンスがあるものとし、probable Alzheimer's disease(アルツハイマー病の可能性大)は、認知症の原因となる別の進行のエビデンスがないアルツハイマー病区分を満たすものとした。

(4)共変数評価
 ベースライン時訪問である20回目検査から、年齢・性別・教育に関する個人特性、ホモシスチン濃度とアポリポ蛋白E遺伝子型に関するラボテスト結果データを入手した。ベースライン時に、がんの危険因子である喫煙とBMIに関する情報を収集し、定期的に更新した。症例対照研究には、照合日に直近の共変数を用いた。

(5)統計分析
1 前向きコホート研究
 対象者は、ベースライン時検査から22年に及ぶまでの追跡調査に貢献し、認知症の発現や死亡があった場合はその時点まで、あるいは最後の評価までの追跡調査期間となった。確認されたがん病歴のあるなしにかかわらず、いずれかの認知症、可能性ありおよび可能性大を含めたいずれかのアルツハイマー病、アルツハイマー病可能性大のリスクに対するハザード比を算出した。がん病歴変数は、ベースライン時後の追跡調査期間中のがん症例を含めるために更新された。いずれかのがん、喫煙関連がん(口腔・咽頭・喉頭・食道・胃・膵臓・肺・子宮頸部・膀胱・腎臓)、喫煙非関連がんを有する対象者で別々に分析を実施した。

 主要モデルは、年齢・性別・喫煙で補正した。その後、アルツハイマー病の危険因子として、アポリポ蛋白E状況・教育水準・血漿ホモシスチン濃度データでのサブセットで分析を繰り返した。がんとアルツハイマー病の関係が主に選択的死因によるかどうかを探究するため、最初は少なくとも80歳まで生存している対象者に限定した分析を実施した。もし、関連が主としてがん生存者の死亡によるものなら、関連はこれらの患者が除外されると減少されるべきである。その後、ベースライン時の20回目検査でのがん病歴と、別の神経性結果である脳卒中リスクとの関係を調査した。もし、アルツハイマー病患者でのがんリスク低下が主として死亡率の増加によるものなら、脳卒中割合も低くなると予期されるべきだろう。

2 コホート内症例対照研究
 認知症とそれに続くがんとの関係調査のため、それぞれの認知症例にその認知症が診断された時点(指標日)に認知症ではなかった同年齢で同性の対照者を3人まで照合させた。症例患者も対照も指標日においてがんにはかかっていなかった。やがて認知症を発現した対象者は、対照内の潜在性認知症を避けるために認知症診断日の5年前までは潜在的対照とみなされた。認知症患者におけるがん発症の危険性を対照者と比較した。分析モデルは、喫煙とBMIで補正を加えた。共変数データは、指標日に最も近い検査から取られた。年齢・性別・BMI・喫煙で補正を加え、アルツハイマー病のある人とない人の蓄積がん発生率を算出した。

●結果

(1)対象者特性
 オリジナルコホートの65歳以上で認知症のない対象者で、20回目検査に参加した1,278人のうち男性は38.8%、がん生存者176人の平均年齢は77歳、がん病歴のない1,102人の平均年齢は76歳だった。がんのある人とない人との間に、教育水準・アポリポ蛋白E4陽性・ホモシスチン濃度における差異は実質上見られなかった。平均10年の追跡調査期間で323件の認知症が診断された。これらのうち、86%にあたる221件はアルツハイマー病可能性大の区分に、36件はアルツハイマー病可能性あり(18件は脳卒中のあるアルツハイマー病、18件はアルツハイマー病と血管性認知症両方)区分になった。アルツハイマー病ではない66件のうち、24件はレビー小体型認知症、15件は血管性認知症、2件は前頭側頭型認知症、25件はその他の認知症と分類された。

(2)がん病歴とアルツハイマー病リスク
 ベースライン時に176人ががん病歴を有しており、追跡調査期間中にさらに247人がアルツハイマー病診断以前にがん診断を受けた。ベースライン時でのがんは、定期的なスクリーニング関連や喫煙非関連の傾向があった。肺がん・膵臓がん・脳がんなど致死率の高いがんは、追跡期間中のがんにより多く見られた。

 がん生存者は、年齢・性別・喫煙で補正を加えた後で、アルツハイマー病可能性大のリスクは実質上より低くなっており、ハザード比は0.67(信頼区間95% 0.47~0.97)となったが、いずれかのアルツハイマー病のハザード比0.81およびいずれかの認知症のハザード比0.83は、統計的に有意なところまでは達しなかった。アルツハイマー病可能性大のリスクは、喫煙関連がん生存者の方が喫煙非関連がん生存者よりも低く、喫煙関連がん生存者ハザード比0.26(信頼区間95% 0.08~0.82)に対し、喫煙非関連がん生存者がハザード比0.82(信頼区間95% 0.57~1.19)となった。さらに、教育水準・アポリポ蛋白E4遺伝子型・ホモシスチン濃度で補正を加えると、リスク推定は若干高くなったが、統計的有意性がなくなったのは、おそらく規模の小さなサブセットにおける検出力が限られたことによる。分析を少なくとも80歳まで生存している対象者に限定しても、がん病歴とアルツハイマー病可能性大との負の関連に変化はなかった。実質上アルツハイマー病リスクがより低いこととは対照的に、喫煙関連がん生存者での脳卒中リスクは高く、ハザード比2.18(信頼区間95% 1.29~3.68)となり、これは、80歳まで生存した対象者においても見られ、ハザード比2.25(信頼区間95% 1.29~3.95)となった。

(3)アルツハイマー病発症とがんリスク
 オリジナルコホートおよびコホート内症例対照研究コホート全体で、いずれかの認知症495件、アルツハイマー病可能性あり49件、アルツハイマー病可能性大327件が識別された。それぞれの症例に対して3人まで、認知症のない対照者が照合された。全体として、認知症患者495人の8%にあたる41人、対照群1,485人の14%にあたる211人ががん発症となった。対照群の6.9%102人が定期的なスクリーニングによりがん診断を受けたのに対し、認知症患者群では3.4%17人にとどまった。年齢照合グループにおいて、後発のがんリスクは、いずれかの認知症のある人のハザード比が0.44(信頼区間95%0.32~0.61)、いずれかのアルツハイマー病のある人のハザード比が0.38(信頼区間95%0.25~0.56)、アルツハイマー病可能性大の人のハザード比が0.39(0.26~0.58)と実質上低くなった。喫煙とBMIで補正を加えると、がんリスクは統計的に有意に低いままであり、むしろより低いものとなった。

●考察

 本前向きコホート研究においては、がん生存者は、がんを有しない人と比較してアルツハイマー病可能性大リスクが33%低下した。先行するがんによる防御効果は、喫煙非関連がんよりも喫煙関連がんの方が大きかった。負の関連は、死亡者を除いても変わることはなく、また、脳卒中を代替結果として用いると見られなくなった。症例対照研究においては、アルツハイマー病可能性大の人は、61%がん発症リスクが低かった。すべての認知症を含めると、リスクは若干高まった。認知症のある人は、ない人と比較するとスクリーニングによるがん発現がより少ない傾向があり、このことは、リスクが低いことのいくらかは過少診断によるものであることを示している。しかしながら、先行する研究により、アルツハイマー病患者とアルツハイマー病のない照合対照者の解剖結果で、アルツハイマー病患者の方でがん傾向の低かったことが示されている。

本研究の分析結果は、がんとアルツハイマー病の真なる負の関係可能性を支持するものである。しかしながら、本研究は試験的なものに過ぎず、がんとアルツハイマー病の関係をさらに確立するためには、さらなる研究が必要である。アルツハイマー病と個々のがん種との関係を調べるための検出力を有する大規模な臨床的管理データベースにおける分析から、さらなる識見が得られるかもしれない。がん治療がアルツハイマー病リスクに与える潜在的影響も興味深い今後の研究対象である。現在のところ、がんの根治的治療はほとんどなく、アルツハイマー病の根本的治療薬は一つもない。本研究データは、がんに対する脆弱性が実際に神経変性を防御するかもしれない、その逆も言えるかもしれないことを示している。この逆の関係に対する基本をさらに理解することが、新たな治療法につながるかもしれず、基本的なそして移転的な研究に焦点が当て続けられるべきである。

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