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認知症患者への胃ろう造設「まずやってみる」アリでは?

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認知症患者への胃ろうは百害あって一利なし 米国ではほとんど認められない治療がなぜ日本では推奨されるのか」という記事を読んだ。

記事を書いた看護師の坂本氏は記事中で
「誤解を怖れずに書くが、私は、進行した認知症患者さんへの"無理な"胃ろう造設に反対である。
 それは、前述したように、胃ろう造設が、進行した認知症患者さんのQOLを改善していると思えないからだ。QOLを改善しなくても、寿命が伸びればいいと考える人もいる。
 ところが、進行した認知症患者さんに対する胃ろう造設には、延命効果がないことが明らかになっている。つまり進行した認知症患者さんへの胃ろう造設はメリットが見い出せないのである。」
と書いていた。

私は胃ろうがなぜ社会問題になったかという背景を「胃ろうとシュークリーム」という書籍にまとめたが、その私自身が認知症の進んだ人への胃ろう造設をどう思うかというと、坂本氏とは異なる。

ロハス・メディカル論説委員 熊田梨恵

もし家族が「胃ろうを増設したら、もしかしたら良くなるかも」と、理性ではなく感情の部分でほんの少しでも思うところがあるなら、胃ろうを造設したらいいと思っている。やってみて、そして「明らかに改善しない、これでは本人を苦しめているだけではないか」と周囲の誰もが思うようになったらやめたらいいのではないかと。(もちろん「やめる」ということ自体が今の日本では難しいということは分かっている)

実は私も、取材を始める当初は坂本氏と同じ考えだった。

明らかに本人のためにならないと分かっている胃ろうなら、やらない方がいい。自分もそうされたくない、社会のためにもならないと。

しかし、当事者の家族や医療者らに取材を進めるうちに、その考えが揺らいできた。

それは、人間の感情の揺れというものがあまりに大きく、不確かなものだと感じるようになったからだ。

今日「好き」と思っていたことが明日には「嫌い」に変わっていたりするし、朝と昼、数秒後でも違ったりする。

そしてもし、私の母のアルツハイマーが進んで、食べられなくなってしまったとしたら。「延命治療は要らない」と母本人から聞いていた私は「母がそう言っていたんだから胃ろうはしない」と思うだろうが、それでも「生きているだけでもいいから」と思うかもしれない。「もしかしたら母も意識がなくたって生きていたいと本当は思ってるんじゃないのか?」と自問自答を繰り返すかもしれない。

どれだけ考えても、「かもしれない」しか出てこないし、答えなど出なかった。

結局私は、認知症が進んだ人に胃ろうをする方がいいのか否か、という問いに対しては「分からない」としか言えなくなってしまった。

それならば、少しでも「母は生きていたかったかも」「私は母に生きていてほしい」と思うなら、その思いを大事にしてもいいのではないかと思うようになり、「とりあえずやってみる」のはアリだと思うようになったのだ。

それには、やめたくなったらやめられる、という社会的コンセンサスが必要だが。

この記事(ロハス・メディカル2013年10月号)の最後にも専門家のコメントが出てくるが、それとほぼ同じ考えだ。


今でも、私が著書の話題を出すと、相手の方は「胃ろうね...」と、皆同じように複雑そうな表情をする。そして多くの場合、自分か知人友人の家族の話が出てくる。その反応に出会うたびに、胃ろうが抱えている問題は取材した当時とほとんど変わっていないのだと思う。

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