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高齢者の降圧剤治療は認知機能に影響しない

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 英国の研究グループが、高齢者に対する降圧剤治療がその後の認知機能に影響を与ええるかどうかを、利尿剤治療群・β受容体遮断薬治療群・プラセボ群に分けて調査したところ、高血圧治療は認知機能にプラスにもマイナスにもならないという結果が出ました。

Is the cognitive function of older patients affected by antihypertensive treatment? Results from 54 months of the Medical Research Council's trial of hypertension in older adults.
M. J. Prince, A. S. Bird, R. A. Blizard, and A. H. Mann
BMJ. 1996 March 30; 312(7034): 801-805.

川口利の論文抄訳

発行人の実兄。上智大学文学部卒。千葉県立高校の英語教師在任中に半年間の英国留学を経験。早期退職後に青年海外協力隊員となって、ホンジュラスで勤務、同じく調整員としてパナマで勤務。

 利尿剤またはβ受容体遮断薬での治療開始が、54カ月にわたる認知機能変化と関連あるかどうかを確立することを目的とした。

 無作為抽出プラセボ対照一重盲検試験コホート内認知機能サブスタディとして、Medical Research Councilの一般診療研究の枠組みから、226の一般診療を設定した。高齢者対象高血圧治療試験における65~74歳の参加者4,396人中から、順次募集された2,584人によるサブセットを対象とした。4,396人が、無作為抽出により利尿剤・β受容体遮断薬・プラセボに割り付けられた。観察期間8週間の平均収縮期血圧は160~209mmHg、拡張期血圧は115mmHg未満であった。登録時・1カ月・9カ月・21カ月・54カ月に実施されたpaired association learning test(PALT)とtrail making test part A(TMT)得点の経時変化割合をアウトカムとした。

 3治療間で得点の経時変化割合であるPALT平均係数における差異は存在せず、利尿剤群-0.31(信頼区間 95% -0.23~-0.39)、β受容体遮断薬群-0.33(信頼区間 95% -0.25~-0.41)、プラセボ群-0.30(信頼区間 95% -0.24~-0.36)となった。課題完成までの所要時間の経時変化割合であるTMT平均係数においても差異は見られず、利尿剤群-2.73(信頼区間 95% -3.57~-1.88)、β受容体遮断薬群-2.08(信頼区間 95% -3.29~-0.87)、プラセボ群-3.01(信頼区間 95% -3.69~-2.32)となった。3群を治療継続方法によって9群に分類したプロトコル分析によって、この否定的結果は確証された。

 高齢者において中等度の高血圧を治療することは、良かれ悪しかれ、その後の認知機能に影響を与えることはなさそうである。

●背景

 最近まで、抗高血圧治療は高齢者には控えられていた。二つの広く抱かれる選択肢があったからで、一つは高血圧が動脈硬化性硬直に対する健康作用であるというもの、もう一つは血圧を下げることが合併症を孕んでいるというものであった。1989年に、家庭医学の一般大衆向け教科書が高齢者の高血圧について「若者における高血圧とは異なる重要性......。高齢者における高血圧は、実際に生存価を有しているかもしれない」と語り、降圧剤を「高齢者においては体位性低血圧および混乱を生む傾向にある」と警告したのである。これらの見解の最初の点はもはや主張できるものではない。過去15年間において、四つの無作為抽出プラセボ対照試験が、高齢者において中等度の高血圧を治療することは心血管および脳血管罹患率や死亡率を減少させることを確立してきている。抗高血圧治療が容認できない合併症、とりわけ認知障害と関連あるかもしれないという二つ目の視点は、医師たちに高齢者における高血圧治療開始を思いとどまらせるかもしれない。この不本意は、公衆衛生に重要なる有害事象をもたらすことになるかもしれないのである。1980年代に心血管死亡率が最も減ったのは75歳以上の人においてだったのである。

 Framingham Heart Study(*1)は、5年間の平均血圧と12~15年後に測定された認知機能の間にはゆるやかな負の相関があると報告した。これは、降圧剤治療を受けなかった対象者において最もはっきり表れていた。もちろん、治療されない高血圧と認知障害との関係存在は、薬剤によって血圧を下げることが利益を与えるということを含んでいる必要はない。実際、いくつかの研究が、血圧の減少が大き過ぎることは血管疾患罹患率を高めることと関連あるかもしれないことを示してきている。ある研究者たちは、未治療よりは治療を受けた高血圧患者について報告した研究二つ、より低い認知成績を報告した研究二つ、差異の見られなかった研究五つに言及した。これらの研究においては、認知アウトカムは、対象者の年齢・高血圧の程度・血管病理の重症度など治療決定を左右する因子によって影響を受けてきているかもしれない。このために、高齢高血圧対象者の抗高血圧治療に対する認知リスクと利益とのバランスは、無作為抽出対照試験において最もよく研究されることとなる。

 高齢者における高血圧治療のMedical Research Council試験は、無作為抽出プラセボ対照一重盲検において、利尿剤およびβ受容体遮断薬の効果をプラセボと比較した。認知機能サブスタディでは、試験参加者の認知パフォーマンスに対する抗高血圧治療開始および血圧を下げることの効果を調べた。中等度高血圧の高齢者に対する抗高血圧治療との関連で、認知機能に対して何か中期的恩恵あるいは不利益があるのかどうかを確立したい。

●方法

(1)対象者
 1982~1989に実施された、Medical Research Councilでの利尿剤(25%)・β受容体遮断薬(25%)・プラセボ(50%)による無作為抽出プラセボ対照一重盲検試験コホート内認知機能サブスタディとして、65~74歳の参加者4,396人中から、1983~1985年に順次募集された2,584人によるサブセットを対象とした。

(2)サブスタディにおける認知機能測定
 脳機能検査のためひとまとめの検査が、薬剤試験への登録時に、それ以降1カ月・9カ月・21カ月・54カ月に実施された。記憶と注意力は、血圧上昇によって最も影響を受ける認知領域であると報告されている。二つの測定が、何らかの変化を発見するために選択された。まず、paired association learning test(PALT)を用いた。これは、対句片方により情報を与えられたもう片方の語を想起する能力を検査するもので、認知機能の一つの構成要素である意味記憶を調べることになる。

 次に、注意力・集中力・精神運動機能検査のためtrail making test (TMT)part Aを用いた。対象者は、無作為に並べられた連続する数字をつないでいく時間を計測される。MRI走査研究から、この検査は高血圧性動脈症に関係する認知機能の初期変化に対する感度が高いというエビデンスがある。

 薬剤試験登録時にのみ、知能測定二つを用いた。一つはnew adult reading test(NART)で、発病前知能の安定測定となっており、もう一つはRaven's matrices parts A and Bで、年齢関連認知低下に高感度な非言語的知能検査となっている。登録時・1カ月・9カ月・21カ月・54カ月でのPALTとTMT得点は、各人の経時得点変化を反映するため合計点へ換算された。

 合計点であるPALTおよびTMT係数は、各人の各時点での認知機能検査得点による回帰直線の傾きによって算出した。登録時・1カ月・9カ月・21カ月・54カ月での得点に対して、時間値1~5を割り当て、月数による実時間を使用するよりも直線がうまく適合するようにした。

(3)分析
 二つの分析を実施した。
 intention to treat(*2)分析においては、最初の無作為割り付け群によって対象者を扱い、その後の薬剤変更については考慮に入れなかった。

 プロトコル分析においては、54カ月間を通して無作為割り付け群のまま研究終了となったか、目標値まで血圧を下げるために別の降圧剤が必要となったか、追加薬剤の有無にかかわらず割り付け薬剤を中止したかに基づいて、九つの治療プロトコルに対象者を分類した。

 まず、認知機能サブスタディにおける対象者の無作為化の妥当性評価のため、利尿剤群・β受容体遮断薬群・プラセボ群における登録時特性の分散分析を実施した。次に、3群におけるPALTおよびTMT平均係数の比較を分散分析により実施した。さらに、治療プロトコル9群間でのPALTおよびTMT平均係数の比較を、年齢・性別・登録時PALTおよびTMT得点・NART得点・Raven's matrices得点・登録時抑うつ状態得点で補正を加え、分散分析により実施した。また、収縮期血圧の平均低下に対する治療効果を見るため、無作為割り付け3群および治療プロトコル9群間での比較を実施した。

●結果

(1)追跡調査への損失
 TMTでは、21%にあたる551人が5回のデータを有し、61%にあたる1,582人が4回以上、88%にあたる2,263人が最低3回のデータを有した。PALTに関しても同様の結果となった。54カ月の認知機能サブスタディ期間中に8%にあたる192人が死亡し、このうち77人は最初の21カ月間に死亡した。仮に対象者を、21カ月以前に死亡・21カ月~54カ月の間に死亡・研究終了まで生存と、死亡によって3分類した場合、登録時認知機能検査得点・PALTまたはTMT係数・登録時収縮期血圧・年齢いずれとも、薬剤試験中死亡との関係は見られなかった。喫煙者は最後まで生存する割合が減っており、期間中に死亡した人のうち30%、54カ月間生存した人のうち20%が喫煙者となっていた。対照標本をデータ回数で階層化し研究途中での死亡を除外すると、死亡以外の理由による追跡調査への損失といくつのベースライン時測定値との間に関連を見出した。研究を完了した人はより若く、登録時抑うつ状態がより低く、PALT・TMT・Raven's matricesでの得点がより障害を受けていない状態を示していた。NARTと追跡調査への損失との関係は存在しなかった。

(2)PALTおよびTMT得点の経時変化
 PALTおよびTMT係数推定においては、正確な時点を使用するよりも直線により近くなることから時点は0、1、2、3、4という通常値として取られた。PALT平均得点(標準偏差)は、登録時の17.0(1.7)から54カ月目の16.3(2.2)へと低下した。平均係数は-3.0(信頼区間95% -0.27~-0.35、幅-8.0~9.0)となった。より得点の低いことがより障害のあることを示しており、係数がより負方向に大きければパフォーマンスにおける経時的低下がより大きいこととなる。分布は中心的傾向を表し、どのデータ点においてもほとんどの対象者が同様のPALT得点を記録したこととなった。

 TMT完了までに計測された平均所要時間は、実際着実に向上しており、登録時60.5秒だったものが54カ月目には51.9秒となった。平均係数は、-2.71(信頼区間95% -1.3~-3.8、幅-145~195)となった。この分布も強い中心的傾向を示した。検査完了までの時間が短いほどパフォーマンスがより優れていることを示しており、係数がより負方向に小さければ経時的向上がより少ないこととなる。

(3)intention to treat分析
 PALTおよびTMTの平均係数は、無作為割り付けされた3群(利尿剤群・β受容体遮断薬群・プラセボ群)間においての差異を示さなかった(*冒頭の要約部参照)。3群間で登録時に唯一無作為分布とはならなかった収縮期血圧を共変数に加えても、結果に変わりは生じなかった。

(4)プロトコル分析
 以下の9群での分析を実施した。
1 利尿剤群+割り付け群維持のまま研究終了
2 利尿剤群+降圧剤追加による割り付け群維持
3 利尿剤群+割り付け群逸脱(降圧剤追加有無にかかわらず)
4 β受容体遮断薬+割り付け群維持のまま研究終了
5 β受容体遮断薬+降圧剤追加による割り付け群維持
6 β受容体遮断薬+割り付け群逸脱(降圧剤追加有無にかかわらず)
7 プラセボ群+割り付け群維持のまま研究終了
8 プラセボ群+降圧剤追加による割り付け群維持
9 プラセボ群+割り付け群逸脱(降圧剤追加有無にかかわらず)

 収縮期血圧低下は、プラセボ群より実薬群の方が大きく、効果が最も大きかったのは、利尿剤群+割り付け群維持のまま研究を終了した場合となった。9プロトコル群それぞれに対するPALTおよびTMT平均係数を見ると、血圧に対する治療効果の差があるにもかかわらず、治療群間での認知アウトカムにおける有意となる不均質のエビデンスは存在しなかった。

●考察

 本研究は、利尿剤使用・β受容体遮断薬使用・プラセボに無作為割り付けされた大規模高齢者標本において、前向きに認知機能を評価した。これは、中等度高血圧治療と認知機能との関係を調査する理想的な機会であった。54カ月間にわたる血圧治療と認知アウトカムとの間に関連はないという結果が心強いものとなっている。チアジド系利尿剤の治療利益は、高齢者における高血圧治療のMedical Research Council試験によって示されている。認知機能に対する有害事象への不安は本分析から生まれることなく、臨床医に対して高齢者の抗高血圧治療開始への決断に対する影響を与える必要はないということである。

 本分析は、抗高血圧治療が認知機能に恩恵をもたらすというエビデンスは与えていない。無作為割り付け群維持のまま研究を終了した対象者に分析を限定しても、実薬群とプラセボ群間での認知アウトカムにおける差異は示さなかった。しかしながら、本分析結果は、高血圧治療が高齢者における認知機能に恩恵をもたらすことはできないことを証明するものではない。PALTとTMTが比較的程度の少ない認知低下に高感度であり、高血圧によって最も影響を受けやすい認知領域を扱ってはいるが、より詳細な認知検査が治療効果を明らかにしたかもしれない。また、54カ月という追跡調査期間は、治療群と非治療群の差異を検出するためには短すぎたかもしれない。Framinghamコホートにおいては、同時発生的血圧よりも歴史を積み上げた血圧の方が認知障害との関連があった。登録時65歳以上という本研究対象者は、介入による恩恵を受けるには長過ぎる期間高血圧にさらされてきていたのかもしれない。

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